第2話 鈍色の青春(前編)
HBO特機建造所近くの民家、『大宙』と書かれた標識が掛けられたその家の一室から、何度目か解らないピピピ、という電子音が響く。その部屋の主である女性は少し唸りながらも手を振り回し、目覚ましのボタンをタッチ。眠気眼をこすりながら時間を確認すれば……。明らかに遅刻の時間。
「あ~~~ッ!!!」
急いで布団を蹴り飛ばし、そのまま階下へ。
彼女の名は“大宙まつり”。先日現れた新世代の怪獣の撃破に携わった一人であり、唯一HBOに残ったエンジニアでもあった。お嬢様こと西崎葵の兄から転職先について幾つかの提示がされていたのだが、自分のしたいことはHBOで働くことだったという思いからそのすべてを辞退。
自身の技術者としての生をHBOの解体と共に終わらせるつもりだったようだが……。
「おばあちゃーん! なんて起こしてくれなかったのー!」
「んん? ふーぼ様は潰れちゃったんじゃなかったのかい? あ、朝ごはん出来てるよ。」
「お嬢様が帰って来たから復活したの! 理由はなんでかわかんないけど……、いただきますッ!」
ゆっくりとお茶を啜る彼女の祖母に、新聞を眺めながらTVの音声を聞く祖父。そんな二人に挨拶をしながら、急いで朝食を食べ始めるまつり。今日も今日とてあの特機、第一世代『金剛零型』の整備をしなくてはならない。焼き魚や卵焼きを白米でかき込みながら、彼女の脳内では今日の予定が高速で組み立てられていった。
「婆さん、ニュース。」
「え? あぁ~、この方が今の西崎様なのね。お若いのに大変ねぇ。」
そう言いながら彼女の祖母が眺めるTVの向こう側では、白と黒のドレスで着飾ったお嬢様。西崎葵が記者会見を開いている様子が流れていた。
内容としては、彼女の兄である先代が解体したHBOをもう一度彼女が立て直すことになった、というもの。すでにほぼすべての事業を手放してしまっている故に残っているものは少ないがまた一から始めていくのだ、という言葉が彼女によって紡がれている。
(やっぱり。お嬢様はすごいなぁ。)
誰の耳にも届くような透き通る声に、強い意思を乗せて話すお嬢様。多くの人に囲まれているというのに全く動じずに淡々と話す様子に、幼いころ同様つい見惚れてしまうまつり。
技術者である祖父に憧れ自分も同じ道、そして同じ企業に勤め始めたまつりには特機のことは解っても、企業や貴族世界、そしてそれと密接にかかわる政治に関して全く知識がない。けれど愚痴をこぼしながらも確実に足を進めているお嬢様の様子に、惹かれているのは確かだった。
「んっんっんっ! ぷはっ! ご馳走さまお婆ちゃん! んじゃ行って来る!」
「もうたべたの、早いねぇ。あ、歯磨きはちゃんとしなさいよ。」
「はーい!」
「……ちょっと待てまつり。」
食器を持ちシンクに急いで持って行きながら返事をするまつりに、彼女の祖父が声をかける。家庭では必要以上に口を開かない昔気質の職人の様な男。けれどそんなところに憧れた大好きな祖父に、ひょいっと顔を向けるまつり。
「どうしたのお爺ちゃん?」
「車出してやる、昨日俺の本幾つか借りてただろ。それ乗せてけ。」
「いいの! ありがとう!」
大宙まつりは、第三世代以降の技術者。つまり“核分裂炉”や“核融合炉”を特機の動力として使うことを想定した時代の人間だ。第一世代という蒸気タービンを利用した特機など見たことはあっても、その内実を詳しく理解することは難しかった。確かに『特機金剛』は今に続く特機の源流であるため、何とかなる部分はあったのだが……、限界はある。
そのためすでに引退してしまったが、第一・第二世代の技術者であった祖父を頼り、幾つか資料を見せてもらっていたのである。まぁその調べものに熱中してしまったため寝坊したようだが……。
「構わねぇよ。解ったならさっさと準備してきな。婆さん、車出してくる。」
