第20話 崩壊した村
とにかく逃げまくった。
木の枝が頬をかすって傷ができようが、石につまずいて転びそうになろうが、一切立ち止まることなく走った。
目的地は分からない。
どこまで行けば助かるのかも分からない。
どうしよう。
どうやってこの状況を切り抜けられるの?
このまま永遠に全裸になった老人から逃げ続けなければならないの?
そんな頭の中に浮かんだ疑問は、荒れた息によって吐き出された。
魚を釣っている小川を飛び越え、さらにその先へ進もうとした――が。
突然何かにぶつかってしまった。
尻もちをつき、再び走り出そうとするが、結果は同じだった。
この先にまだまだ道は続いて入るというのに。
どうして進めないの?
まるで見えない壁があるみたいに、一向に進めない事に困惑していた。
「ふへひひひひひゃぁ……」
しかし、背後から聞こえてくるおぞましい声に背筋が寒くなった。
あいつにおいつかれてしまった。
ゆっくり振り返ると、全裸の村長が小川をピチャピチャと水しぶきを出しながら近づいてきた。
まずい。逃げないと。
そう思った――が。
「うほぉおおおおおおおお!!!」
村長が奇声を上げながら飛びかかってきた。
「いやぁあああああああ!!!!」
私は反射的に斧を持って振りかざした。
すると、ドスッと村長の胴体にあたった。
「おぶふっ?!」
無防備な姿ではたとえ錯乱状態だったとしても痛みを感じるのだろう、苦悶とした表情を浮かべた。
「消えろごらぁああああああ!!!」
私は怒声を浴びせながらもう一回振り下ろした。
スパーーンとまるで薪を割るかのように、村長の左腕が落ちた。
「あがぁああああ!! ふっ、ふっ、ばひゃあああああ!!!」
村長はあまりの痛さに転げまわり、川に入っていった。
村長の鮮血が川に染まっていく。
幸い流れが穏やかなので、彼は流される事なく留まってくれた。
仕方ないよね。
このまま放っておいても、また立ち上がって追いかけてくるはずだ。
来る日も来る日も逃げるなんて考えられない。
だったら、私の手で終わらせる。
こいつはもう村長なんかじゃない。
ただの怪物だ。
「うらっ!」
振りかざした斧が怪物の腹に命中する。
絶叫する怪物だが、間髪入れずにもう一回。
血しぶきが私の顔にかかるが、気にしなかった。
川で洗えればいい。
今はこいつの息の根を止める事が大事だ。
何回か繰り返していくうちに絶叫が聞こえなくなった。
そして、怪物の原型もなくなっていた。
穏やかだった川が急に荒くなった。
私は急いで川から脱出した。
肉塊と化した村長は濁流によって流されていった。
私は斧を静かに置いて合唱した。
「ルイルイジゴク、ルイルイジゴク……」
どうしてその言葉が出たのかは分からないけど、呪文かお経みたいなのが出ていった。
何はともあれ、ようやく老人の魔の手から逃げ出す事ができたので、ホットケーキ一安心した。
だけど、油断はできない。
またいつどこで私以外の人間の精神が崩壊した奴らと出くわして、襲いかかってくるかもしれない。
私は斧を持とう――とした。
けど、できなかった。
どうして? なんで?
死ねとでもいうの?
いや、やっているのは自分だ。
自分の意思で動けないのだ。
手が震えていて、まともに触れる事すらできない。
頭の中では村長のことでいっぱいだった。
優しかった村長。
常に村や村人を第一に考えてくれた村長。
こんな穏やかな生活をさせてくれた村長。
村長、村長、村長……。
「うわあああああああ!!!!」
私は地面に向かって吠えた。
行き場のない怒りをぶつけた。
もうグチャグチャだ。
何もかも。
一体いつからこの村は崩壊してしまったの?
異変はどこから?
