第2話 鈍色の青春(後編)





『こちらCOYOTE‐1! レディ、忘れ物のお届けだぜ!』



無線につなげたスマホから聞こえてくるのは、こちらに向かって特機を運んできてくださるヘリからの通信。初めて聞く男性の声ですが、想像はつきます。コールサインはコヨーテ、となると……。私たちが使用しているあの特機建造所。あそこが解体された後に建設される予定だった施設、そこに特機の支援部隊として入る予定だった方々ですわね。


我が社だけでは怪獣退治が難しいと言うことで、国の部隊と連携していくことが決まっておりましたが……。そのあたりはじいやに一任していたので、もう到着していたとは知りませんでした。とにかく、ありがたい限りです。



「えぇ、ありがとう。けれど壊れ物の骨董品ですから、丁寧に降ろさないとチップはナシよ。」


『これは手厳しい! COYOTE‐1から各機へ! レディの機嫌を損ねるなよ!』



無線越しに聞こえる各機からの声。そしてそれを打ち消すかのように聞こえてくるのは……、プロペラの音。


そちらの方を見てみれば、私の相棒。60mの鉄の巨人、『金剛零型』が見えてまいりました。



(作業効率は落ちますが、即応できる状態にお願いしておいて正解でしたね。)



私がまつり様にお願いしたことは二点、金剛零型の修理と、即応体制を保つこと。


特機は巨大な鉄の巨人、一度に三機も破壊されるという前提で作られてはいません。壊れたから新しいのをすぐに用意するなど不可能なのです。故に各特機基地では、複数の特機を常駐させるのが常なのですが……。私、いえ現HBOが受け持つ地区には金剛一機しかありません。


皆様の生活が脅かされている時に『整備中だから動かせません』など口が裂けても言えるわけありませんもの。



(整備の見通しが着けば他地区の方に対応をお願いするように動いていますが……、今は怪獣退治だけに専念しすべきですわね。)



そうこうしている間に、特機輸送部隊が指定位置に到着。それまでワイヤーによって吊るされていた金剛零型が地響きと共に地上へと降り立ちます。ですがコヨーテの皆様の腕がいいのか、揺れは最小限といったところ。家屋立ち並ぶ市街地に、鉄の守護神が舞い降りました。


……あとは私が乗り込むだけです。



「コヨーテの皆さま、お疲れさまでした。後は私にお任せを。」


『レディ、サポートは要るかい? 支援兵装たんまり積んできてるぜ!』


「結構です。皆様には帰りもお願いするのですもの、リムジンを回してくださるわよね?」


『了解! ついでに最高級のシャンパンも冷やしておくぜ!』



ふふ、こういった軽口も良いものですわね。彼らのとの通信を切りながら、金剛へと走ります。問題はどうやって60mもの巨体を持つこの子に乗るか、ですが。確かまつり様がコックピット周りを先に整備してくださっていたのですよね。でしたらロープ型の昇降機の設置も……、あぁ、対応済みですわね。スマホ一つで操作可能。全く便利なものですわ。いつの間に私のスマホにアプリを入れたのかは疑問ですけど。



(そう言えばこの前スマホ触っていいかって言われて、GOサイン出した気がしますわね。疲労で死んでて適当に返事した記憶があります。)



そんなことを思い出しながら、片足と片腕で固定するロープ型の昇降機へと乗り込み、操縦席へと向かいます。手元に設置されていた上への矢印を押せば、かなりの速度で巻き上げられていく私。数秒も経たぬうちに、目的の高さに到着します。後はこのスロープを下りれば、到着です。



「さて、最新型に変えたと聞いておりましたが……。おぉ、薄型になってますわ。椅子も良い奴。」



画面の上を飛び越えながら、操縦席へ。以前の革製の古いモノから、肌触りのいい合成皮革のモノへ。こまごまとしたところも最新式に変わっていますし、何よりメインカメラの情報が表示されるディスプレイ。ブラウン管の白黒から薄型液晶のカラーになってます。ふふ、テンション上がりますわねこれは!


