第5話 逆転の狼煙


 なんでいるんだよ!? しかもまるで俺を待ち構えてたみたく……。


 驚き過ぎた俺は、少しの間硬直してしまっていた。


 あっ、そうだ。バッグ。


 目の前に転がるジャガイモを横目に痛む脚を気にしながら両膝を地面に着けると、俺は足元に落ちているバッグやそこから少しはみ出している食材をかき集めてゆく。

  

 すると、人影がすっと差し込んできた。


 ひざまずいた俺の正面に立った彼女は片膝を地面スレスレまで折り畳み、足元に転がるジャガイモを拾ってくれる。


 目の前には彼女の白く柔らかそうな太ももと、中が見えそうで見えないふわりと揺れるアソート柄スカートがあり、見たく無いのにどうしても目がいってしまう。


「こら。また覗こうとしてるでしょ?」


 彼女はこちらをちらと見やると、スカートを軽く手で押さえた。


 うっ。俺はぷいっと視線を逸らす。


 悪いんだけど、これはもはや男のさがなんだ……。

 意識的じゃないんだ。多分。

 

 改めて視線を顔に移す。

 きっと怒ってるんだろな。そう思ったのに、彼女は驚くほど優しいで俺を見つめていた。


 そして、凛々しい眉尻を下げ柔らかな表情を作ると、すっと手を差し出してくる。

 

「はい、ジャガイモ。落ちましたよ」


「あ、ありがとう」


 俺は手を伸ばしてジャガイモを受け取ると、無造作にマイバッグへ放り込む。 


「今回は受け取ってくれるんですね?」


 彼女は二重の大きな目で俺を覗き込んでくる。


「そ、そりゃあ、普通に受け取るだろ……」


 俺はふいっと横を向いた。


 罰が悪く感じたのだと、そう思いたかったけど本当はまるで違う。


 さっきより幾分落ち着いていたこともあり、フラットな感情で改めて見た彼女があの時と違ってとんでもなく可愛く見えてしまったのだ。


 それは特製の特大ボールが俺のストライクゾーン全部を埋め尽くし、少しはみ出した部分はやっぱりボールコールになっちゃいます? というくらい理解不能なドストライクだった。


 校内の美少女事情なんてまるで知らないが、こんなとびきり可愛いはそうそういないんじゃないかと思える。


「また、会いましたね」


 今度は柔らかな微笑みを俺に向けると、すくっと両膝を伸ばした後、彼女が頭上から言葉を放り投げてきた。

 

 っつうか、そうだった。

 なんでこのがここにいるのか聞かないと。


 俺も足首の痛みが極力伴わない様にと、ゆっくり立ち上がる。


「なんでこんなとこにいるんだよ?」


「どういう意味ですか? というか、私がどこにいようと私の自由だと思うんですけど」


「それはそうだけど。っつうか、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」


 確かに彼女がどこにいようが彼女の自由だ。

 それは間違いない。


「ちなみにさっきから私の跡をつけてましたよね? 気付いてないと思ってたのかも知れませんけど」


 ぐっ……。


「たしかにそうだけど、でもそりゃあ気にもなるだろ? ここはさっき会った場所から4駅も離れてるんだぞ?」


「じゃあ逆に質問しますけど。あなたこそどうしてここにいるんですか?」


「それは……、俺の家がこの辺だからに決まってるだろ」


「そうなんですか。どの辺りなんです?」


「は? そ、そんなの個人情報だ。言うわけなっ——」


 と、いつぞや誰かに言われた言葉だと気付きハっとなる。加えて、無意識にすぐそこに見えるマンションへ視線を移してしまう低スペックな俺。


 すると彼女は俺の視線の先を追いかけ、ふぅんと頷いた。

 多分気付かれただろう。


 駄目だ、何かがおかしい。


 ペースを戻さないと。


「あ、あのさ。一つ聞きたい事があるんだけど」


「いいですよ。答えられる事なら答えます」


 彼女はふっと小さく息を吐いた後、すっと居住まいを正す。


「えと。なんであの時、俺のことを……その、好きなんて……言ってきたんだよ」


 くっ。ペースを戻すどころか、急激に口の中が乾燥して完全にどもってしまった。

 

 それはそうと、そもそも俺は何のためにこんな質問をしてるんだ?

 なんだかもう自分でもよく分からなくなってきた。


「もしかして気になってくれてたりします? 私が告白したこと」


「えっ。そ、そりゃ、気にもなるだろ。それに君には親切にしてもらったのに結構ひどい事も言っちゃったし……」


 今更ながら過去の行いを恥じていると、彼女は優し気に眉尻を下げながら俺を見つめてきて。


「そっか。やっぱり優しいんですね、って」


 そう言うと、柔らかく微笑んだ。


「へ?」



 先輩? 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る