第18.5話(後編) 崩壊した王子
「うわあああああああああ!!!」
マルチーズ王子は自分のした事を後悔していた。
彼はやり過ぎたと心の中で何度も叫んでいた。
王子の目の前にあるのは一冊の本だった。
そこには文字の羅列が書かれていた。
傍から見たらただの線かと思うが、人形遣いの王子はこれが読めていた。
「なんで、なんで、こんなことに……」
震えながら本を持つと、独り言を呟くように読み上げた。
「人形を復活させるための呪文のはずが、あらゆるものを人形化させる魔法だなんて……そんなのあんまりじゃないか!」
彼は大声で叫ぶが、誰も返って来なかった。
マルガリータ王国の中で一番賑わっているとされている市場にいるはずなのに、まるで寝静まった夜みたいに静かだった。
王子が辺りを見渡すと、国民達が静止していた。
どの人も真顔で一点を見つめていた。
王子はヨロヨロと立ち上がり、近くにいた女性に声をかけた。
「こ、こんにちは……」
「いやー、今日も暑いね!」
王子が声をかけると、女性は笑顔を見せて返してくれた。
が、すぐに表情が消えてしまった。
王子はもう一度話しかけるが、女性の反応は一緒だった。
王子は女性を通り過ぎて、今度は太った男に話をした。
「あの、すみま……」
「ガハハハハハハ!!! 良い天気だね!」
マルチーズ王子が話終わる前に、太った男が大声を上げて笑っていた。
「いや、あの……」
「ガハハハハハハ!!! 良い天気だね!」
「すみません。その」
「ガハハハハハハ!!! 良い天気だね!」
「あの、話を」
「ガハハハハハハ!!! 良い天気だね!」
「はなし」
「ガハハハハハハ!!! 良い天気だね!」
「話を聞けって言っているんだよ!!」
ついに王子の堪忍袋の緒が切れ、太った男を殴った。
しかし、彼は怒りもせず、先程と同じ事を言っていた。
「フフフ……ハハハハ……アハハハ……」
王子は膝から崩れ落ちた。
「ぬあああああああああ!!!! ああああああああああ!!!!」
そして、天に向かって叫んだ。
喉が持つ限り叫び続けた。
「あがああああああ!!! ぬぁあああああ!!! ひゃぁあああああ!!!」
今までにないくらい絶叫した王子はふと急に糸が切れたみたいに静かになった。
空だった。
途方もなく続く空を見ていた。
王子の心は空っぽだった。
何もなかった。
何も動かなかった。
何も感じなかった。
呼吸だけはしていたが、やる事と言ったらそれだけで後は何もしなかった。
思考も燃料不足みたいに止まっていた。
しばらくの間停止していたが、王子は突然ある事を思いついた。
静止している国民にイタズラをしてやろう――と。
王子の脳内にはたちまち良からぬ欲望が占拠されていた。
自分の犯した罪から逃げるかのように、彼の身体や思考回路は快楽へと発展していった。
「おほひひひひひ!!!」
王子らしからぬ奇怪な笑みを浮かべたマルチーズ王子は近くにいた女性に駆け寄ると、衣服を剥がした。
そこから先は語るまでもない。
いや、語るのもおぞましい蛮行が行われていた。
王子の精神年齢は赤ん坊みたいに落ちるどころか、発情期の動物みたいになってしまった。
とにかく彼好みの人を見つけたら、容赦なく捕まえて愉しんだ。
それが彼の今の状態の中で唯一の娯楽となった。
声をかけられても同じ事しか言わなかったので、あまり気にならなくなった。
彼は一人、また一人と自分の体力が持つ限り遊んだ。
かつて、王国一のイケメンで賢いともてはやされたマルチーズ王子の面影はどこにもなかった。
今の彼にとって、人形と化した王国は溜まりに溜まった欲望を吐き出す場所だった。
もちろん一日で終わるはずもなく、パタンと力尽きたように寝たら、また起きて獲物を探す。
そして、乱暴に遊びまくった後、また獲物を探す。
日が暮れるまで堪能したら寝る――それの繰り返しだった。
マルチーズ王子は気づいていなかったが、マリトーツォ国王やオーワン、オーツンの姿がどこにもいなかった。
もし蛮行が始まる前にそれに気づいたら、何かが変わったかもしれない。
だが、もう手遅れだった。
今の彼に出来る事はもうなかった。