そんなことを考えながら、起動準備を進めていく。


基礎電力十分、各種システムオールグリーン。機体チャック、両腕部及び両脚部イエロー。タービンエンジンからの応答に少しラグあり。シェル展開開始。充足70、90、100。パイロット防護機能展開完了。



(万全の状態で戦えるわけではなさそうですが……、仕方ありません。)



「金剛零型、起動ッ!」



ひじ掛けと一体化しているれレバーを全力で引いた瞬間、タービンに火が入る。本来の蒸気タービンを超越したこの子の心臓は、心地よい振動と共に、より回転数を上げて行く。



『お嬢様。』


「あぁ、じいや。こちら金剛零型、出力現在8%。これなら移動時間で十分出力を上げ切れるわ。指示を。」



視界の右側、そちらに表示されたじいやの顔に少々驚きながらも報告を行い、指示を求めようとしたところ。その表示された画面が分割され、知らない女性の顔が映し出されます。背景的に……、じいやと同じ場所にいるようですね。



『横から失礼します、初めまして葵様。管制の渡部です、本日からサポートさせていただくことになりました。以後お見知りおきを。』


「渡部さま、ですね。こちらこそよろしく。こんな時ではなければお茶でも一緒に頂きたかったのですがね。」


『では状況終了後にお誘いしますね。』



おそらく本職の方なのでしょう、軽く私に微笑みながら幾つかの情報をこちらに転送してくださります。画面に表示されていくのは、この地区に出現した怪獣の姿。そして近隣の地図と、怪獣の進行方向。



『前回の第8世代怪獣と同様、金属部位を持つことから今回の怪獣も同世代だと推測されます。接敵位置をマップにマークしました。そのまま前進してください。』


「了かッ!!!!!」



レッドアラーム。


その瞬間。特機の警戒音が鳴り響き、ほぼ無意識で横へと全力で飛ぶ。そしてその直後私がいた場所を通り過ぎるのは……、真っ赤に光る線。熱戦だ。この子の装甲をもってしても、防ぎきれるかは怪しいもの。


ッ! 無理矢理回避したせいで皆様のお家を、下敷きにしてしまったではありませんか! 許しません!



「距離を詰めますッ!」



精神を戦闘のモノへと切り替えながら、そう叫ぶ。


いつの間にか私たちの前に現れた怪獣。おそらく口部から熱線を吐き出したのだろう、口を大きく開けたまま、こちらに向けている。


胴体が丸く膨らんだ爬虫類型の怪獣。脚部はその全身を支えるためしっかりしているようだが、腕部はオマケ程度。肉弾戦は不得意なように思える。そして何より目を引くのは、胴体。腹に鉄球でも仕込んでいるのか、酷く綺麗な丸をしており、所々の肉が剥がれ、その下の金属部分が見て取れる。……現状での胴体への攻撃は効力があるか少々不安アリ、と言ったところだろう。



(とにかく、遠距離攻撃持ち相手には“近づく”のが鉄則。)



まだ上がり切っていない出力のすべてを一時的に下半身に集中させ、腰を低く保ちながら、距離を詰める。案の定二発目の熱戦を放射してきたが、前方斜めに飛ぶことでそれを回避。射線上に避難区域が入らないように立ち回らないといけない。



「ッ! 連射できるんですわね!」



回避のために飛んだ着地点、それに向けて口を向ける怪獣。そしてその喉奥には赤い光が奥からせり出されようとしている。このままでは着地と同時に直撃してしまう。まだ出力が上がり切っていない不完全なこの子では、回避することはできない。