異変、異変……そうだ。
思い出した。
決定的な事があるじゃないか。
あの猫だ。
猫、猫、名前はえっと、猫、猫、名前は……チュプリン。
あいつが、あいつがやってきてからこの村はおかしくなった。
そうだ。そうに違いない。
もう一匹いたな。黒猫だったかな。
名前は……ピャメロン。
そうだ。そいつらだ。
この不気味な仮装パーティーを開いたのもそいつらに違いない。
あの二匹が共謀して殺したんだ。
この村を。村人を。
村長を。
だとしたら……シャーナが危ない。
シャーナは今どこにいるのだろう。
探さないと。
もしかしたら奴らに捕らわれているのかもしれない。
ある日突然姿を見せなくなった。
私の事をあんなに心配してくれた親友。
きっと彼女はあの二匹に連れて行かれてしまったんだ。
助けないと。
私は斧を持って立ち上がった。
もう手は震えていない。
親友を助けないと。
私はそう決意し歩き出した。
まずは村を散策する事にした。
もう静かなのは気にならなかった。
あの二匹を始末すれば、この村は元通りになるはずだ。
そうでないと困る。
「チュプリーーーーン!!! ピャメローーン!!!! 出てこーーーい!!」
私はこれでもかというぐらい声を張り上げた。
しかし、再び静まり返っただけで、何の音沙汰もなかった。
それもそっか。
ここでひょっこり現れたら、私の斧の餌食にされてしまうから。
私は神経を研ぎ澄まして歩いた。
不気味に見つめている村人達。
無表情だったが、少し怯えているように見えた。
少しでも私に近づいてみろ。
叩き割ってやる。
この圧力が功を奏したのか、誰も動かなかった。
いや、元々動けないから、内心震えているだけなのかもしれないけど。
私はドラゴンの解体を依頼した肉屋の前に止まった。
やっぱり、見れば見るほどこの村では見たことない。
もし隠すとするなら、ここしかない。
私はドアを開けて中に入った。
無表情のおじさんが立っていた。
私は気にせず突き進む。
が、見えない壁があるかのように進めなかった。
先に何かあるはずなのに。
はぁ、ここも駄目なのか……いや、だからこそ隠す場所にちょうどいいじゃないか。
見えない壁があって進めないという事は、その奥には誰かを隠しているということだ。
シャーナとか、親友とか、大親友とか。
「シャーーーナーーーー!!! いるなら返事してーーーー!!!」
私は奥に向かって声を出した。
「こんにちは! 今日は何にするんだい?」
しかし、代わりに返ってきたのは肉屋の主だった。
「お前は黙ってろ」
私は睨みつけるが、肉屋のおじさんはまた同じ事を言った。
「こんにちは! 今日は何に……」
「黙れってぇえええええ!!! 言ってんのぉおおおおおお!!!」
ついカッとなってしまった私は主人に向かって斧を突き刺した。
たちまちゆっくりと仰向けに倒れていった。
すると、彼がジッと立っていた場所のスペースが空いた事により、奥に乗り込めそうだった。
試しに斧を投げてみた所、カウンターの向こう側まで届いた。
よし、いけるかもしれない。
私はカウンターに手を乗せてヒョイとあがってみた。
見えない壁の向こう側に降りたつ事ができた。
足元には、肉屋の主人が仰向けに倒れていた。
目は開いたままで、ジッと私を見ていて実に不気味だった。
急いで斧を持って立ち去ろうとした――が。
「こんにちは! 今日は何にするんだい?」
足元からあの声が聞こえた。
こいつ、斧で刺されてもなお、同じ事を喋ろうとしているのか。
「黙れ」
私がそう呟くと、肉屋の主人は天井をみつめたまま同じ事を吐いた。
その瞬間、私の心の糸が切れた。
ゆっくりと近づいて、奴と目が合うイチニ斧を持ってきた。
位置を確認した後、振り上げた。
「おい」
「こんにちヴァっ!!」
肉屋の主人がもう一度口を開いた瞬間、私は振り下ろした。
「人間の言葉で喋れ! 人間らしく行動をしろ! 人間らしい顔つきで! 人間らしい振る舞いで! 人間らしく! 人間らしく!」
私は何度をそう言いながら振り下ろした。
気づけば、村長と同じみたいになってしまった。
肉屋の主人の粗挽き肉が出来上がってしまった。
さて、少し気分が晴れたが、根本的な問題はまだ解決していなかった。
「シャーナを探さないと」
私は親友に会いたい一心で、奥の扉へと進んだ。
――ブーーーー!!! ブーーー!!!
すると、耳がつんざくような音が響きわたった。
耳を塞いでも一向に収まらない。
もしかして? 頭の中で鳴り響いているの?
――警告、警告。ただちにそこから離れなさい。
「うるさいな! 私は親友を探しているの!」
騒音に負けないぐらい声を張り上げると、壁を集中的に狙った。
音は相変わらず気がおかしくなりそうなくらい聞こえていた。
私はめげずに壁を壊し続けた。
「モプミちゃん」
すると、聞き覚えのある声がした。
ゆっくり振り返ると、シャーナが立っていた。
「シャーナ!」
私は斧を投げ捨て、カウンターを飛び越えると、親友を抱きしめた。
「大丈夫? 何ともない?」
「うん、私はね……でも、この村はおかしいよ」
「早く出よう。この村から」
私とシャーナは手を繋いで走った。
ようやくこの悪夢から抜け出す事ができる。
でも、抜け出した後はどこに向かえばいいのだろう。
近くの村や王国が来るまで旅をしないといけないのかな。
そうだ。私に求婚してきたマルチーズ王子の所に行こうかな。
一回も行った事ないけど、道なりに進めば辿り着くでしょ。
そんな事を思っていると、村の入り口までやってきた。
あぁ、これから私とシャーナの長い長い旅が始まる――と思っていた時。
「ごめんね。モプミちゃん」
シャーナの声がしたかと思えば、ドンッと背中を押されてしまった。
私は危うく転びそうになったが、村の入り口手前で立ち止まる事ができた。
すると、なぜかそこから一歩も動けなくなった。
どうして? なぜ?
足を動かそうとしても、まるで凍ってしまったかのように微動だにしなかった。
懸命に踏ん張ろうとした。
「ねぇ、シャー……ん?」
私は誰かを叫ぼうとした。
誰かに何かを言おうとした。
あれ? 私は誰を呼ぼうとしたんだっけ?
私はなぜ逃げようと思ったんだっけ?
私って何だっけ?
そう思っていると、目の前に青いコートを着た人物が立っていた。
どこかで会ったような気がするけど、全然思い出せなかった。
というか、何も考えられなかった。
私の自我が消えていくような感覚がした……。
↓次回予告
シャーナの視点です。
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