2話 授業中にお仕事 2

 ……と、意気込んでいたものの、なかなかその機会を作ることができずにいた。


 皇との席は2列分離れている。

 間に何人も座っているために手出しができない。休み時間は、奴が近づいて来る気配はない。ぽつんと自席に座り、パソコンを必死に叩いている。授業中、私をちらちらと振り向いてきていたのだから、話しかけに来ればいいものを……。

 かといって私から行くのは、奴に負けたような形になるのでしたくない。

 私は、醜いものが嫌いだ。負けもまた、この世界の醜さの一つである。

 そもそも私は女神だ。愚かな人間から来るのが道理だ。ああ、この臭い豚どもの輪を割って、私を攫いにくればいいのに……!

 

 などとモヤモヤしていたら、現代国語の時間になった。

 教科書を開いて、思わず、あっと声が漏れた。

 夏目漱石の『こころ』がある……!

 ちょうどこの前、緋王様が「ひおさんぽ」で紹介していた本だ。緋王様は美しい上に頭もよく、立ち寄ったカフェや料亭で「最近読んでいる日本文学」を紹介していくださるのである。それゆえ、もともと好きだった日本文学がこのごろは一層好きになってきた。

 私が愛してやまないジャパニーズ・文学を堪能できる時間があるなんて……。学校というものも、なかなか捨てたものではないようだ。


 チャイムが鳴り、至高の時間は終わってしまった。


「エルデさん! 次は化学です!」

「化学室にご案内します!」

「お荷物をお持ちします!」

「いっそエルデさんをお運びします!」

「汚いぞ豚野郎!」

「黙れ豚が! エルデさんをお運びする豚は俺だ!」

「いいや俺が豚だ!」

「ふざけるな、俺だ!」

「俺に乗ってください!」

「踏み潰してください!」


 豚どもの群れが私の前にひざまずく。

 醜い。そして臭い。

 私がすっと教室を出ると、豚どもは、ブヒブヒと私の後についてきた。

 ああ、化学か。一番興味がないものだ。人間が現象にこじつけを与えているだけで、ロマンのロの字もない。

 萎えた気持ちで化学室に入ると――はっと目を見張った。

 皇秀英が、白衣を羽織ったところだった。


 ――は……。


 白衣萌え……っ!


 学ランの時より、8割増しで格好良く見える……!

 なんだこれは……魔法か? 魔法なのか?

 ……いやいやいやいや! だめだ。こいつにやすやすと萌えてしまっては……!

 そうだ。緋王様と比較しよう。緋王様の美しいお顔を脳裏に浮かべる。同時に、昨日見た皇の顔が思い出された。


 ――ん? 似て、る……?


 何を! 緋王様に失礼にもほどがある! こんな根暗男と緋王様が似ているわけなどない……!


「エルデさんもどうぞ!」

「さあさあ、ここに袖をお通しください!」


 白衣で白くなった豚たちに着せられて私も白衣を羽織った。


「おおっ! な、なんと美しい!」

「神々しいお姿がますます神々しくっ!! これはまさに、女神!」

「このくそ豚が! エルデさんが女神なのはもともとだっ!」

「例えるならば白百合! いや、白薔薇!」

「そんなものにたとえるなんて失礼だぞ、この豚が!」

「エルデさんは光! 太陽よりまばゆい、光だ!」

「それだっ!!!」


 皇秀英は自分の場所で薬剤の入ったビーカーを慎重に並べていた。

 これだけ白豚どもがうるさく鳴いていたのに、私の方を振り向くことはなかった。

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