第19話 異様な仮装パーティー

 今日はとても静かな朝だった。

 ベッドから起き上がっても、牛やニワトリの鳴き声がしなかった。

「おはよう、チュプリン」

 私は隣にいるであろう白猫に挨拶をした。

 が、ベッドはもぬけの殻だった。

 私を置いて、先に下の階に向かったのかなと思って、階段を降りる事にした。

 今日は頭の中はスッキリしていた。

 就寝前に牛乳を一杯飲んだおかげだろう。

 朝ごはんはフレンチトーストがいいな。

 なんて思っていると、母がキッチンに立っていた。

「おはよう」

 そう声をかけても、何も反応がない。

 聞こえなかったのかなと思い、もう一度声をかけてみた。

 すると、母はバッと振り返った。

「いやー、毎日忙しくて寝てる暇がないのよー!」

 は? 急に何を言っているんだ。

「ねぇ、お母さん。どうしたの?」

 私がもう一回訪ねても、母は一言一句間違いなく言って、またキッチンの方を向いた。

 母の向いている方を見てみると、何もしていなかった。

 ただボゥと突っ立っているだけで、特にこれといって何かをする訳でもない。

 目玉焼きを焼く気配もなかった。

 私は何だか気味が悪くなって家を飛び出した。

 すると、村が信じられないくらい静かだった。

 まるで全員姿を消してしまったのかなと不安になってしまうぐらいの静けさだった。

 もしかして私が寝ている間に魔物が襲撃して、全員さらわれてしまったのだろうか。

 もうチュプリンのやつ、なんで知らせてくれないの。

 もしかして、チュプリンもさらわれちゃったのかな。

 不安に思った私は一軒ずつ村人達の安否を確かめる事にした。

 歩いてすぐに道端で並んでいるマダム三人組に出会った。

 けど、見慣れない格好をしていた。

 少しためらってしまったが、意を決して私は声をかける事にした。

「あの、すみません……」

「ねぇねぇ、聞いたー?」

 すると、マダム達が急に表情が豊かになり、私の方を一切見ないで話し始めた。

「最近、卵が安くないと思わなーい?」

「分かるー! 卵が銅貨一枚だなんて破格過ぎるよねーー?」

「うんうん、猿芝居にも程があるよね」

「そういえば聞いた? 最近、レッカート・ファンナード氏がトラモリーラ鉱山で莫大な資金を得たそうよ」

「えーーー! うそっ?! 信じられなーーい!!!」

「私も信じられなーーーい!!!」

「そうだ! 今日、ファシティモーテさんの所でセールがあるから、一緒に行かない?」

「賛成!」

「いいわね! 行きましょう!」

 だが、三人のマダムがどこかに行く事なく、また無表情で立っていた。

 一体彼女達は何がしたいのだろう。

 そして、何を言っているのだろう。

 レッカート・ファンナード氏?

 トラモリーラ鉱山?

 ファシティモーテ?

 どれもこれも初耳の言葉ばかりだ。

 そうか。

 分かったぞ。

 これはパーティーなんだ。

 確かシャーナが仮想パーティーを開くって言っていた。

 そうだ。そうだ。そうに違いない。

 だから、みんな服装も思考も言葉も違うんだ。

 そうだ。そうだ。そうに違いない。

 でも、随分変わったパーティーだ。

 みんなでワイワイ食べたり飲んだり踊ったりする事もない。

 ボゥと突っ立っているだけ。

 そんなパーティー楽しいの?

 だったら、子供達と一緒に手を繋いで踊っていたあの日の方がマシだ。

 あるいは、花火大会も悪くない。

 いや、花火大会の方がいい。

 花火はいいぞぉ。

 なんてったって、巨大な火の球が大空で弾けるんだから。

 それに美味しい料理がたくさん並んで。

 えっと、あの、誰だっけ?

 美味しいオムレツ……オムライスだったかな?