◇◆◇◆◇
「ぁ~、つっかれましたわァ……。」
思わず声を上げながら、あの場所に足を踏み入れる。
古びたエレベーターの先にいる、“あの子”が眠る場所。備え付けられた手摺にもたれかかりながら、彼の顔を眺める。ずっと整備してもらっていたのでしょう、剥がされた厚い鉄板の向こうには私には理解できない多数の配管の様なものが見えます。
……先日の戦闘で、私は三名もの勇士を死なせてしまいました。あの第五世代“トヌ”に乗っていた搭乗者の方々です。私が恐慌せず即座にこの子の元まで走り、あの怪獣と叩き潰していれば被害など出なかったはず。この子は人を守るために生み出されたのです、あの時できる最善を尽くしたとは言え、犠牲は許容すべきではありません。
貴方を作り出したひいお爺様、そして貴方の誇り高い名に恥じぬよう、精進していかなければなりませんわ。
「今後どうなるかは解らないけれど……、また一緒に戦っていただける?」
「……。」
「ふふ、貴方にそんな機能なかったわね。ごめんなさい。」
『金剛零型』から声が聞こえてくることはない。けれど、この子を見ているとどこか暖かい気持ちになれるのも事実。この子に不思議な力があるのか、それとも一族の誇りがそうさせているのか。……いえ、解らなくてもいい話ですかね。私は私のすべきことをいたしましょう。
(さて、大宙様は……。)
少し見渡してみると、金剛零型の開かれた胸部の隙間からスポンと人が飛び出てきます。我が社の作業服にキャップ、この子の整備を引き受けてくださった大宙まつり様ですわね。自分の知らない未知の特機を触るのが楽しくて仕方ないのでしょう、目をとんでもなく光らせていますわね。
「お、お嬢様! おかえりなさいです! 今行きますー!」
「作業中でしたのね。お気になさらず、ですわ。」
あの日から数日後。
アニメやゲームの世界であれば怪獣を倒して万々歳、みんな笑顔でおしまい、となるものですが……。やはり現実世界だと違うようで。
むしろ後始末の方が大変というありさまでした。
怪獣の処理や、特機の所在に関してや、急に舞い込んできたHBO再建の話や……。本当に、本当に大変でした。おかげさまであの日から碌に寝れてませんし、この体を締め付けるきっついドレス着たままマスゴミ。おっと失礼? マスコミの対応をせねばなりませんでしたもの。
わたくしが貴族でなければ泡吹いてぶっ倒れていましたわ。
「おぉ~! すっごい綺麗ですねそのドレス! 朝のニュース見ましたけど、それとは違う奴ですか!?」
「貴族ですから、同じものを着まわせば男爵位といえど笑われますわ。まぁその分出費がほんとに痛いですが……。とにかくありがとう、大宙さま。あと、悪いんですけどちょっと後ろのファスナー緩めてくださる? ちょっとキツイので。」
「あ、はい! ちょっと手を洗って来るのでお待ちを!」
綺麗なものを見るのも好きなのでしょうか、特機を触っていた時とは違う顔を浮かべながら、手に付着した油を洗い落とすために走っていく彼女。
にしても、綺麗なドレス、ですか。
同性の方にそう言っていただけると一安心ですわね。貴族たるもの見た目には細心の注意を払わねはなりませんから。ちょっとミスれば貴族全体の品位を落したということで袋叩きですもの。何かあったときは助けてくださる方も多いですが、手を差し伸べる対象はそういったルールを守れる方だけですからね……。
「洗ってきました! えっと、ここ……。ですか?」
「えぇ。ありがとう。……ふぅ、ようやくゆっくりできそうですわ。」
「私メカニックなので全然解らなかったんですけど……。滅茶苦茶大変そうでしたよね。テレビでも連日やってましたし。」
「ほんと、厄介ごとが重なりましたわ。」
前半に2つ、後半に2つの計4つ。どれも大事で、本当に良く乗り切れたものです……。