手当り次第に遊ぶ事しか脳のない獣に落ちぶれてしまった。
王子の記憶はドンドン消えていった。
自分の名前も、幼少期にどんな事を夢を見ていたのかも、自分が憧れて結婚しようとしていたお姫様も、国王に頼まれて人形遣いになった事も、自分を『
モプミに助けてもらって、求婚した事も。
あらゆる思い出が彼が絶頂する時に吐き捨てていった。
そして、人の言葉も忘れ、獣になった。
そんな陥落した王子の前にある男がやってきた。
群青色のコートを羽織った男だった。
男は悲惨な状態になっている王国を見て軽く溜め息をついた後、元人間の方に向かった。
マルチーズと呼ばれていた獣は、男の姿を見るや否や、縄張りを侵害されたみたいに唸っていた。
男は全裸の王子を見て、どういう訳か噴き出していた。
「滑稽だな。自業自得のくせに」
男はそう言うと、彼に近づいていった。
「グルゥルルルル……バウッ!!」
元王子は近づく男に飛びかかった。
「消えろ」
男は獣の急所を狙った。
「あがっ?! あぁぁぁぁ……」
元王子はたちまち悶絶し、その場に倒れてしまった。
ヨダレを垂らしながら悶絶する王子に、男は彼の頭に触れた。
小さい声でブツブツと呟くと、王子様の姿が消えてしまった。
そして、完全に消え去ると、男は立ち上がって周囲を見渡した。
「あーあ、もう……やってくれたな、あの野郎……」
男は頭を掻いていると、プルルルと電子的な音が鳴った。
男はすぐにコートのポケットに手を突っ込むと、取り出したのは細長い箱だった。
どうやら二つ折りになっているらしく、パカッと開けるように広げると、無数あるボタンの中から迷いな緑色のボタンを押した。
「はい、どうも。お疲れ様です……えぇ、大体は終わりました。
ですが、少々問題が……いやいや、大した事ではないです。
ちょっと王子の方が発狂しましてね。いや、殺してはいないんですけど……あの、暴行ですね。
はいはい……まぁ、そんなに時間はかからないです。
はい、何とか期限までには……えぇ、王子ですか? もちろんリセットを……再構成して設置するつもりです。
魔王城の方も制圧しました。問題ないかと。
魔王が厄介でしたが、彼女の幼少期のトラウマをうまく利用したらいけました。
えぇ、えぇ……ただお眠り大臣は自決を。拳銃で殺してくれたら手っ取り早かったのですが……はい、後処理はそちらの方でお願いします。
村ですか? 村はそろそろです。ただそちらも面倒なのが……はい。すぐに何とかします。
はい、では、失礼します……」
男は赤いボタンを押すと、フゥと刺繍の入った帽子を脱いだ。
マリトーツォ国王はハゲ上がった頭を撫でながら、数字の書かれたボタンを押していた。
そして、再び耳をあてた。
「……あ、もしもし、お父さん。さっき上から連絡が来て、
そっちは妖精の国の使者がいるんだろ? あぁ、分かった。人形達がまだいるからそれで……ところで、オーワンとオーツンがそっちに来ていないか?
来ていない? うーん、どこに行ったんだろうな。
まぁ、いいや。王国の準備が終わったら、そっちの方に向かうから。
それじゃあ」
国王はまた赤いボタンを押してパタンと閉じると、足早にどこかに向かった。
国王が着いた場所は、城だった。
そこにはメイドや執事達が無表情で立っていた。
中には窓の方を向いている者もいたが、国王は通り過ぎていった。
一目散に向かった場所は地下室へと続く階段だった。
駆け足で降りていき、ドアを開けた。
何体か空になっているが、王子が初めて訪れてもなお、多くの人形達が並んでいた。
国王は棚にある本の中から一冊を取り出した。
ペラペラとめくっていくと、ある所で手を止めた。
小さい声で呟くと一体、また一体と目が光った。
人形達は次々に動き出し、国王が詠唱を終える頃には部屋の奥まで人形達が並んでいた。
国王は本をパタンと閉じると、両腕を大きく拡げた。
「これより、ポポポポー村に行く! 俺に付いてこい!」
国王がそう言うと、人形達が一斉に「はい、
この反応に国王は満足気な笑みを浮かべた。
↓次回予告
モプミ、暇になる
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