第2話 衝撃的な一言は


 言うや俺は両手で地面を勢いよく押し込み、その反動で立ち上がろうとしたのだが……。


 どうやらさっきの転倒で捻挫をしてしまったらしい。

 ズキッと足首に大きな痛みを覚えグラっと視界が揺らぐ。


 くそッ、こんな時くらい綺麗に立ち去らせてくれたっていいじゃないかよ。


「大丈夫ですか!?」


 彼女はよろめいた俺に素早く駆け寄ると、腕を取り自分の肩に掛けてくれる。


 なんでこのはこんなにも優しくしてくれるんだ。冷静に考えておせっかいが過ぎるように思えた。


 その時だった。


 っ!?


 俺を抱きかかえる彼女の無防備な胸元から可愛らしいレース付きのブラジャー(イチゴ柄)がモロに覗き見えてしまう。


「ちょ、見ないでください! 信じられない!」


 さっきよりも早く俺の視線に気付いた彼女はそう言うとバッと左手で胸を押さえ、またも顔を赤らめた。

 

「ごめんって。でもわざと見たわけじゃないから」


「だから分かってますってば!! もうっ」


 っつうか羞恥心が強い割に服装が無防備過ぎなんだってば。


「ほんとに一人で歩けるから。マジでもうっといてくれないか?」


「え。でも……。足、すごく痛そうだし……」


「大丈夫だって。たぶん片足でも移動くらいはできる」


 ふいに怜奈れいなさんのさっきの醒めた表情かおを思い出してしまった俺はぎゅっと目を瞑り、考えるより先に彼女の腕を振りほどき片足でジャンプしていた。


 だけど捻挫していない方の脚も疲労のためかほとんど力が入らなくて体勢をガクっと崩してしまう。


 本日二度目の転倒を覚悟した時、また彼女は倒れそうになる俺を支えてくれていた。

 ブラジャー。は、見えなかった。今度はちゃんと胸元を押さえているらしい。


「無理しないでください。とりあえず、そこのベンチに座りましょ」


 なぜかは分からない。だけど、彼女はどうしても俺を助けたいようで。


 確かに右足が一瞬地面に触れるだけで痛いし、左足にもあまり力が入らない。 

 本当に心から本意じゃ無いけど、今回ばかりは助けてもらった方が良さそうだな……。


「あのさ。悪いんだけどせっかくならもうちょっと奥のベンチに行ってもいいかな?」


 一メートルでもこのマンションから離れたかった俺は、二百メートルほど先の公園を指さす。


 すると、明らかに彼女の眉尻がピクピクッと引き攣ったのが分かった。


 ほんとにごめん……、でも少しでも遠くに行きたいんだ。



▽▲



 数分後、何とか公園のベンチまで到着した俺たちは、肩でぜーはーと息を切らしていた。


 まだ夏前だというのに、彼女も俺も結構な汗をかいてしまっている。


「親切にしてくれて、ふぅ、どうもありがとう」


 俺はベンチからチェック地のハンカチで汗を拭う彼女を見上げ、息を切らしながら頭を下げる。


「いえ、いいんです。はぁ。私が、ふぅ。好きで、やったことですから」


 彼女は息を整えるようにふうっと息を吐くと、にこっと笑った。

 きっとこんな状況でさえ無かったらすごく素敵な笑顔だって感じられたんだろうけどな。


 ふとそんなことを思いながらも、


 でも……なんて……。

 余程のお人好しなのだろうか?

 

 もちろん感謝の気持ちはあった。だけどどうしてもそれ以上に不信感が勝ってしまう。


「なぁ。なんで俺なんかのためにここまで親切にしてくれるんだよ」


「え。だからさっきも言った通り、ただの親切心ですよ」


 彼女はこめかみの辺りを人差し指でぽりぽりと掻き、照れ臭そうに苦笑いをする。


「ごめん、こんなこと言うのは失礼だって分かってるんだけど……、なんつうか、あんまりにもタイミングが良過ぎた気がしてて」


「そ、そんなことないですよ! 偶然通り掛かったらあなたが急に倒れたからびっくりして」


 やっぱり変だ。マンションの階下から歩道までは少し距離があったはずなのにわざわざ駆け寄ってきた?


 老人とかなら分かるけど、俺みたいな若い奴をそこまで心配するものだろうか?

 こんなに可愛いんだ。逆にそれがきっかけでナンパされたりとか、普通はそっちを警戒するもんじゃないか。


「通り掛かったってことは家はこの辺りなのか? それとも何か用事でもあったとか?」


「そ、そんなのっ。個人情報です……。教えられません」


 疑われたのが気に食わなかったのだろう、彼女は頬を膨らましフイと横を向いてしまった。


 なんだ? 彼女の表情や言葉の節々からどうしても違和感が拭いきれない。 

 もちろん考え過ぎの可能性もあるけど。


 彼女がこの場を立ち去らないのも気になった要因の一つだ。

 もう当分の間、俺はベンチから離れられないし、普通は少しやり取りをしたら立ち去ると思うんだけどな……。


 その時、俺は気付く。


 あっ、お礼か。お礼を求めてるんだ。

 スマホを出したくなかった俺はおもむろにポケットから財布を取り出して中身を見る。すると五千円札が一枚と千円が一枚。


 くそ、泡と消えたペンダント数万が惜し過ぎる……。

 今の俺にとって五千円は死活問題だ。正直千円でも多いと思うけど仕方無い、五千円を渡しておこうか。


「これ、お礼……。受け取ってくれよ」


 お札の皺をピンと指で伸ばしてから彼女に手渡そうとすると、あからさまに驚いた顔をされる。


「そんなつもりで助けた訳じゃ。あのっ、失礼かもしれませんけどそういうのやめた方がいいですよ! なんだか人の親切に打算があると思い込んでるみたいですけど」


 打算、無いのか。じゃあ、


「じゃあ、なんで……。なんでまだここにいるんだよ?! もうこれ以上俺に関わる理由なんて無いだろ。さっさとどっか行けよっ」


 俺はわざと冷たく言い放った。普段だったらこんな酷い言い方はしなかったはずだ。


 でも俺は完全に疲弊してしまってて、今は心から一人になりたかった。だから近寄ってくる彼女を遠ざけたくて意識的に酷い言葉を選んでしまったんだと思う。


「そんな言い方しなくたって。ひどいよ……」


 彼女はそう言うと口をきゅっと結び、俯いてしまった。


 明らかに言い過ぎだ。もしかしたら泣かせてしまったかもしれない。

 フラれた挙句、親切にしてくれた女の子に厳しい言葉を浴びせて泣かせるなんて。


 なにやってんだよ……俺。

 こんなだからフラれるんだ。


 そう自省の念で頭を抱えていたのに。


 彼女は両手を握りしめ、俺の頭上から到底信じられるはずの無い衝撃的な言葉を告げてきたんだ。


「わたしは……」


「わたしは、あなたのことが好きなんです! だから助けたんです!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る