第3話 『聖女』から『魔女』へ

「審問院……シルベストレ様ですか」


 天空神教会の意思決定を担う八人の最高司祭のひとりにして、審問院を預かるフランシスコ・ヒメネス・デ・シルベストレの顔をシホは思い浮かべる。僧侶というよりは軍人を思わせる強面に鋭い眼光は、シホと同じ会議の席を囲むとき、いつもその光を負の方向へ強めて向けられていることには気づいていた。いまでこそ受け流すが、最高司祭になった頃には内心震え上がったものだ。


「シルベストレ様は厳格なお方ですから……」


 天空神教会はアヴァロニア最大の信徒を持つが、それ故に教義には寛容であると言える。それでも教会がはっきりと教義戒律に反するとしているものがある。『媒体ミディアム』を使用し魔法を行使を乱用することである。


「ルディの話では、審問院は以前からシホ様の身辺を当たらせていたらしいと。これまではルディが上手くやっていたようですが……」

「元々カレリア建国当時からの名家であるシルベストレ様からしてみれば、わたしのような出自のはっきりしないものが、ラトーナ様の遺言があるとはいえ、最高司祭に列席すること自体、許せない想いはあるのだと思います」

「……シホ様の『奇跡』が『媒体』の使用によるものと疑っていると聞きました」

「つまり、わたしが『魔女』だと」


 シホは執務机の片隅に飾られた一輪の白い花に手を伸ばした。花はシホの帰還に合わせて今朝飾られたものとのことだったが、日が傾き始めたこの時間、少し萎れていた。

 しかし、シホが手を翳し、回復を願うと、花は今しがた開花したような張りと艶を取り戻した。

『媒体』の使用そのものを強く咎めることはしないが、それを乱用し、他者を貶めたり、傷付けたりと言ったことを禁じている天空神教会の教義では、そうした存在を『魔女』『魔人』と規定している。

 シホが願うだけで治癒を施す『奇跡』の力は『媒体』に依ったものではない。物心付いた頃には既にあり、『媒体』らしきものは一切身につけていなかったし、いまもって身につけていない。この力が魔法によるものなのか、それとも全く別種のものなのか、誰にも、シホ本人にも判別はつかないものだった。


「『奇跡』の力は傷を癒すものであり、他者を貶めるものではありません。まして、シホ様は乱用されてもいらっしゃいません」

「得体の知れない、『媒体』による魔法かもしれない、その可能性の高い超常の力で人心を拐かしている、というのでしょう。いままでは貶められたものはいないが、これからはわからない、と」

「シホ様……」

「いいのです。わたしの養父母がこの力を隠すように言ったことの意味が、いまならよくわかります」


 この力があったことが、教会に見出だされた要因ではない。シホがいまの地位に座るきっかけを作ったのは前最高司祭ラトーナ・ミゲルであり、彼女が受け取ったという神託によるものだ。ラトーナの神託は教会も公式に認めたものである。いまのシホの地位は教会が公認したものとも言い換えることができる。その上で、シルベストレはシホを『魔女』として審問にかける、というのだ。それ相応の覚悟があってのことだろう。

 シホの養父母は、シホに治癒の力を完全に隠匿させた。それはこうした事態を見据えてのことだったのだろうと、と思う。戦災孤児であったシホを引き取り、血の繋がりはなかったが大事に育ててくれた養父母にとって、他人から要らぬ疑念を持たれる人生を送らせるのは忍びなかったのだろう。

 だが、シホは舞台に上がった。上がって、いまがある。辛いことが多かった。ひとりでこの執務室に閉じ籠っていた。そこから始まった。そうしていま、家族と思える人々に囲まれて過ごしている。『母』と呼んでも差し支えない人にも出会った。そして、大切な人にも。

 その対価を払え、と言われているのであれば、引き下がる訳にはいかなかった。


「審問院からの正式な召喚があれば、謹んで承ります。そのときはクラウス、よろしくお願いします」

「畏まりました。同伴させていただきます」


 よき『兄』として、常にシホを見守り続けてきたクラウスには、声の調子だけでシホがいま、どんな決意を固めたのかがわかった様子だった。恭しく腰を折ったその腰元で、クラウスが佩刀した東方諸島民族の剣『カタナ』の鍔がかちゃり、と音を立てた。

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