5 アミスタド

 街には一週間ほど滞在した。

 黒いローブなんてものが売っているところなんて見当もつかないから、布を買って仕立て屋に頼まないといけなかったし、荷運び人も雇わないといけない。

 彼女への手紙にも書いたが、それでも、やはり、マウリシオの仕入れと運搬術には、尊敬の念しか抱くことができない。


 一週間、貪るように冷たいビールを飲み、森の中では食べることの出来ない牛肉や豚肉、鶏肉をむさぼりくらった。

 僕がチノと呼ばれるくらいだから、ここには中華料理屋がある。

 偉大なる中華はハポネスであってもやさしく油と脂で包み込み、癒やしてくれる。僕は気の済むまで米と炒め物を堪能する。今だけはマンジョカのことは忘れていたい。

 戻ったら、またマンジョカと川魚、野生獣の肉の日々なのだから。


 メモにあった品物すべてを揃え(高級ブランデーは探すのに苦労したさ)、メモになかった土産物を見繕うと、帰路についた。

 乗合バスの発着所、隣国の政情不安のせいか、どうも憲兵ヘンダルメたちの姿が目に付く。悪いことをしていなくても、彼らが気になってしまうのは、来たばかりの頃に彼らのうちの質の悪いのに絡まれたからだ。

 できることならば、彼らと一緒の空間にはいたくないが、発着所は避けることができないし、ここでの滞在は長くなるのも、また避けられない。

 早く行っても、客が集まるまで出発しない。

 かといって、ギリギリを狙うと乗れない。

 僕は今でもいい頃合いを見つけられないままで、それゆえ憲兵の姿に怯えているわけだ。

 ようやく出発して心は晴れるが、身体はこれからしんどくなる。

 定員という概念を無視したバスはのろのろと未舗装の道を走る。おしくらまんじゅうよりも密着した僕ら乗客から立ち上る汗は車内を蒸らす。

 湿度だけではなく、走行に関しても、なかなかしんどい。これは、街に向かうバスよりも街から戻るバスのほうがより大変。

 過積載だから、坂道なんて登ることはできない。

 そんなとき、僕らは降ろされて、てくてくと後ろを歩いていく。

 僕はタバコをふかしながら坂道を登る。

 バスで行ける最後の集落には船着き場がある。

 ここからは舟に乗り継ぐ。小さなモーターボート。今回はほぼチャーターだ。

 ありがたいことに僕は船酔いしない体質らしい。水しぶきをあびながら、景色を眺める。

 木々を縫うようにしてさす光、輝く水面。

 「エクストランヘロ、あんまり覗き込んでいると、ワニに食われるぜ」

 笑われるのもいつも通りだ。

 舟を降りると、あとは歩きだ。

 旅行のときに、散弾銃を携行するわけにもいかない。

 危険な生き物に出会わないように、祈りながら歩くだけだ。


 かつて住んでいた集落に立ち寄る。

 以前世話になっていたガブリエラ婆さんが、僕の手を取る。

 僕はチノ、ハポネスから、エクストランヘロ、エクストラーニョを経て、ようやく自分の名前を取り戻す。まぁ、それでも記録屋というあだ名で呼ばれることのほうが多い。

 ここで、荷物を運んできた男がごねた。

 「ブルホのところに行くとか聞いていない」

 フアンたちの悪名は遠くまで響き渡っているらしい。

 僕は怖がる荷運び役と肩を組み、「友よミ・アミーゴ」となれなれしく耳元でささやきながら、それなりの金を握らせる。

 「軟弱なハポネスが無事に行き来できるんだ。あんたみたいな本物の男にできないわけはない。それとも、なんだ……」

 僕は荷運び人夫のマチズモを利用し、なんとか荷物をフアンたちが住むバラックに運び込む。

 荷運び人夫が恐怖したのは本当だったのか、追加料金をせしめる演技だったのか。

 怖がりだしたときには、どちらであるかしきりに考えたものだが、今となっては、どちらでもあるということがわかっていた。

 「戻ったな」

 フアンが笑顔で顔を出したときにはすでに荷運び人は逃げるように去っていたからだ。

 僕はポケットからタバコの箱を取り出して、一本口にくわえる。

 右手でライターをさぐりながら、フアンに箱を差し出す。

 やつは二本取って、一本を野良着の胸ポケットにさし、もう一本を指で挟み込む。

 ライターの炎が二人のタバコに火をともし、煙が肺の中をめぐりでたところで、フアンは口を開く。

 「そろそろだな」

 僕はこの隙あらば僕から何かをかすめ取ろうとする男に友情を感じていた。

 彼も僕と同じ気持ちに違いない。

 何もかもそろった先進国からやってきて、彼らにわずかに残されたものすら掠め取ろうとする僕だけど、それでも、やつは歳近い僕にそれなりに友情を感じてくれていることだろう。

 色鮮やかな鳥、まだ名前を記録していない鳥が細く高い声をあげながら、巣に帰っていく。

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