年上彼女に手酷くフラれた俺の目の前に現れたのは見知らぬ美少女でした

若菜未来

第1話 プロローグ/映る人影


▼△ (プロローグ)


 見たくないモノを見た時の人間の脳がどうなるか知っているだろうか。


 見たくないモノを見た人間の脳は、追加情報を一切遮断し……たしか、自分に都合の良い情報へ脳内記憶を改竄かいざんする……はず?

 テレビか何かで観た気がする。多分。


 なら。


 高校2年の夏入りを直前に控えた俺、田中拓海たなかたくみの、いま目に映るこの光景は改竄されるはずだったのに……。



△▼



「あ~……」


 3コ上の大学生の彼女怜奈さんは今まで見せたことのない面倒臭そうな表情かおをし、大人びた仕草で長めの髪をかき上げている。なんと取り繕おうか考えている、そんな風に映った。


 チャットは既読にならず、電話にも出ない。

 そんな不安な日々が2週間ほど続いたある日のこと。我慢の限界を迎えた俺は怜奈れなさんが早めに帰宅するはずの日を狙い彼女の住むマンションを訪れていた。


 その日は暑かった。


 マンションが遠目に見えてきた頃合い、ちょうど中に入ってゆく彼女の後ろ姿を視界に捉えた俺は彼女の無事にひとまず安堵する。


 会いたい、会って話したい。


 そんな思いで先行し昇ってゆくエレベーターに負けじと息を切らしながら階段を駆け上がってきたのに……。


「連絡をブロックしなかったのがせめてもの優しさと思ってくれたら良かったんだけどなぁ」


 あまりにもぶっきらぼうな物言い。

 汗を流し肩で息をしながら、まだ一縷の望みにすがろうとする俺に掛けられた言葉がそれだった。


 そして無情にも彼女は更に追い討ちを掛けてくる。


「勘違いさせたならごめん。ただ、そもそもわたし的には付き合ってたつもりすらないんだよね。でもまあ……仕方ない。別れてくれる?」 


 悪びれもせずさらりと言ってのける怜奈れなさん。


 いま、付き合ってたつもりすらない……って言ったのか?

 しかも「でもまあ」ってなんだよ? 「仕方ない」っなんだよ??


 頭上に無数のハテナが浮かび上がる中、無情な現実を突きつけられた俺の手からダラりと力が抜け落ちてゆく。


 そんな生気も覇気も失った俺に向け、彼女は多分憐みの表情を浮かべていたんだと思う。脳内が疑問で支配された俺の視界はぐにゃっと歪んでて、それすらよく分からなくなっていた。


「ま、そういうことだから……。拓海たくみくんも元気で。ねっ」


 呆然ぼうぜんとする俺に対し、あっけらかんとした口調で勝手に関係をご破算した彼女はさっさと自室に消えてしまった。


 目の前で閉まるドア。その後、カギの閉まる音が聞こえる。


 酷いコントラストだ。


 後ろ手に忍ばせ、ついぞ登場する隙の無かったペンダント。

 欲しいって言ってたから、初めて彼女を祝えるからって、バイト代を貯めて買ったのに……。


 気付いたらグシャッと手のひらサイズのケースを包装紙ごと握り潰していた。

 直後、彼女の部屋のドアに投げつけられたプレゼントそれは無情な金属音に跳ね返され、エンボス床で一度だけ跳ねた。


 正直、そこから先のことはよく覚えてない。


 ただ、一階に降りる直前に階段で脚を踏み外したんだと思う。

 気付いたら前のめりの体勢で倒れていて、無機質なアスファルトが目の前にあった。手の皮は擦り剝け、血も出てるらしい。


 ダサ過ぎ……。みっともなさ過ぎて泣けてくる。

 そんな感情に支配されアスファルトと睨めっこしていると視界の端に人影が映った。


「あの。これ、良かったらどうぞ」


 人影が人に変わり。

 うっすらとシルエットだけでその姿を捉えようとする。女の子……。俺と同じくらいの。高校生だろうか。

 

 彼女は両膝を揃えて折りたたみ、チェック地のハンカチを差し出してくれていた。


 イチゴ柄のパンツだった。


 もちろんわざと見たわけじゃない。

 

 気まずくなった俺は彼女の顔に向け視線を移動させる。


 逆光。肩越しまで伸びたサラサラの髪は暑い日差しに照らされて仄かに色づき、柔らかな風に揺れた。


 肌は透き通るように白く、二重ふたえのくりっとした大きな瞳にきりっと凛々し気な眉、そしてすらりと通った鼻筋。


 そこにはまるで絵に描いたような、呼吸を止めてしまうほどの美少女が存在していた。


 無理やり造語にするなら不幸中の僥倖といったところか、俺はぼんやりとすら目を合わせていられなくて、たまらず視線を下に戻す。するとまたイチゴ柄のパンツが視界に映りこむというコンボ。


「ちょっ、見ないでください。えっち!」


 今度は気づかれたらしい。


 彼女はそう言って両手でバッと太もも裏からスカートを押さえたものの、どうやら怒ってはいないようで。凛々しい眉を下げて嘆息した後、赤ら顔でもう一度俺にハンカチを差し出してくれる。

 

「もうっ……。はい、ハンカチ。血が出てますよ」


 だけど俺には彼女の厚意の理由がさっぱり分からなくて、そのハンカチを受け取れずにいた。


「どうして受け取らないんですか」


「だって……君がハンカチを渡してくれる理由が分からないから」


「理由って、血が出てるじゃないですか。ただの親切心ですよ」


「そっか……。でもやっぱ受け取れない。ありがたいんだけどさ、厚意だけもらっとくわ」


 借りたモノは返さないといけないし、血の付いたハンカチを洗わずに返すなんてことも出来っこない。そもそも二度と会う事は無いのだ。そう考えれば借りないほうがいいと判断するのが道理だろう。


 それにこんな可愛い子と、この奇妙で特別なタイミング以外に交わる理由が無いとも思った。


「あのっ、心配しないで。そうだっ、返さなくていいですから。このハンカチ、あなたにあげます。それならいいでしょ?」


 彼女はにこっと可愛らしく微笑むと、もう一度ハンカチを差し出してくれる。だけど俺は気にせず立ち去る事に決めた。


「だからいいってば」


 まるで威嚇するかのように敢えてぶっきら棒に言い放つ。


 そうまでしても俺は今どうしても独りでいたい気分だった。

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