まず最初に来た厄介ごとは、怪獣についてのこと。
私が倒したあのドリルモグラの怪獣ですが、やはり新型だったようで“第8世代”という区分で考えることになりました。まぁこれまでの“第7世代”怪獣は、まだ生物の範疇に収まっていましたからね。腕が特機のように機械になっている存在など初めてです。
おかげさまで国もお役所も大騒ぎ。何せ“新型”ですから思いつく限りの対応すべてを行わなければなりません。過去によく問題になっていた『怪獣の死骸に残った放射線』や、『死骸の腐敗により発生した未知のガス』など、上げ始めれば事欠きませんもの。
(思いつく限りの対策を施しながら死体を処理、そして今後のために研究せねばならないのです。それはもう官民合わせて大騒ぎ、という奴ですわ。)
私が倒してから数時間後には、怪獣研究を為されている学者さまや処理を専門に行っていらっしゃる業者の方々。また国の機関の方々が飛んできてもう大変。除染処理というのですか? この周辺の土地だけでなく、付近にいた私たち人間もそれを受ける必要がありましたし、騒ぎを聞きつけたマスコミや野次馬の方々が被害を受けないように追い返す必要もありました。
第五世代の“トヌ”は三機もやられてしまいましたし、その後片付けや亡くなった方の処理も行わなければなりません。どこも人手不足でしたので、私たちも作業に駆り出された、という感じですわね。マスコミの対処もその一つでした。
「危ないって言ってるのに入り込んじゃう人とかいましたもんね。」
「それがお仕事なのは解りますが、もう少し節度を持っていただきたいものですわ、本当に。」
そしてそんな怪獣の処理に向けて現場が動き出せば、次は“特機”の問題が浮上してきます。
私が乗っていた特機『金剛零型』。
過去の記録を遡ると1949年に一応特機として申請し、国から受理されていた存在だったのですが……。まぁそんなお古が最新の怪獣に勝つなどありえないことです。さらに、そもそも我らがHBOのすべては兄が勝手にそのすべてをお国に売却していたはずなのですが、『金剛零型』のことを知らなかったのか、もしくは伝え忘れていたようで……。
(まぁ、はい。責任問題に発展しました。)
とりあえず緊急時でしたし、私も特機の運用に必要な免許などは“西崎”でしたから持っています。そのためそのあたりのお咎めはなし。
けれど新型怪獣に対応できるほどの特機を隠し持ち、それを売却時に申請してなかったとなると話は別です。そのほかにもいくつか、『金剛零型』関連で過去は大丈夫だったけど今は違法になっていることをやらかしてしまっていたみたいで……。お役人様に泣きたくなるくらいに詰められました。
(マージで法律意味わかりませんわ、何とか謝って色々申請とかさして頂きましたけど……。)
じいやの伝手で以前HBOの顧問弁護士をされていた方をお呼びし、なんかいい感じにしていただいた結果。
『金剛零型』はHBOの所有物ではなく、“西崎”という貴族が所有してきた資産であるため今回の取引の範囲外であるため問題なし、という着地させることに相成りました。
もちろんこれではお役所さまも納得できないので、またじいやに頼み父の知人であった“先の総理”の元に赴き、ちょっとした交渉を行いまして……、無理矢理申請を受理していただいた形になりますね。
(金剛零型のテクノロジーなどを今後国に無償で提供することを条件に、ですが。あまりこういった“裏取引”みたいなものは好まないのですが、最悪莫大な違約金orブタ箱行きになってましたのでマジでご容赦を……。)
私自身がどうなっても構いませんし、あの『金剛零型』も然るべき扱いを受けるのならば文句はありません。
