第2話 『聖女』の立ち位置

 『媒体ミディアム』とは、旧王国時代の遺物である。特定の魔法を現象として顕現させる力を宿している。広義では百魔剣もこの『媒体』に入るが、現象として顕現させる力……魔力が桁違いに大きい。現代の発掘調査研究によってわかっている『媒体』の多くは、火を起こす、調理用の水を流す、といったような、生活に根差したものが大多数を占める。


「『媒体』にしては力がありすぎた気はします」

「例えば『魔女』殿がお使いの雷杖のように、『媒体』の中にも百魔剣に匹敵するような……兵器としか形容できない品もあります」

「つまりわたしが見たものは兵器としての『媒体』だった」

「想像の域を出ません。『魔女』殿のご意見を待ちましょう」


 あの日、シホが爆発の直前に見たのは、飛来する物体の金属的な煌めきだった。爆発の原因が分からず、複数の『聖女近衛騎士隊エアフォース』隊員が負傷し、さらにシホまでもが傷を負い、意識不明となった混乱の中では余計にそれが何だったのかを確かめる術もなく、今日までの時間が流れていた。意識を取り戻したものの長い間治療の床にあったシホは、療養中に自分が見たものを伝え、クラウスらに動いてもらい、あの日見たものが何だったのかを確かめるように指示していた。あれがシホたち百魔剣を封じようと動く『聖女近衛騎士隊』の前に常に立ち塞がり、騎士隊の一員であり、イオリアの姉であり、そしてシホのよき友でもある騎士エオリア・カロランを連れ去った謎の組織『円卓の騎士ナイツオブラウンド』の仕業であったのだとすれば、その組織との関係が疑われていたユベールが死んだいま、彼らに迫りエオリアを救う、唯一の手掛かりになるはずだったからだ。


「そうですね。フィッフスさんならきっと解明してくれると思います。それで……クラウス、わたしの処遇は、いまどうなっていますか?」


 シホは療養中から聞いてきた、もうひとつの大きな懸念について、クラウスに確認することにした。

 クラウスの表情は動かなかったが、もし視線があれば、真っ直ぐに見つめ直したのであろう気配を感じた。


「教会側に告げることなく学生としてエバンスへ潜入していたことを問題視する声はありました。その目的についても、開示を求められていますが……こう言っては何ですが、お怪我をされたことがよい方向に影響しています」


 エオリアを救うため、エバンス王国へ潜入したのは、シホの独断であった。しかし、天空神教会の最高位にあるシホが独断で潜入など、本来許されることではない。政治的な影響力を否定しようとも、『お忍び』で済む領域ではないことは、誰よりもシホが一番理解していた。そこに来て、エバンスの重要機関である王立魔導学院の学院長が爆死した場に居合わせた、しかも学院長はシホの『協力要請』に応じてカレリアへ向かう最中であった、となれば、そこへ至った経緯の説明を求められることは必然で、天空神教会最高位にある八人の意見交換による意思決定が国家運営に関わる神聖王国カレリアの腹案を勘繰る声が上がることも、この戦乱続きの世の中では必然であった。

 即ち、カレリアはエバンスへの侵攻を計画していたのではないか。

 若しくは、カレリアはエバンスと結託し、新たな他国への侵攻を計画しようとしていたのではないか。

 各々の立場が変われば、疑う内容は変わる。だが、そのどれもが非常に政治的影響力を持つ。カレリアとしては公式な声明を出さなければならなくなる。


「……つまり、わたしが戻るまで、公式な声明は保留された、ということでしょうか?」

「はい。『聖女』の負傷に、世論は同情的です。疑いの払拭は可能と思います。ただ……」


 クラウスが続く言葉を止めた。武人であり、芯の通った心の強さを持つクラウスにしては、珍しい言い淀みだった。


「ただ?」

「気になることもございます」


 シホが促すと、クラウスはすぐさま判断し、はっきりとした口調で言った。シホに対して何事も、隠すことはしない、と思い直した強さを感じた。


「異端審問局が動き出している、という話がありました。シホ様を審問にかけるつもりのようです」

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