第18話 今日はとても静かだ

 村にサキュバスが現れた。

 しかし、私が現れたことで事なきを得た。

 私は物理攻撃でサキュバスを気絶させた後、森の木に縛り付ける事にした。

 彼女はまだ起きなかったが、万が一に備えて頭以外お全身をグルグル巻きにした。

 そして、再び気絶した彼女と話した。

「ねぇねぇ、あなたは今どんな夢を見ているの? 私ね。最近おかしな夢を見るんだ。なんかひたすら村の門の前で立つ夢。おかしな夢でしょ! 私も起きた時、なんかおかしいなぁと思いながら日常を過ごしている訳だけど、別に特に支障は出ないし、なんかもうどうしたらいいのって話。でも、現在進行形で私の日常にある変化が生まれているのは事実なんだけどね。例えば、最近村の人達の耳が遠くなっているような気がするんだ。そうそう、なぜ気絶している人に、サキュバスか……サキュバス? うん、サキュバスだ。サキュバスに話をしているとね。なんか話しても、みんなうわの空でさ。なんかもう嫌になっちゃって。お祭りの準備をする気配なんか一つもないし。この前……いや、昨日か。昨日村長に相談しようと思ったら鍵が閉まっていたの。いつでも誕生日会を開いていて、誰でも自由に出入りできたのに。なぜか窓もドアもピッタリと閉じちゃって……もしかして不幸な事でも起きたのかなと不安になってさ。大声で呼びかけたけど、何も反応がなくなったのよ。昨日だっていつもより十倍以上の牛乳を注文しているのに……おかしいよね? 考え過ぎな私の方がおかしいか。まぁ、いっか。どうせすぐに忘れちゃうから……。そういえば、最近シャーナも会っていない。シャーナとは毎日顔を合わせるぐらい仲が良かったのに、ある時からピタッと音沙汰がなくて……はぁ、どうしたらいいんだろう。私って嫌われているのかな? 嫌われてるような事をしたのかな? 私は村の人達に一生懸命配達を頑張ってきたんだよ。チーズとか牛乳とかパンとか……そういえば、最近全然配達していないな。仕事が来ないのは嬉しいけど暇すぎるのもあれね。辛いね。やることがあれば別だけど、やる事がないと、本当に時間が流れるのが襲い。だから、あなた達が来たのは本当に嬉しかった……嬉しかったのかな? いや、面倒臭かったかもしれない……。目の前で言ってごめんね。それにしても、本当に全然起きないね。私はサラダパンを食べて過ごしているよ。あなたはどう? こういう暇ない時はサラダパンを食べている? 手作り派? それともお店で買う派? そっか……無視するんだね。それもそうか。だって、気絶しているんだから……ゴホンゴホン。あぁ、ごめんなさい。喋りっぱなし過ぎちゃったから、ちょっと声の調子が……息が切れて……はぁはぁ……うまく呼吸ができないわ。こういう時はサラダパンが一番ね。サラダパンって何?」

 これでもかというくらい話しまくったからか、少し息が切れてしまった。

 何か水分摂取しようと辺りを見渡した――その時。

「きさまぁああああああ!!!」

 突然空から怒声が聞こえてきた。

 見上げてみると、大きな翼を生やしたトカゲがこっちに向かってきた。

 いや、ドラゴンか。

 私の中でのイメージはもっと巨大で獰猛だったが、成人した男性の村人と同じサイズだった。

 そいつは地上に降り立つや否や、「よくもメバーナを!」と近寄ってきた。

「あなたは誰? ここに何しに来たの?」

「俺はボードリフ! 魔王八天王の一人にして、最強のドラゴン!

 きさまぁ、よくも我が仲間にして八天王界の一輪の薔薇を倒してくれたなぁ!」

 八天王界の一輪の薔薇?

 あぁ、このサキュバスのことか。

 という事は、彼女も魔王八天王の一人か。

「でも、大した事なかったですよ」

 私がそう答えると、ドラゴンは逆上し私に襲いかかった。

 けど、サッとかわして脇腹に一撃を与えると、あっさり気絶してしまった。

 私はドラゴンの尻尾を掴んで引きずりながらある場所へ向かった。

 お肉屋さんだ。

「こんにちは! いらっしゃい!」

 肉屋の大将が満面の笑みで出迎えてくると、私はドラゴンを差し出した。

「これ、解体してくれます?」

 私がそう頼むと、大将は「解体をご希望だね! そしたら、一体につき銀貨三十枚かかるけどいい?」と言ってきた。

 あれ? この村にはそんなのはなかったはずだけど。

「私、そんなの持っていません」

 私は首を振って答えると、肉屋の大将は「またのおこしを」と無表情になってしまった。

「すみません。買い取りはやっていますか?」

 私がそう聞くと、大将は再び笑顔になって「買い取りのご希望ですね! そうですね……ドラゴン一体につき、金貨一枚と交換できます」と丁寧に答えた。

 金貨? また妙なものが出来たな。

「じゃあ、お願いします」

 私は肉屋の大将にドラゴンを渡すと、金色のメダルと交換した。

 なぜ肉屋の大将がこんなのと交換したがるのかは分からない。

 そういえば、あの肉屋の大将ってこの村にいたっけ?

