第3話 三度見ならぬ


 衝撃の告白後、奇妙な余韻が残された公園の中。


 既に彼女の姿は見当たらず、子ども達がきゃっきゃとはしゃぐ姿だけが視界に映りこんでいる。


 結局あの後、彼女は何も言わずに走り去ってしまった。


 

 ——「わたしは、あなたのことが好きなんです! だから助けたんです!」



 俺は片手でぐしゃぐしゃっと頭を掻く。


 ……意味わかんねぇ。 


 好き? いつからだよ。そもそも会ったことすらないのに? 


 全っ然わからん。逆になんか怖いまである。

 

 

 ただ……めっちゃ可愛かったけど。



 俺はベンチの背もたれへ無気力に身体をぎしっと放り投げ、ぼーっと空を見上げた。


 まあ、どうでもいいや。


 とりあえず…………泣こう。



 真っ青な空を眺めてたら体の痛みと共に、あの無慈悲な光景も蘇ってくれた。

 まだ記憶は鮮明に残ってるみたいだ。



 ……あぁ良かった。泣けそうだ——。



△▼



「そうかぁ。それはツラかったなぁ、拓海たくみ


 泣きそうな顔でうんうんと兄貴けいやが頷いてくれる。


 帰宅後、俺は3コ上の兄である啓哉けいやに一連の話を打ち明けていた。


 なんで話したかって、単純に癒されるからだ。

 兄貴はいつだって無駄な言葉を掛けず、優しい眼差しで俺の話を聞いてくれる。


 きっとこんな兄だから大学入学と共に一人暮らしを許されたのだろう。

 と、いうか俺もいるから二人暮らしなんだけど。


「ありがと。おかげでちょっと気が和らいできた」


「おう」


 いつも通り短い返事だけをして、兄貴はニコッと優しく微笑んだ。


 兄貴は怜奈れなさんと同じ大学に通っている。でも彼女の事は知らないらしい。

 そして相変わらず童貞だ。


 はぁ。ちょっと落ち着いてきたかも。


 買い物でも行こうかな。

 今日の晩御飯は——そうだな、面倒臭いから鍋かカレーにでもしようか。


「ちょいスーパー行って来るわ」


 言うや、俺はよっとソファから腰を上げる。その時、ズキンと脚が痛んだ。

 まあさっきより幾分マシになったとはいえ、まだもう暫く痛みは続きそうだ。


「おいお前、その足大丈夫なのか?」


 少しフラついた俺を見て、兄貴が心配そうな顔を向けてくる。


「へーきへーき。じゃ、いってきまーす」



 もう午後の六時過ぎだというのに、まだ空は明るかった。

 

 エレベーター前で、ポケットからスマホを取り出す。

 ほんの一瞬だけ期待したものの怜奈さんからの連絡は無い。まあ当然だよな……。


 それに、もし連絡があったとしても恐くてメッセージを見る勇気も出無さそうだし。


 はぁ。怜奈さんと付き合って3ヶ月……か。


 奔放な人で。元々他人に対して冷たいところはあった。けどまさかそれが自分に向けられて、しかもあそこまでバッサリ切り捨てられるなんて思ってもなかった。


 そういう意味では、見落としてるだけで実は俺が何かやらかしてたのかもな。

 元々大人なびた怜奈さんに対して自分の幼稚さが身に染みてはいたんだ……。

 

 って、どんだけ未練がましいんだっての。

 また彼女の醒めた顔を思い出しぶんぶんと首を横に振る。

 

 エレベーターを降り一階のエントランスを抜けると、犬をリードにつけた初老のおじいさんが「こんにちは」と挨拶をしてくれた。


 すれ違い様に毛並みの整ったトイプーがくんくんと飛びついてくる。

 お前は可愛いなぁ。振ったりしないし。


 はぁ。いつまでも落ち込んでたって仕方ないじゃないか。


 前を向け、前を。 


 ってたらひとりでに前傾し始めてしまう背中を無理やりに反り返らせるべく、両手でぐ~っと背伸びをしながら、う~っと唸りつつマンションを出たその時だった。


 俺は本日二度目の超絶信じられない光景を目の当たりにする事になる。



「(マ、マ、マジでっ!?)」



 おいおい。三度見するなんていつ振りだろうか。

 いや、実は驚き過ぎて四度見……した。 

 

 なんと、なんとなんと数十メートル先に彼女らしき人物が歩いているのだ。


 あのアソート柄のスカート。多分間違い無いっ。


 なんでここにいんだよ?!

 怜奈さんのマンションから4駅も離れてるんだぞ?!


 まさか?! 俺の後をつけてきた……のか?! 





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