けれどそれをしてしまうと、大量の負債&お縄案件が私に降りかかってしまいまして……。西崎の名に泥という泥を塗りたくることになってしまいます。しかも我が家は男爵という位以上に著名度のある家、我が家が何かしらの粗相をしてしまうということは、貴族全体への批判にもつながりかねません。
ここまでくれば私だけの問題ではありません。少々道理に反してしまいますが、先ほど述べたような形で処理することとなりました。
「しかしまぁこれで怪獣と特機、厄介な案件を二つも終わらせることが出来ました。故にようやくゆっくりできると考えていたのですが……、これがまだ序の口だとは思ってもみませんでしたわね。」
「あ、あはは……。ちょ、ちょっと何か飲み物取ってきますねお嬢様。」
「ありがとう大宙さま。」
この二つが何とか収まり、ようやくゆっくり出来るかと思った瞬間。
私に飛んできたのは先ほどお世話になったおじ様こと、“先の総理”からのお電話。
『あ、おじ様! この度は大変お世話になりました……!』
『いやいや、気にしないでくれたまえ。在任中は君のお父様に大分助けてもらったからね、そのお返しというものさ。それで、今大変なのだろう? HBOもお兄さんが売ってしまったと聞いたし。』
『えぇ、まぁ……。ですが兄も何か考えがあってのことだと思いますので。』
『そうかい? それでそのHBOの件だけどね。葵ちゃんが所有することになった『特機』。アレを整備するにもテクノロジーを解析するのにも、場所と設備がいるだろう? なので私が手を回してHBOの一部を君に返すことになった。』
『……はえ?』
『というわけで、頑張ってくれたまえ。』
その言葉を最後に、切られてしまうお電話。
えー、はい。なんかよくわからないけどHBOが帰ってきましたわ。
というわけで第三の厄介ごと、“会社”ですわ。
「マジで何も解りませんわ……。」
兄が無駄に優秀だったせいか、これまで働いてくださっていた方の全員がすでに転職し、新天地にて新しいお仕事を始めていらっしゃいます。そして各種事業も子会社やこれまでお世話になっていた企業様に販売していたりと、まぁマジで何も残っていません。
“おじ様”によって私の元に戻って来たのは、今いるこの特機建造所と、HBOという名前のみです。つまり人もいなけりゃ食い扶持を稼ぐ事業もないというありさま。いや一応怪獣退治を成したのでそれ相応の補助金とかは入ってくるのですが、それでもまだ足りません。
(大宙さまは『HBOとHBOが作る特機が好きで入ったんです! 潰れるならもう技術者やめようと思ってましたし……、だからいさせてください!』と言うことで残ってくださいましたが……。)
まぁとにかく、大宙さまが一人で特機の整備。私が一人で経営。じいやがどちらかのサポート、という体制で始まった新生HBO。
実は国からの返還というか、正確には私が貴族であることを利用した、陛下からの下賜という形で返して頂いたのですが……。それ関係の書類を作って送ったり、我が社が以前お世話になった企業様へのご挨拶のお手紙などを書いたり、怪獣退治で発生した補助金などの申請に使う書類を作ったりと……。
昨日まで色々と格闘しておりましたし、これからも格闘しなければなりません。お、終わらない残業地獄ですわ……。私経営者で貴族ですから労基も関係ありませんし……。
「とりあえず我が社が抱える新たな事業としては『国と提携することで周囲の怪獣災害に対応、そして新規技術の開発』って形にはしましたが……。マジで先が見えませんわ。」
以前働いていた方を呼び戻そうとしても、兄が手を回した転職先ですでに働き始めている方ばかりです。それに今の我が社が抱えることのできる人数も、資金力を考えれば以前のHBOに比べればかなり少ないです。大宙さまも、私も、一人で出来ることは限られているのでいずれ人手をお増やさねばなりませんが……。うぅ、考えることが多いですわ!!!