即座に方針を転換。廃熱システムを起動し、背の機構から貯まった蒸気を一斉に放出。無理矢理進路を変更し。着地装填地点よりも早くこの身を地面へと叩きつける。



「ッ! まだ!」



余計なダメージを与えてしまったせいか、ボディの異常を教えるアラームが煩いが、無視して即座に立ち会がる。


無理矢理全身を地面へと叩きつけてしまったのだ。市街地ゆえに家屋をすでに幾つか破壊してしまっている。……けれどこれはもう許容するしかない。大を助けるために小を捨てるなど唾棄すべき考え方だが、人命にはすべてに勝る。避難区域だけは狙わせないようにしなければならない。


そして同様に、眼前のトカゲが沈黙するまで特機へのダメージも最低限に抑えなければならない。私の着地地点であった場所にサブカメラを向けてみれば、放たれた熱線はアスファルトを吹き飛ばしその周囲に会った建造物を全て吹き飛ばし、そのすべてを溶かしつくしてしまっている。


高威力であること以上の情報がなく、この子が直撃して無事かどうかわからない以上、避ける以外の選択肢はない。


更に、近づく。



(4発目、を撃たれる前にッ!!!)



全力で地面を蹴り、敵の真下へ。潜り込みながら下半身に回していた動力をそのまま上半身、腕部に集中させる。


狙うのは熱線の放出源であるその口、熱源が集中し発射前の状況に入ったその顎をッ!


全力で、打ち上げるッ!



「GYUEE」


(嗤っ、ッ!)



拳をぶち抜こうとした瞬間。トカゲの眼がこちらを嘲笑い……、顎が合ったはずの皮膚が、縦に開かれる。本来露出するはずのない、喉の奥にある怪獣の体内。そしてそこに光るのは、先ほどまでと同じ熱線と同じ色。


金剛の右腕に向かって、放たれる。


回避は不能。動力はすでに腕に送ってしまっている。フルパワーならまだしも、エンジンが完全に温まり切っていない今、避けることは不可能だ。



「ッ! ならッ!!!」



熱線が放たれようとした瞬間、全力でもう片方の腕。左腕をその胴体に向けて押し付ける。熱は放出されたのと、押し込んだのはほぼ同時。けれど……。


一瞬だけ右腕に当たり、即座に天に向かって吸い込まれていく赤い熱線。



(ッ! 右拳部の反応が消えた! 残ってはいるけど、固められた……ッ!)



右腕と繋がっていたはずのアラームが音を出した後、消し飛ぶ。


該当部分のセンサー類が全滅しており、まだかろうじて生き残っていたサブカメラに映し出されるのは、真っ赤に赤熱しながら溶けて形を失ってしまった私の拳。かろうじてその原型は残っているのだが、殴りぬくために固めていたのが仇になったのだろう。握りこぶしのまま、固められてしまった。


……ケドまぁ、腕を持って行かれていないのならば! まだ殴れるッ!



「お返し、ですわッ!」



溶けてしまった腕を、未だよろけている怪獣の頭に敢えて叩きつけながら、その肉体を焼く。そして残った左手でもう一度胴体を殴る。


だが、やはり熱線を放てる怪獣だけあって、熱への耐性も高いのだろう。溶けた熱程度では顔色一つ変えられなかった。ボディに放った左拳も敵の肉体に金属が使われているせいか、より強く姿勢を崩しただけで大したダメージにはつながらない。



(現在出力……、22%。最大出力ならまだしも、時間が足りない!)



万全の状態で最大出力まで叩き上げた拳をぶち込むことが出来れば、怪獣の肉と内部の金属によって保護された存在も破壊することは出来るだろう。けれどタービン自体の調子が悪いのか、前回の戦いのときよりも上昇率が悪い。無理矢理叩き上げることも不可能ではないが……、失敗すればすべてが終わる。


ここでこの子が戦闘能力を失うと言うことは、この場所が火の海になることを示している。他地区からの救援が来る前に。こいつが町を破壊しつくしてしまうだろう。


この体が壊れてしまってもいい、けれど確実にこの怪獣だけは、排除する!