 初めて会った顔だけど。

 そんな事を思いながら歩いていると、パン屋を見つけた。

 いつも配達をする場所だったので、そのままガチャッと開けて中に入った。

「いらっしゃい! 何にします?」

 おばさんがにこやかに注門を聞いてきた。

 私はガラスケースの中にしまっているパン達を眺めた。

 そうだ。せっかくなら、母に持って帰ろう。

 そう思った私は王道のを選んだ。

「フワフワパンとチーズパンをください」

 私がそう注文すると、おばさんは「はい。フワフワパン一個ごとチーズパン一個のご注文ですね。お題は銅貨三枚になります」と坦坦と答えた。

 銅貨? そんなのあったっけ?

 私は首を傾げながらも「これだったらあります」と金貨一枚を渡した。

 すると、おばさんは「ありがとうございます! では、お返しとして銅貨十三枚をお返しします」と言って似たようなメダルを渡した。

 私は「ありがとうございます」と言って受け取った。

 牛乳も飲みたくなってので、追加注文する事にした。

「おばさん、牛乳も一本ください」

「いらっしゃい! 何にします?」

 私の声が小さかったのか、まるで来店した直後みたいな反応をしていた。

「あの、えっと……牛乳一瓶をください」

 すると、急に真顔になった。

「ただいま受け付けておりません」

 私はその顔が怖くて、何も言わずに出ていってしまった。

 おばさん、どうしたのだろう。

 牛乳が切れていたのに急に追加注文しちゃって怒っちゃったのかな。

 だったら、私に配達を頼んで貰えればよかったのに。

 でも、注文が来ていないから販売をやめたのかな。

 そう思いながら歩いていく。

 それにしても村はいつになく静かだ。

 もうすぐ祭りが近いというのに。

 どうしたのだろう。

 まるで別の世界にでもきたみたいだ。

 村長の家に行こうかなと思ったが、村を進んでいると、入り口手前に見慣れない人物が立っていた。

 誰だろうと思い、その人物に向かって進んでいく。

 途中、私の家を通過したが通り過ぎていった。

 村の入り口に立っていたのは人型っぽい何かだった。

 群青ぐんじょう色のコートを羽織り、真っ青な長いブーツをはいていた。

 顔を確認しようとしたが、刺繍が施された帽子を深く被っていて見えなかった。

 もしかして人形かなと思い、全体を眺めてみたが、どこにも数字が書かれていなかったので、旅人だろうと思った。

「ポポポポー村へようこそ!」

 私はその人物に声をかけてみたが、無反応だった。

 聞こえなかったのかなと思い、もう一度大声で呼びかけた。

 すると、ピタッと立ち止まっていた人物が急に動き出した。

 ゆっくり私の方に近づいてきた。

 いつもの私だったら逃げ出すかもしれない。

 けど、今日はなぜか全然逃げなかった。

 まるで親戚にでも会うような感覚だった。

 その人物と接触する事で、何か大きな変化が起こると思った。

 具体的にはどんな変化が起こるかはさっぱりだったが、私の未来は明るいものになるはずだと思っていた。

 その妙な確信はどこから来るのか分からなかったが、幸せが訪れると思った。

――魔法少女よりも?

 ふと頭の中に違う私の声がした。

『違う私』? 違う私って何?

 私は私。

 私は……私は私だから、自分の事だから。

 自分の事で起きることなんだから、嬉しいに決まっているじゃん。

――本当に?

 また私の声が聞こえてくる。

 本当に一体何だったんだ。

――魔法少女になって世界を救うんじゃなかったの?

 この声は何を言いたいのだろう。

 私には向いていないんだよ、魔法少女。

 そういえば、最近チュプリンの姿を見ていない。

 あんなに私に『魔法少女になって!』と言ってきたのに、全然部屋にいない。

 あとは、シャーナの姿も見ていないなぁ。

 どうしたのだろう。

 あれ? 昨日会ったっけ?

 どうだったっけ……あぁ、なんか最近忘れっぽいんだよなぁ。

 何だろう。穴の空いた花瓶みたいに大事なものがドンドン抜け落ちていくような……。

 そんな事を思っていると、群青色のコートが近づいてきた。

「あなたの名前は?」

 妙に不自然なイントネーションの話し方をしていた。

「……モプミです」

 私が答えても、何も言わずにコートのポケットから手帳を取り出して何かをメモしていた。

「……家族は?」

「母とペットの猫達です」

「猫は何匹?」

「十一匹……だったっけ」

「あなたを知っている人は? 思い出す限りで答えて」

「チーズ好きのカーラおばさん、チーズパン好きのシャートルおじさん、パン屋を営んでいるフレッセーナさん、大家族のヘーラお姉さん、村長。

 医者のカーチェスさん、魚釣り好きのジュージュおじさん、オムレツが得意料理のレーリナさん、個性的なレレレータおばさん……あとは、あとは……えっと……」

「はい、もうけっこうです」

 群青色のコートは私の言葉を一文字も聞き漏らすまいとペンを動かしていた。

 特に私が記憶している村の人達の名前をしっかりと全部書いていた。

「……分かった。ご協力ありがとうございます」

 群青色のコートはそう言うと、姿を消してしまった。

 あれは一体何だったのか、チンプンカンプンだった。

 だけど、お腹が空いたので、一旦置いておいて家に帰る事にした。


↓次回予告

魔王と王子様のサイドストーリーです。

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