ですがまぁ、それも一応ひと段落したのは事実。ようやく休めるかと思ったところにやって来たのが……。
最後の厄介ごと。マスコミの対応です。
「誰がリークしたのかなんかもうHBOの新社長? として私が着任することが広まってましたし、更に『金剛零型』に乗っていたのが私だってバレてましたし……。ほんと無遠慮に聞いてきますよねあの人たち。」
こっちは“貴族”です。それ相応の振る舞いをせねばなりません。
マスコミの方々を通じて私の言葉や姿が世界中の皆さまに届くのですから。“西崎”の人間としても、一瞬も気を抜けない状態でした。けれどそれをいいことにまぁ好き勝手色々聞いてくる。何ですかあの『彼氏とかいるのか』って聞いてきた記者。新任教師への質問じゃないんですよ?
「テレビの中継見てましたけど、たくさん人来てましたよね。あと凄い質問もいくつか……。あ、これコーヒーです。インスタントで申し訳ないんのですが……。」
「いえいえ、お気になさらず。……まぁ女社長で特機乗り。しかも旧型で新型怪獣を倒したとなれば、人の集まる理由も理解できないわけではないんですけどね。でももうちょっとこう、理性ある態度をとって頂きたかったですわ。」
各地でほぼ毎日怪獣が出現し、それを特機が撃破する。すでに人は慣れてしまい、一種の娯楽として捉えてしまっているという面もあります。そこに私という新たなネタが出たわけですから話題になるのは解りますが……。お兄様であればこれを商機と見たのでしょうか? 私には失言しないように立ち回るのが限界でしたわ……。
ま、そんな感じですわね。怪獣・特機・会社・マスコミに苦しめられた数日間でした。
「それで、大宙さま? この子は今どんな感じですか?」
そう言いながら、コーヒー片手に上を見上げる。
私を見下ろしてくれるのは、一緒に戦ったあの子。特機『金剛零型』。
圧倒的な出力によって、あの戦いで苦戦することはありませんでしたが……。この子にとっては長きにわたる眠りの果てでの戦いだったのでしょう。大宙さまからすれば、すぐにオーバーホールしなければいけない様な状態だったそうです。
「一応コックピット周りの作業はなんとか。消耗してた
「難しいので?」
「はい。私、第三世代までしか触ったことなくて。お爺ちゃんから貸してもらった昔の資料とか漁りながらやってみてるんですけど……。」
彼女の専門は、コックピット周りの整備。しかし一応学校で一通りの整備を学んでいるため、それ以外の部位の整備ができないわけではないようですが……。それも核分裂炉、いわゆる原子力がメインの動力になった“第三世代”以降のものだけだそうです。もちろん昔の特機と今の特機で似通っている部分もあるため出来ることがないわけではないそうですが、今HBOにいる技術者は彼女一人だけ。
「特にエンジン。蒸気タービンの所が私には難しくて……。資料に残ってるタービンと、この子が積んでるタービン。まるっきり別物なんです。とんでもなく画期的な技術と、神がかった調整からあの莫大な出力が出てることは解るんですけど、下手に触ってそれを崩しちゃったら、って思うと……。触れないです!!!」
「そ、そうなのね……。」
目をキラキラさせ、鼻息を荒くしながらそういう彼女。き、気持ちは解ったから、落ち着きなさいね? うん。そんなひいお爺様を褒めなくても大丈夫だから。ほら深呼吸しましょ、吸って、吐いて……。落ち着いた? ならよし。続けてくださるかしら?
