第21話 後悔と懺悔

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 私は人形みたいに立ち尽くす親友の前で、地面に頭を擦り付けながら謝った。

「ご苦労だった」

 頭上からアイツの声がした。

 私は反射的に顔を上げて睨んだ。

 群青色のコートを羽織った男を。

 彼は手にメモ長とペンを取り出して、親友に近づいた。

「ポポポポー村へようこそ!」

 すると、親友がハキハキとした声で喋ったかと思えば、また静かになった。

 あぁ、最悪だ。

 胃から何かが込み上げ、全部地面へと吐き出される。

 私は自分の身を守るために親友を売ったの

だ。

 でも、遅かれ早かれ人形にされてしまうと思った。

 思考回路がショートし、まともに喋れなくなり、猟奇的な性格に変貌していった親友。

 そんな風にさせたのも目の前にいるあの男と老人のせいなのだが。

「ほれ、ご褒美だ」

 親友の採点を終えた男が私に牛乳瓶を奪うように取って飲み干した。

 どういう訳か、この牛乳が人形化の効果を打ち消してくれるらしい。

 それに村長は気づいていた。

 だから、親友に毎日のように運ばせていた。

 村が完全に人形化するまで、村長は大量にストックしていた。

 そして、独占した。

 おそらく自分だけ生き残ればいいと思ったのだろう。

 私と親友がまだいるというのに。

 しかし、運がよかった。

 恐らく親友が倒したであろうサキュバス生きた状態のまま縛られていたので、私は解放してあげる代わりに村長に色仕掛けをするように頼んだ。

 結果は大成功だった。

 村長はサキュバスと楽しんでいる間、私は牛乳を探した。

 牛乳は床の下に隠されていた。

 しかし、どれもこれも腐っていた。

 最悪だった。

 村長も摂取するのを忘れるぐらい楽しんでしまったのだろう、途中からおかしくなっていた。

 私はパニックになった。

 いずれ私もあんな風になってしまう。

 下手すれば村長の餌食に……そう戦慄していた矢先にあの男と老人が現れた。

 彼らは私を助ける代わりに、親友を差し出すこと。

 そして、チュプリンやピャメロン、生きた人形二体の居場所を教えるのが条件だった。

 私は迷った。

 自分を犠牲にするか、他人を犠牲にするか……葛藤していた時に村長の雄叫びに近い絶頂が聞こえた。

 その瞬間、私は無意識に全部話してしまった。

 あぁ、約束していたのに。

 白猫達と何がなんでも絶対に奴らに言わないように約束したのに。

「離して!」

 そう嘆いていると、老人が白猫と人形の女の子達を連れてきた。

 皆、縄で縛られていた。

「お前に選択をしてもらう」

 すると、コートの男が急に話しだした。

「なに? まだ私に拷問みたいな事をさせるの?」

「物凄く単純だ。猫を取るか人形を取るか」

 私は彼らを見た。

「やめて! 殺さないで!」

「ふざけんな! わたしたちが何をしたって言うの?!」

「あんまりよ。あんまりよ」

「どうして……どうして……」

 コートの男が直接的な言葉で言わなくても分かっていた。

 私が選ばなかった方は殺される。

 でも、もう決まっていた。

「猫を生かしてください」

 私がそう言うと、「はぁ〜〜〜?!」と人形が叫んでいた。

「お前、ふざけるんなよ! どうして私達を選ぶの?! そんなすぐに!」

 ギャーギャー叫ぶ人形に私はゆっくり立ち上がって、彼女達の方を見た。

「決まっているじゃない。会ってまもないからよ。あたり前でしょ? だって、猫達はあなた達が村に逃げ込む前から一緒にいるんだから。たかだが数日ぐらいの関係でそっちの方を選ぶ訳ないじゃない」

