1話 サクラでお仕事 2
日本、東京――
漫画や映画でよく見る、整った、真っ白な校舎。
日本一の難関校というここに、東洋の死神たちが誰も殺せなかったという「標的」がいる。
ふわ、と優しい風が吹いた。ピンク色の花びらが後ろから流れてきた。私の白銀の長い髪に枚絡まる。
振り向くと、何本もの桃色の花の木が並び、そよそよと風に揺れていた。
――これが、ジャパニーズ・サクラ。
なんと美しいのだろう……。
人間の世界に西洋と東洋があるのと同じように、冥界にも西洋、東洋が存在する。
西洋支部の死神は西洋、東洋支部の死神は東洋をテリトリーとし、互いのテリトリーに許可なく入ることはできない。はるか昔、死神たちがまだ何者にも統率されていない時代、好き勝手に人間を殺しまくった上、自分の縄張りの人間を殺しただのなんだのと世界を滅ぼしかねない死神戦争を巻き起こしたためである。
だから、西洋支部の死神である私が日本に来ることなど永遠に叶わないと思っていた。
それなのに……。
まさか、愛する日本に足を踏み入れることになるなんて……!
私はキャリアを積んだ上級死神。死に損ねた魂を回収するなどの特別な依頼の時しか仕事に出ることはない。それ以外は愛する我が闇の部屋で、悠々自適な生活を送っている。
そんな私がここ数百年はまっているのが、日本文化!
わびさび、風流、礼儀といった日本の美しき価値観、景観や建物、歴史、人間の等身、日本酒や和菓子といった日本食、漫画や映画などのサブカルチャーに至るまで、私のツボに入りまくる!
とりわけ素晴らしいのが、ジャパニーズ・アイドル「ニッポンDANJI」の緋王
さわやかな薄顔、口元のえっちなほくろ、常に称えている柔らかな微笑み、涼やかな物腰、しなやかなお体、おだやかな京都弁、甘い声音……。知的で上品で、歌もダンスも演技も最上級!
その上、優しくて、誠実で、それでいて謙虚で――人柄までパーフェクトに素晴らしい!
日本の美しい男性像の全てが詰まった二十四歳! 美しさの権化である!
その人柄のすばらしさを特に感じるのが、「ひおさんぽ」だ。多忙な芸能活動の傍ら、私たちファンのため、そしてグループや日本の魅力を世界に伝えるために、「ひおさんぽ」という動画配信を行っていて、浴衣や着物で日本各地を散歩し、日本文化を紹介してくださっている。
人格者。いや、神の私が言うのもなんだが、もはや神である!
緋王様こそ、ジャパニーズ・「推し」! 私の生きる糧である。
もしかしたら、本物の日本文化に触れ、「ひおさんぽ」の模倣ができるだけでなく……あわよくば生緋王様にお会いできるのでは……!?
うっ……! 想像するだけで心臓が焦げるように熱くなる……っ!
ここまで生き残った「標的」に、圧倒的感謝……っ!
だが、本当に感謝するのは死んでもらってからだ。
奴の魂を回収すれば、日本への「鍵」を永久に私の物にしていいとハデスに約束させた。
とっとと仕事を終わらせて、ゆっくり日本を観光し、悠々自適な推し活三昧の日々を送るのだ。
そして今夜はサクラを見ながら日本酒を嗜もう。ジャパニーズ・祝い酒というやつだ。
前回の「ひおさんぽ」の模倣――いわゆる推し活である。
私は意気揚々と仕事場へ足を踏み入れた。
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