 誰が作ってくれるんだっけ……まぁ、いいや。

 誰かが作る料理がテーブルの上にズラリと並んでいて、最高なのよ。

 まぁ、だからなんだって話だけど。

 あとは……パンね。

 パンも美味しい。

 誰かのパンがおいしいの。

 特に名物は何なのだろう。

 名物……パン屋の名物ってなんだ。

 アンパン、食パン、ジャムパン……私は何を言っているんだ。

 そんなパン、今まで食べた事ないじゃない。

 そうだ。分からないなら、食べに行けばいいじゃない。

 そうと決断した私は早速お店に向かう事にした。

 相変わらずこのパーティーは静か過ぎる。

 パーティーというのは賑やかでなければならないのに。

 歩いていると、子供達が走りまわっているのを目撃した。

 私はすぐさま駆け寄ろうとしたけど、ある違和感を覚えて立ち止まった。

 遠くから観察してみると、子供達はある地点で一旦停止し、クルッと向きを変えてまた走った。

 その向きを変える時の顔が実に奇妙で、真顔で方向転換した後、再び笑顔で走っていくのだ。

 声を出さずに。

 あれは何というタイトルなのだろう。

 何かしらのテーマがあるはずなんだ。

 だとしたら、あんな不気味な事はしない。

 子供達も子供達なりに参加しているんだね。

 もっといいのがあると思うんだけど。

 そんな事をして、面白いのかな。

 よし、せっかくだからアドバイスでもしてやろう。

 なんて思いながら近づいてみると、獣の雄叫びみたいなのが聞こえてきた。

「おほっふぅううううううううう!!!!」

 突如聞こえてきた声に一瞬ビクッとなってしまったが、ようやく人の声が聞けて安心した。

 でも、人間じゃないのかもしれないな。

 きっと森に住んでいた狼が迷いこんだのだろう。

 私はすぐに叫び声が聞こえた方を見た。

 しかし、声が近づけば近づくほど、妙な感じがした。

 獣ではない感じがするのだ。

 どうもおかしいなと思いつつも近づいてみた。

「おふぅほおおおおおおお!!! あはぁああああああ!!!! ぶぁあああああ!!!」

 何とも奇妙な咆哮は村長の家から聞こえてきた。

 窓を見てもピッタリと木の板で貼り付けられていたため、中の様子を確認する事ができなかった。

 けど、ドアは開けっ放しだった。

 駄目とは分かってはいるけれど、中を確認せずにはいられなかった。

 なぜかソォっとドアを開けて中に入っていってしまった。

 入って直後に、異様な光景が広がっていた。

 村長のお手伝いさんが等間隔で横並びになっているが、どれも半裸だったのだ。

 無理やり引き剥がされたのだろう、衣服が下品にはだけていた。

 それに異常な悪臭が漂っていた。

 一体ここで何が行われているのだろう。

 私は引き返そうか迷った。

 声はまだ奥の方にある。

 真相を確かめるべきか、このまま村の散歩を続けるべきか。

 私は好奇心に負けて、足を進める事にした。

 それにしても酷い仮装だ。

 お手伝いさんは何をテーマにしてそのような格好にしたのだろう。

 もっといいのがあるはずなのに。

 そうだ。聞いてみよう――と思って近づこうとした時、何かが足にゴンッとぶつかった。

 痛みを必死に押し殺して下を見てみると、斧だった。

 少し小さめの斧が彼女の前に立ちはばかるように床に刺さっていた。

 はて、私が普通にミルクを届けに来た時はこんなものはなかったはずなのに。

 でも、念のため持っていこう。

 この先何があるのか分からないので、持っていく事にした。

 声はドンドン大きくなってきた。

 一人、また一人と決して綺麗ではないお手伝いさんの姿を横目で見ながら奥へと進んだ。

 そして、遂に一つのドアの前までやってきた。

「むぼっ!!! ほっほっほっほっ!!!」

 声の主はもうこの一枚の板の向こう側にいるらしい。

 何だか緊張してきた。