「一応ご指示通り即応を保ちながら出来る限りのことをやっているのですが……、やっぱり一人で何とかするには限界があります。もっと人手が、それも第一・第二世代の子たちに詳しい人がたくさんいないと、完全修復は不可能だと思います。」
「やはり、ですか……。」
私もそれは把握しておりました。というかそもそも、60m級の存在を大宙さま一人に任せること自体が異常です。
なので技術者の捜索をじいやに任せたり、私も業務の間に行ってはいたのですが……。あまり良いお言葉を貰えていません。そもそも第一・第二世代を整備してくださっていた方はかなりの高齢ばかり、先日電話した方も年齢を理由に断られてしまいました。
「はてさて、どうしましょうか。」
「そ、それでなんですけど……。お嬢様、私のお爺ちゃんを連れてきてもいいですか?」
◇◆◇◆◇
と言うことでその次の日。
「大宙まつりの祖父です、孫がいつもお世話になっております。」
「いえいえ、こちらこそですわ。西崎葵と申します、以後お見知りおきを。」
使い古された作業服に身を包んだ高齢の男性、そんな彼が帽子を取り深く頭を下げる。その礼に応えるように、私も貴族として彼に……、同じ大宙さまの様ですし、大宙のお爺様とお呼びしましょうか。そんな彼に礼を返します。身分の差はあれど同じ人間、いえむしろ人生経験の差を考えれば先輩と後輩です。しっかりと応対しなければ失礼というもの。
にしても……、大宙様のお爺様が着ていらっしゃる作業服。どうやらHBOのもののようですね。デザインから見てまつり様が着ていらっしゃるものよりもかなり前の物。以前我が社に勤めていらっしゃったと聞いておりましたが、まだ大事にしてくださっていたのですね。ありがたい限りです。
「いえ、過去のもんに縋っちまう手前の弱さでさぁ。」
「それだけ大事に思ってくださっている、ということでしょう? “西崎”として礼を申し上げますわ。……さて、立ち話も何です。早速参りましょうか。」
少し緊張なされているお爺様と、普段よりも楽しそうにしていらっしゃるまつり様を連れ、あの子が待つ地下へ。古びたエレベーターを使い、どんどんと降りていきます。
「そう言えばお爺様は私の曾祖父がいた時代に働いてらしたのですよね、何かあの特機。『金剛零型』について何か知っていたりしますか?」
「……いえ、申し訳ねぇですが全く。それに、私がお世話になり始めたのは先代様。幸太郎様が亡くなられる少し前でした。勤めてる時もこの辺りは立ち入り禁止でしたし、地下に第一世代がいたって話も、全く。俺の親父の代、幸太郎様の元で働かせていただいてた親父たちなら知ってたかもしれませんが……。」
「流石にお亡くなりになられている、というわけですか。……っと、付きましたわね。」
チン、という子気味いいベルの音が鳴り、エレベーターの扉が開かれる。そしてそこで待っていたのは……、装甲の一部をはがされ、そのタービンを露出させている『金剛零型』。私から数えて三世代の前の方々が作り上げた、現代の特機すら追いつけないオーパーツ。おそらくひいお爺様、西崎幸太郎の最高傑作と呼べるだろうソレ。
「少し、見て頂きたいのですが……。あぁ、言葉は不要ですね。どうぞごゆっくり。」
おそらく、まつり様の“アレ”はお爺様からの遺伝だったのでしょう。あの子を見た瞬間、お爺様の眼が見開き、輝きを持ち始めます。中がどうなっているのか見たい、職人というよりも子供に近い眩しい目。
ゆっくりと金剛に向かって手を向け彼に微笑めば……、まつり様の名を呼びながら飛んでいくお爺様。そしてそれに遅れないよう走って付いて行く彼女。ふふ、少し面白いですわね。
「さて、見てもらっている間に私は私の仕事を進めましょうか。事務も経理も私しかおりませんからね。まだまだエンジニアの方は足りないでしょうし、お声がけしなければ……。」