「つまり、持久戦! ……やってやりましょうとも! 全廃熱システム全力稼働ッ!」



姿勢を立て直そうとしている怪獣に向けて距離を詰め、まだ生き残っている左手で相手の首根っこを掴み、こちらに向けさせる。脚部を地面に固定させるため一時機能を落し、そのままに。そして未だ熱を逃がし切れていない私の右腕は、奴の腹へ。


ここは市街地。これ以上、余計な攻撃をさせるわけにはいきません。


放つ熱線、そのすべてを受け止めて見せましょう。なに、この子のエンジンの出力は2000万馬力。そこから発せられる熱を御しきるために、廃熱システムも優秀なはずです。



「お前の熱戦が私の廃熱システムを上回るか! 私のエンジンが万全となりお前の腹をぶち抜くか! 勝負と参りましょうかッ!!!」


「GYUREEEEE!!!!!」



そう声を上げながら、熱線を一番装甲の厚い胸部に向かって放射し始める眼前のトカゲ。一瞬で露出していたセンサー類が吹き飛んでしまったようですが……、廃熱システムへの異常はなし。ただ連続して同じ位置を狙われると不味い。適宜場所を変えるか、無理矢理上空に向けて撃たせるかの二択。


左手の操作に神経を使いながら、同時に右腕はただひたすらに腹部に向かって拳を振り続ける。



(わざわざ球体のデカいものを腹部に入れているのです! 破壊さえできれば、熱線も使用できなくなるはず!)



「現在出力31%……、ふふ、分の悪い賭けになってきましたわね……!」








 ◇◆◇◆◇







「おいアレ、不味いんじゃ……。」



誰が零してしまった言葉かは解りません。けれど同じ技術者である私も、そして私よりももっと経験を積んで、あの子と同じ第一世代の特機に詳しいお爺ちゃんも、理解できてしまいます。


あの子は、全力を出せていない。


いえ、前回の戦いと、経年劣化により、全力を出せない。



「まつりっ!」


「はいッ!」



お爺ちゃんの声によって弾かれたように動きだしたこの体。


即座に持って来ていたカバンから図面と写真。そして持ち込めただけの資料を取り出し、床に広げます。私とお爺ちゃんで徹夜で書き上げた、あの子の図面。長い月日の間に消失してしまったのか、それとも盗難を恐れ処分してしまったのかは解りません。けれどあの子の体を紙に落とし込んだものが存在しないことは、確かでした。



(お爺ちゃんの友達たちに見せるために急いで作っておいて本当に良かった……!)



私達エンジニアの仕事は、特機を整備し最善の状態に保つだけじゃありません。特機が戦闘中に何らかのアクシデントに負われた際、それを何とかする必要があります。それが前線に立っている人たちにとって即座に修理が可能なものかは解りませんが、注意しながら行動することで継続戦闘能力を伸ばすことが可能です。


けれど今の私達には、あの子に対する情報が全く足りていません。


お嬢様に指示を出そうにも、あの子には理解できない場所が多すぎます。エンジンがその最たるものですが、その中も外も、解らないことだらけ。あの子を構成するすべての技術が、私達よりも何年も、何十年も先に行っているのです。



(けど、それが何もしない理由にはならないッ!)



「森山! 装甲の耐久値の計算頼む! 廃熱周りは矢田部! やっこさんの熱線、おそらくだが10万度超えてやがる! 何発耐えられて完全冷却まで何秒なのか出してくれ!」


「……だ、だが。」

「今さら……。」



当時の担当者だったのだと思います、お爺ちゃんが声を張り上げ、昔の仲間たちに声を上げました。……けれど帰って来たのは、小さな否定の声。ここで今足掻こうとも、何もできないのではないか。間に合わないのではないか。そういう、諦めに近い様な声でした。


正直、専門外と言え、私だってあの装甲が何であの熱戦を複数回耐えれているのか、廃熱システムがなぜあの段階で作動しているのか、解りません。でも、技術者である私たちは、そんな特機にお嬢様を乗せて、戦わせてるんです。足掻かなきゃ、やらなきゃ、何にもならないんじゃないですか。


