第5話 ミルズ・ベラに巣食うもの
「ああ、ベルナデッタ。残骸の回収、ありがとうねぇ」
イオリアが気を遣って慎重に入室したのは何だったのか。拍子抜けするくらい、世間話を始めるかのようなゆったりとした口調で、烈火の如く現れた女性に、フィッフスは応じる。
「必要なところに必要な人員を配置しただけですわ! わたくしたち生徒会にとっても、学院の治安をズタズタにした相手は敵以外の何者でもありませんわ!」
豪華、を通り越して豪奢である赤いドレスに身を包んだ長身の女性は、首を振って毛量豊富な金の巻き髪を大きく揺らして見せた。白い肌に大きな目を縁取る長い睫毛と泣き黒子。紅を引いていないのに紅く、ぷっくりと厚みを持つ唇。この豪快な性格でなければ、ただただ美しく、華やかである見た目の女性は、大股で部屋を横切り、イオリアには目もくれずフィッフスの隣に並び立った。
「ごきげんよう、騎士様」
「お勤め、ご苦労様です」
「あ、ああ、そっちも」
女傑から数歩遅れて、見知った顔が二つ。同じ年頃の声をかけられ、女傑……エバンス王国王立魔導学院生徒会会長ベルナデッタ・イグニスの勢いに気圧されていたイオリアはようやく我に返った。
瓜二つといって言い顔立ちの双子の姉妹で、肩まで伸ばした髪型も同じ。衣服も学院の制服である濃紺の上着に膝丈のスカートといった出で立ちであり、髪色が明るい水色と落ち着いた茶色という違いがなければ、本当に見分けがつかない。ベルナデッタの側近で、シャイローとマドレーという女子生徒だった。
「……ミルズ・ベラですわね、そこは」
「おや、さすがは生徒会長さんだ。博識だねえ」
イオリアが目を向けると、フィッフスとベルナデッタは地図に向かっていた。イオリアも改めて地図に目を落とす。
「我々が回収したこの残骸と、ミルズ・ベラに関係が?」
「おそらくねえ」
「では彼の地の……」
「ああ、『ル・フェイ』だねえ」
「確かに『ル・フェイ』であれば、できるかもしれませんわね」
「『ル・フェイ』?」
フィッフスとベルナデッタのやり取りに聞き慣れない単語があり、イオリアは意図せず聞き直してしまった。フィッフスが笑う。
「あんたたち教会の人間が言うところの『魔女』さね。あたしたち学院では旧王国研究者のことを『ル・フェイ』と呼ぶ習わしがあってねえ」
「では、ミルズ・ベラには『魔女』が?」
「ええ。それも学院史上、最も有名といって言い『ル・フェイ』ですわ、シホの騎士殿」
気づけばベルナデッタがイオリアを見ていた。男性であるイオリアよりも背が高い彼女の視線は必然、見下ろす形となり、生物的な強さをイオリアに感じさせる。
「システィリナ・ル・フェイ。騎士殿にわかりやすく言えば、『魔女』システィリナ、ですわ」
「システィリナ!?」
イオリアの記憶の中で、その名前がはっきりとした情報として結び付き、広がった。
「『魔女』システィリナと言えば、教会審問院異端審問局が追いかけている『第一級魔女』ですよ」
「ああ、そうだねえ。確かカレリア領内での『
「破壊活動防止を掲げて集団の首魁であるシスティリナを『第一級魔女』と認定、指名手配をし、異端審問局が捕縛に乗り出しています」
「本当にそうかしらね?」
ひどく挑発的な鋭い眼差しでベルナデッタが言う。そうかしらね? どういう意味だ?
明らかに自分に投げ掛けられた言葉に応える言葉を探したが見付からず、それでもどうにかイオリアが応じる言葉を紡ごうとした時、それを制するようにフィッフスが片手を上げて掌を見せた。
「……まあ、それはいいよ。いまは、どうやらこの古い街に、あたしたちの求めている何かがありそうだ、ってことだねえ」
「ミルズ・ベラに、姉さんが……」
イオリアは行方不明になった姉、エオリア・カロランを思った。オード紛争で負傷し、後送された後、行方不明になった姉は、この学院で秘密裏に作られていた
ミルズ・ベラに『円卓の騎士』の拠点があるなら、そこに姉がいる可能性は高い。姉もシホの近衛騎士『
そこまで想像し、怒りとも焦りとも付かない感情が沸き上がったが、フィッフスの言葉は冷静だった。
「それはわからないけどね。ただ、ここは調べる価値がありそうだよ」
「では、シホに連絡をしてくださるかしら、騎士様」
「はい。……え?」
ごく当たり前に言われたので、間を置いて聞き返した。ベルナデッタ・イグニスは問い返されたこと自体意外そうに、大きな眼を幾度か瞬きさせた。
「ミルズ・ベラに参りますわよ。わたくしと、イフス女史と騎士様で先行いたしましょう!」
「え、ええ、いや、えええ……」
「なんですの? 何か問題があるのかしら?」
「いや、あ、ええと……」
問題が山盛りなのだが、いったい何から言ったものか。確かに先だっての学院での事件以降、ベルナデッタを始めとする学院生徒会はシホに協力的である。だが、戦闘訓練も受けていない、言ってしまえばただの学生でしかない彼女たちに、これ以上踏み込ませるのは危険なのではないか。それに、この調査に対する協力体制も、シホの了解を得たものではないはずだ。
「はっきりしませんわね。とにかく、シホに連絡を……」
「イオリア、頼めるかね」
フィッフスが柔和な笑顔で助け船を出してくれた。イオリアの胸中を全て理解したとわかる表情は、確かにシホが絶対の信頼を置くもののそれだった。
「只し、先行はしないよ。シホが来るなら、あそこはあたしが案内する。そう伝えておくれ」
「ああ、そうですわね。ミルズ・ベラは確か……」
「あの街に入る道は、知らない人間には難しいからねえ」
二人はミルズ・ベラに対して、ある程度の知識がある様子だった。ここはフィッフスに従うべき。そう判断したイオリアはフィッフスに頭を下げると即座に踵を返し、シホへの伝令に向かった。
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