そんなこんなですぐそばに設置していただいた私用の作業机で数時間ほど作業を進めていると……。ある程度特機を見終わったのでしょう。作業服を少し汚した二人が、特機から出てきます。
「お嬢様ー!」
「あぁ、まつり様にお爺様。お疲れさまでしたわ。それで、いかがでしたか?」
「それですが……。」
そのまま、お爺様の報告に耳を傾ける。
どうやらお爺様の知る第一・第二世代の特機と似通っているようで、整備自体は可能とのこと。今後もまつり様と一緒にここに通いながら知識の伝達を行い、また新規マニュアルの作成も行ってくださるそうです。ふふ、やっと一歩前進、ですかね? 今日の謝礼金に色付けちゃいましょう。
「にしてもですが……、やっぱり幸太郎様の凄さには驚かされました。私が触ってたのは主に第二世代、んで新しく出て来た第三世代に負けないよう作った第二世代の改良型です。そいつらの設計も少しやってたからわかるんですがね……。この『零型』っていうのはもう芸術品でさぁ!」
「芸術品、ですか。」
「えぇ。特にタービン周りの機構、専門じゃねぇんで解らんところもあるのですが……、本当にとんでもない。2000万馬力も納得です。」
興奮のせいか少し口調を崩しながらそういうお爺様。
エンジン回りはもちろん、どこからどこを取っても規格外。1940年代に作れる物ではなく、今の技術ですら再現できるか怪しいモノばかり。昔の特機を知るものであれば整備こそできるが、同じものを作るのはほぼ不可能。それを聞くとちょっと壊れた時のことが怖いのですが……。祖先を褒められて喜ばぬ者はいません。
曾祖父に変わりまして御礼申し上げますわ。
「それで、途中まつりから聞いたんですが……、人手不足だそうで。」
「えぇ、元のHBOならともかく、今のHBOには信頼性がありません。それに第一世代の特機となると整備できる方も限られてまして……。」
「それならばあっしに名案があります。……肝心の人手なら、昔ここで働いてた老人共。私の同僚どもを呼び出せば早いですぜ。あいつ等なら蒸気タービンの特機は勝手知ったるもんですし、死にぞこないの奴らばっかで暇人です。昔の名残でこの近辺に住んでる奴が多いので、いけるかと。なぁに、偏屈ばっかですが説得はお任せください!」
「あら、それは本当に朗報ですわね! 重ねて感謝を。」
というわけで善は急げと動き出した私たち。
近くにありました市民会館をお借りし、説明会の会場を設置。大宙のお爺様の伝手をたどり、まだご存命の方々にお集まり頂きました。ずらりと並ぶお爺様にお婆様、明らかに百は下らないでしょう。この町にこれほど我が社に関わった方がいらっしゃったとは思いも寄りませんでしたわ。
(交通網が発展する前は我が社が建造所近くの土地と住居を確保し、従業員の皆様に提供していたと聞いておりましたが……。灯台下暗し、とはまさにこのことですね。)
皆様が人生の先輩でいらっしゃいますし、こちらは『助けてほしい』とお願いする立場です。
説明会が始まる前に一人一人自己紹介をさせて頂き、ちょっとだけお話をさせて頂きました。まぁそんなこんなで定刻となり、まつり様とお爺様は『金剛零型』についての説明を行った後に、私がご用意できる給与や福祉についてご説明をさせて頂く予定で始めたのですが……。やはりそう淡々と進みませんわよね。
大宙のお爺様がら特機に関しての説明を写真を用いながら説明し、おそらく以前仲の良かった方に『やってくれるか』と頼み込んだのですが、帰って来たのは辞退のお言葉でした。
「大宙、わりぃが俺は受けれねぇ。」
「……滝、お前が下りるのか!? おめえが居なきゃこいつのタービン周りはどうするってんだよ! こんなにすげぇ代物なんだぞ! 触ってみてぇとは思わないんか!」
「だからこそ、だよ。……写真で見ただけで解る。俺には無理だ。」
金剛零型の心臓とも呼べる蒸気タービンエンジン、それを専門とする技術者だったのであろう滝様に詰め掛かる大宙のお爺様。タービンに不調が出れば、あの子は全力を出すことはできません。そして壊れてしまえば、一生動くことはできないでしょう。文字通り、特機の心臓です。