お爺ちゃんと私、おそらく同時に声を上げようとした瞬間……。



森山さんの体が、吹き飛びます。



「女々しいこと言ってんじゃねぇぞ森山ァ!!!」



強く目を光らせた滝さん、さっきお爺ちゃんの言葉に反論し。ずっと金剛零型を、お嬢様をじっと見ていた滝さんが、森山さんを殴り飛ばしてしましました。そしてその酷くギラついた瞳を、こちらに。



「大宙! タービン周りの資料渡せ!」


「……滝っ! やってくれるか!」


「あぁ、悪いな! 目ぇ覚めたわ! あんな肝が据わった戦い方されれば、やらないわけにはいかねぇよなァ!」







 ◇◆◇◆◇






「GYUREEEEE!!!!!」


「ッチ! 熱がこっちまで来てますわね。」


『お嬢様! 脱出を!』


「もう無理ですわじいや、ハッチももうドロドロですもの。それに、この私が逃げるとでも?」



まだコックピットなどの内部周りが溶けてしまったわけではありませんが、外殻の前面装甲の大半は熱による浸食を受けています。廃熱システムが全力で冷やしてくれていますが、奴の攻撃頻度には勝てず、一部完全に機能不全になってしまった部位もあるようです。


無論正面ハッチも同様。脱出など不可能でしょうね。



(ふふ、何と豪華な棺桶でしょうか。)



ま、そもそも逃げるつもりも、ここで死ぬつもりもありません。たとえここで息絶えようとも、最後まで全力で勝ち筋を探し続け、勝利に向かって走り続ける。それが皆さまの安全を守る最適なルート。“西崎”の人間として自身の命など歩みを止める理由にはなりませんわ!



(けれど、厳しいのも事実。)



全身を包み込むこの身を焼き焦がす様な強烈な熱、けれど思考は常に冷静に。


再度防御に使いまた赤熱化してしまった右腕で敵の腹部を殴りつけ、同時にまだ指の生きている左手で奴の熱線の発射角を無理矢理上に。空に放たれた熱線を見送りながら肺に残った息を全て吐き出し、思考を整える。


視線を何とかまだ残っている画面に映すと、現在出力は46%。明らかにタービンに何か異常が発生しているようで、上昇率が遅い。前回起動時の上昇率であれは、7割程度を保持していてもおかしくない。これまでで絶えず敵腹部を殴り続けていたが、多少凹んだ程度。



(前回のように頭部を殴り飛ばそうにも、出力が足りない上に、熱が効かない。)



完全状態、いや8割程度あれば確実に腹部の下にある鉄球。おそらく熱線の元になっている機関を破壊し、頭部すら殴り飛ばすことが出来るはずだ。けれど出力が上がらない以上、耐えるしかない。けれどもう装甲の限界が近い、どうすれば……。



『お嬢様ッ!』


「その声は……、まつり様?」



既に熱でおかしくなってしまい、映らなくなってしまった画面から聞こえるのは、我が社に所属してくださっている、エンジニアの声。彼女の周りには、おそらくあの場に集まってくれていたのであろう技術者の方々の怒号が聞こえている。



『はいまつりです! お嬢様! 10秒も持つか解りません! けれど最大出力まで持って行く方法が解りました! 今からサポート入ります! いいですか!?』


「ふふっ! えぇもちろん! けれどあと数秒頂けるかしら!!!」



おそらく一番聞きたかったであろう言葉。何をなさるのかは解りません、けれどやることは解ります。こちらに向かって熱線を放とうとした眼前の怪獣に向かい、右手を振りぬきます。



「GYUUUUU!!!!!」



えぇ、今私の左手はフリーです。そんなあなたであれば、熱線をもって右手の迎撃を為そうとするでしょう。だからこそ……、真っ向から打ち抜くッ!



(廃熱システム一点集中! すべてを右腕に……、もってけッ!!!)