 この言葉に強気な人形はカチンと来たのか、「この……ぶっ殺してやる!」と叫んだ。

 が、老人が持っていた拳銃で撃たれてしまった。

 二体とも頭部を撃たれて即死だった。

「お前は良い選択をした」

 コートの男はそう言うと、猫達を解放した。

 猫達は私の方には一切寄り付かず、そのまま村の奥へと走っていった。

「さて……と」

 コートの男はメモ帳に何かを書き始めた。

「これで大体は片付いた。お前の親友がやった村長と肉屋の主人は昨日捕まえたオーク族二体を代用すれば問題ない」

 男はそう言うと、老人とコソコソ話しだした。

 耳を澄ませて見ても、全く聞こえなかった。

 一通り話し終えたのか、私の方を向いてきた。

「ここまでのご協力感謝する」

 老人がそう言った瞬間、発砲音が鳴り響いた。

「あっ、がっ……」

 私の脇腹に何か違和感を感じ見てみると、服が赤く染まっていた。

「どうし……どうして……協力……したのに」

 呼吸もままならなくなり、その場にうずくまってしまった。

 頭上で男と老人の笑い声が聞こえてくる。

「ワシは一言もお前を助けるとは言っていたが、いつまでも生かしてやるとは言っていないぞ」

「あぁ、そうだ。お前は彼女達の居場所を吐き、お前の大事な親友を誘い出すまでの間、生かしておいたに過ぎない」

 な、なんて奴らなの。

 端から助ける気なんてなかったじゃない。

 私を利用するだけ利用して、全ての任務が完了したら排除する魂胆だったのね。

「この……悪魔」

 私がそう呟くと、二人はさらに大笑いした。

「おぉ、嬉しい褒め言葉だな。俺達が悪魔だとは……でも、あいつらよりは優しいと思うぞ」

「まぁ、確かにやっている事はそれに近いかもしれないな」

「でも、安心しろ。俺達は悪魔よりは非情じゃない。新しい姿で生まれ変わらせてやるからな」

 コートの男と老人はそう言って、不気味に笑った。

 私はその声を聞きていくうちに意識が遠のいていった。


 私は夢を見た。

 随分リアルな夢だった。

 私はどこかの国のお姫様になっていた。

 豪華な食事に、ゴージャスなお部屋――私の部屋とは大違い。

 私には父と母がいて、共に王族。

 毎日パーティーを開いていた。

 数多の国が泊まり込みでどんちゃん騒ぎ。

 なんてパラダイスなの……これが私の望んでいた刺激。

 あぁ、なんて幸せなんだろう。

 今日は……アバダリデリバ。

 リリバ。リリバ。リリルラリア。

 ああああああ、あぁあぁぁぁ……。

 少し歴史の話をしよう。

 なぁに、君達が暮らしている世界での歴史ではない。

 異世界での歴史だ。

 もしかしたら退屈な話になるかもしれないから、読み飛ばすといい。

 あぁ、彼女の事は心配しないでくれ。

 好き放題に話した後、元に戻すから。

 とはいっても、結局死ぬ事に変わりはないがね。

 ハーーーハハハハハ……なんだっけな。

 あぁ、歴史だ。

 歴史を話そう。

 かつて、サルベッシィ計画というのものがあった。

 それは旧ユーバシリア帝国が隠密に計画していた人類の進化人形化計画の事で、それに加担していたのは、ユーバリという男だった。

 彼はただの人形使いだったが、悪魔と出会った事で運命が変わった。

 しかし、そのためには彼は死ななければならなかった。

 悪魔にとって彼は魂が大好物だからだ。

 彼の犠牲はこの世界では大した事はなかったが、向こうの世界では多大なる影響を与えた。

 死後の世界で、彼はあらゆる知恵を身につけた。

 そもそもその世界は、彼が普段住んでいるものとは比べ物にならないくらい文明が発達していた。

 しかし、未だに未発達なものがあった。

 黒魔術だ。

 黒魔術は彼が住んでいる世界にもあったが、ある事件により廃れつつあった。

 彼はこれを取り入れる事にした。

 すると、その世界でも怪異がある事に気づいた。

 ただその怪異も元の世界と比べて異様だった。

 幻想的ではない生々しい怪異は彼との邂逅かいこうにより激変した。

 怪異達は彼が住んでいた世界に招待された。

 しかし、ある問題が起きた。

 肉体を持たない怪異はその世界に触れる事ができなかったのだ。

 そこで、人形使いの出番だった。

 彼は彼ら用の人形を作り、呪文で中に入れさせた。

 すると、驚く事に人形が動き出したのだ。

 彼はあらゆる怪異を人形に宿らせた。

 その数は日に日に増えていき、ついに一国を築けるぐらいまで成長した。

 人形国の主となった彼はある野心を抱いた。

 世界を支配する事だ。

 彼は近くにあった国を攻めていった。

 人形の力のおかげか、その時代で勢力が強かった国が次々と滅んだ。

 彼は有頂天になった。

 本当に世界を支配する事ができるかもしれない……そう思っていた。

 だが、それは大きな間違いだった。

 人形は所詮人形だった。

 壊れてしまったら、魂が出てしまった。

 そして、新しいのを作った。

 このシステムがアダとなった。

 戦争が激化すればするほど、人形の生産が追いつかなかった。

 そして、ある島国が彼を打ち負かした。

 島国の国王はあらゆる財産を奪っていった。

 もちろん、人形使いの研究も全て……。

 さて、そろそろ話すのも飽きてきたので、もうここまでにしよう。

 話を聞いてくれてありがとう。

 またチャンスがあったら話すよ。

 まぁ、もうないかもしれないけど。


↓次回予告

国王側の視点です。

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