 この先、何が待っているのか……ゆっくりと開けて覗いてみた。

「――っ?!」

 呼吸をするのも忘れてしまいそうだった。

 ベッドの上に村長がいるのだが、全裸だった。

 近くにはサキュバスもいたが、目は死んでいた。

「子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄、子孫繁栄……」

 村長は生気を失った眼差しでひたすらその言葉を連呼した。

 あれはどんな仮装――いや、仮装なんかじゃない。

 そうか。私はきっといけない場所を見てしまったのだろう。

 サキュバスと村長は夫婦で、二人の子供を授かるための儀式をしているのだ。

 けど、だからといって、相手の目が死ぬまでやり続けるのはどうなのだろうか。

 それにお手伝いさん達をあんな淫らな姿にする理由も分からない。

 ムードなのかな。

 なんて思っていた時、悪臭にやられたせいか、鼻がムズムズしてきた。

 駄目とは分かってはいるけど、我慢できなかった。

「クシュン」

 手元をしっかり抑えてクシャミをした。

 すると、今まで叫んでいた村長が急に声を出すのを止めて、ドアの方を見てきた。

 村長と目が合った。

「うぉおお……」

 村長の口が張り裂けそうなくらい笑みを浮かべていた。

 私は嫌な予感がして、すぐに走った。

「いたぞぉおおおおおおお!!!! 生きてるおんなぁあああああ!!!」

 背後からそんな叫びが聞こえたと同時に、ドアが激しく開く声がした。

 私が必死に出口を目指し、村長の家のドアを斧で叩き壊して蹴っ飛ばした。

 そして、そのまま走った。

「おんなおんなおんなぁああああ!!!」

 背後から異様な声が聞こえてきた。

 チラッと見てみると、村長が素っ裸のまま追いかけているのが見えた。

「いやぁああああああ!!!」

 狂気に満ちた眼差しに思わず叫んでいると、村長は嬉しそうな声を上げた。

「久しぶりぃいい!! 久しぶりぅいいいのこえぇええええ!!! ワシに声を聞かせてくれ!!!! 人形ではない本物の生きている声をぉおおおおおお!!! 聞かせろ! いかせろ! 聞かせろ! やらせろぉおおおおお!!!!」

 どうやら狙いは完全に私みたいだ。

 もし捕まれば何が待っているのか分かっていた。

 冗談じゃない!

 ふざけるな。

 あんな老人に捧げてたまるか。

 あんな老人と夫婦になってたまるか。

 私は無我夢中で走った。

 頭の中に数々の思い出が過ぎる。

 もちろん、村長との思い出も。

 それが瞬く間に崩れ去っていく。

 一緒にキノコスープを食べた事も。

 シャーナの誕生日会を開いた事も。

 みんなで輪になって踊った事も。

 何もかも全部ぶち壊した。

 いや、もう、本当に何なんだ。

 直感的に分かっていた。

 これはもう仮装パーティーではない。

 何かが起きている。

 私の身の回りで何か良からぬ事が起きている。

 そうだ。

 今こそ、魔法少女の出番じゃない。

 私はすぐにポケットから球体を取り出した。

「メチャラモート!」

 私は天に向かって叫んだ。

 すると、チュプリンが来る……いや、来なかった。

「メチャラモート! メチャラモート!」

 私は何度も叫んだ。

 けど、何も反応がなかった。

 はぁ、もう、あの野郎。

 一体どこで何をしているの?

 絶体絶命の緊急事態だというのに。

「声を聞かせぇろぉおおおおお!!!」

 背後からは変態と化した村長が執拗に追いかけてくるし。

 あいつ、朝一番にミルクを届けたのは誰だと思っているんだ。

 そのお返しはこれか……本当に最低だ。

 私は捕まってたまるかの精神で懸命に足を動かした。

 私と村長の追いかけっこは森に入った。

 しかし、村長は執拗に追いかけてきた。

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