一瞬だけ拮抗する私の右腕と、真っ赤な一本の光線。けれどそれを無理矢理押し抜き……、その発射口である頭部を丸ごと、殴り飛ばす。これでもう右腕は使い物にならなくなるだろう。けれどそれでいい。右腕を代償に、思いっきり後方へと吹き飛ばされるトカゲ。その直後、私の耳に入ってくるのは強く鼓膜を震わす、プロペラの音。


まだ生き残っている画面に背面カメラの映像を映し出せば……、先ほど金剛零型をここまで連れてきてくださった16機のへりたちが。通信が、飛んできます。



『こちらCOYOTE‐1! 悪いなレディ! リムジンは品切れみたいでよ! 代わりに冷却材! 持てるだけ盛って来たぜ!』


『こちらでそちらの照準システムとリンクさせます! 該当部位に目いっぱい打ち込んでください! 滝さん! 森山さん!』


『あぁ! それで一瞬だけだが完全稼働まで持って行けるはずだ!』


『廃熱システムを全てタービンに回してください! 冷却材と合わせて10.2秒! それが限界です!』



立て続けに聞こえてくる、声たち。直撃すればヘリなど一瞬で消し飛ばされてしまいそうな場所にわざわざ飛んできてくださったコヨーテの皆さん。この土壇場で活路を見つけてくださったまつり様達。……最大限の感謝を、そしてこの恩は、成果をもって返しましょう!



「十分ッ! お願いしますッ!」


『了解ッ! 全機ありったけぶち込め!!!』



COYOTE‐1からの声、そして程同時に一斉に放たれる冷却材を積んだミサイルたち。寸分たがわずこの子に命中させたソレは、一瞬だけこの子が纏っていた熱を、緩めてくれる。これなら……!



(全廃熱システムをタービン周りに集中させ……、無理矢理、最大出力へッ!)



すべてが、動き出す。


常に鳴り響いていたタービンの振動が、音は、熱が、一気に爆発する。……ぁは! あはは! これが! これが最大出力か! あなたの全力! 2000万馬力!


さぁ参りましょう金剛零型! 有史以来! 最高の10秒に致しましょう!!!



「はぁぁぁあああああ!!!!!」



ようやく姿勢を立て直したトカゲに向かい、先ほどよりも何倍も速くなったこの子で、踏み込む。そして狙うのはもちろん、その腹部。今のこの子なら、ブチ抜けるッ!


残った左手を強く握りしめ、叩き、込むッ!



「GYUReeeEEEEE!!!!!」



拮抗せず、そのまま肉を弾け飛ばし、内部の鉄球まで貫く私の拳。そしてようやく聞こえた、トカゲの悲鳴。瞬間湧き出てくる、熱の奔流。すでに右腕は使えなくなってしまっている。これ以上攻撃手段を持って行かれるのは不味い。即座に手を引き抜くと、一斉に溢れてくる、マグマの様な液体たち。とてつもない熱を持ったそれは、地面に落ちた瞬間、地面を消し飛ばしていく。



『お嬢様! 敵怪獣の体内温度が急激に!』


「解って、るッ!」



おそらくだが、大気に触れることでその威力を向上させる液体だったのだろう。つまりそれが詰まった鉄球に穴を開けたと言うことは、爆弾の安全ピンを抜いたに等しい。


えぇならば! より速攻で決めて差し上げるのみ!


引き抜いた左腕と入れ替えるように、すでに壊れてしまった右腕を、無理やり振るうことで遠心力を生み出す!



「出力を下半身に! 何も知らぬトカゲ風情に教えて差し上げましょうッ!」



数百トンを優に超えるこの特機を支える両足の強さ! 出力! 人と同様に、拳よりも!