「お前も薄々解ってるだろう、これは俺ら凡人には真似できねぇって。幸太郎様しか出来ねぇんだ。」
「それがどうしたってんだ滝! 昔のお前なら『天才だって超えて見せる』なんて息巻いてたじゃねぇか! それがようやく、やって来たんだよ! 今ここで動かなきゃどうする!」
「……俺らも、年だ。まともに体を動かせねぇ奴らも大勢いる。西崎のお嬢様に働いてくれって言われるのはありがてぇけどよ。挑戦んするには、年を取り過ぎた。」
何か大事なものを諦めるように、そう小さく呟く滝様。しかしそれが気にくわなかったのでしょう、彼の胸倉をつかみ、強く揺らしながらお爺様が、叫びます。
「てめぇ! 恩を仇で返すつもりか!? 俺らが先代様に拾われたこと忘れたのか! あの怪獣のせいで全部壊れちまった町から! 拾い上げてくれたあの人を!」
「忘れるわけねぇだろうが! ……だがよ、もう年を取り過ぎてしまったんだよ。……わかるだろ。」
大宙のお爺様の叫びに、思わず声を上げるが、静かに言葉を紡ぐ滝様。他の方々も、おそらく技術者であったであろう方々が、暗い顔をされています。じっと金剛の写真とスペックなどを乗せた資料を見つめる方、互いに顔を見合わせる方。色々な方がいらっしゃいますが、おそらく全員が浮かべていらっしゃるのが、『不可能』。
知識もなく、人としての経験も少ない私では理解しきれていないところもあるでしょうが……。
(あの子が、規格外すぎるのでしょうか。)
最新型の核融合炉、第五世代に搭載されているそれでも、出せて200万馬力。その十倍の出力を持つのが、金剛零型に搭載されたエンジンです。カタログスペックだけ見ても、異様だということが理解できます。そしてその馬力を十全に扱いぬく肉体。おそらく素人には解らない凄さ、というものがある事をこの方々の顔から理解できました。
経年劣化してしまったそれを、元に戻してほしい。整備してほしい。言葉にすればたった数文字ですが……。
(少し、性急に進め過ぎたでしょうか? とりあえずこの場はこれまでにし、一旦時間を……。)
そう思った瞬間、懐に入れていたスマホが鳴ります。
表示された名は、じいや。彼には説明会の時間は伝えています。それなのにわざわざ掛けて来たと言うことは……、緊急の案件ですわね。少しだけ呼吸を整え、覚悟を決めながら。即座に電話を取ります。
「どうしました、じいや。」
『お嬢様、怪獣反応です。そちらから30kmほど先の山中にて反応を検知。市街に向かって進行中とのこと。我が社の担当区域内のため、行政からの要請を受けこれの撃破に動きます。また即座に避難指示を行うとのこと。』
爺やがそう言った瞬間、外に設置されていたサイレンが鳴り響き始め、怪獣の到来と非難を呼びかけるアナウンスが始まります。ちょうど避難場所がこの市民会館でしたのでこの周辺は比較的安全でしょうが……、ちょっと我が社まで距離がありますわね。
「じいや。」
『承知しております、こんなこともあろうかと軍用特殊ヘリを16機ご用意しました。180秒以内に『金剛零型』をお届けいたします。』
「流石ね、完璧よ。」
じいやに礼を言いながら、電話を切る。
私たちがいる町、そして眼前にいるこの方々が住まう町に向かって、怪獣が攻めて来る。そのせいか少し動揺していた皆さんでしたが……。やはり我が社の元社員。誰一人恐慌には陥らず、私が軽く手を叩けば全員がこちらに視線を集めてくださります。
「怪獣出現のため説明会は中止といたします! 他の方も避難してこられるでしょう、即座に受け入れの準備を! そしてここで安心してご覧になっていてください!」
さぁ、参りましょう。
「怪獣退治のお時間ですわ。」
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