「蹴りの方が強いのだとッ!」



右腕で生み出した遠心力を元に、下半身に回した出力で、飛ぶ。回転しながら放つのはこの子の踵。後ろ廻し蹴りだ。


寸分たがわず放たれたソレは、確実に敵頭部に命中し、首から上を根こそぎ持って行く。



「そしてッ!」



回転をそのままに、地面に着地した瞬間、怪獣の股下に足を入れ、蹴り上げることでその巨体を持ち上げる。地上で爆発させてしまえば、とてつもない被害を及ぼしてしまうだろう。だからこそ上空に無理矢理飛ばすことで、限界まで被害を抑える。




「飛ん、でけぇぇぇえええええ!!!!!」




その日、季節外れの真っ赤な花火が、私たちの空を照らした。







 ◇◆◇◆◇






「オーライ! オーライ!」

「おーい! パワーアシストまだ残ってるかー!」

「装甲版テストやるぞ! 手空いてる奴こい!」



「お、おかぁ。おか。おかぁ……。」


「お、お嬢様!? 大丈夫ですか!!!」



あ、ご、ごめんなさいねまつり様。ちょっとお金のことを考えてしまいましてね?


先の戦い。無事人的被害0で納めることができ、怪獣も撃滅することが出来ました。まぁ最期の仕上げが打ち上げて爆散と少々野蛮になってしまったのは心苦しい限りですし、私もその爆心地の真下に居ました。そもそも熱がコックピットまで浸食していたので、それ相応の怪我を負ったのですが……。ソレは、それは良いのです。ほっときゃ治りますし。


問題だったのは、その撃破方法。


幾ら空中で怪獣を爆散させることが出来たとしても、そのすべてが完全に焼失し吹き飛んだ、ということではありません。もちろん残骸も飛んでしまいましたし、あの謎の真っ赤なマグマの様な液体もそれ相応に飛び散りました。


そ、その破片とかの除去&除染作業費とか、色々。ヤバくてですね。



「ほ、保険屋の方々には感謝されましたが、清掃業者の方々には死んだ目で見られましたわ。ほぼ全域作業だったみたいですし……。しかも費用はこちら持ち。幾ら怪獣退治の補助金が入るとはいえ……。」


「今回の処理が適切だったかの査定もですが、そもそも第8世代の対処に行政が追いついてないですもんね……。」


「ほ、補助金が入ってくるまで自腹……。う、うふふ。初めて借金しましたわ。特機の修理費用もありますし……。貴族が、借金。バレたらやべぇですわ。うふふふ……。」



いやまぁ言い方を変えれば“投資”を受けただけですし、如何様もごまかしは効くんですけどね?


60mの巨大ロボをオーバーホールして修理するのです。しかも先の戦いで右腕はほぼ使い物にならず、左もかなり不味い状況。さらに敵の熱線を無理矢理装甲で受けたせいか、前面の装甲版は全て取り換えです。他にも色々あるようで、正直上げ始めればキリがありません。


まぁそれ相応に費用が掛かるわけで……。私、初めての借金なのに。11桁もお借りしてしまいましたわ。もう、もう精神がヤバいですわ。大学生のころ一般の方々の生活に合わせた金銭感覚を得てしまったせいで、余計に辛いですわ。こんなことなら大人しく貴族の大学進んで置けばよかったですわ! ……あ、でも! 貴族の感覚でも数百億は大金過ぎてやべぇですわ!!!



「お嬢!」


「あ、滝様。先日のタービンの件はまことに……。」


「いいってことよ! むしろこっちが謝りてぇぐらいだ! んで相談なんだが、ちと静翼列の方に罅を見つけちまった! ちと修理するから資材の追加頼みてぇんだが、いいか?」


「え、えぇもちろんですわ。ちなみに、幾らくらい……」


「大体……、これぐらいだな。」



え、えっと? ひーふーみー……。あ、普通に10桁。え、えぇもちろんすぐに発注しますわ! あ、あとまつり様? 申し訳ないのですが、近場の薬局で胃薬貰ってきてくれないかしら? えぇ、もちろん一番安いのでいいですわ……。


お、お兄様! 葵には! 葵にはこんな巨額の取引無理です! 資金持ち脱げ下の許しますから! 早く帰ってきてくださいましー!!!




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