第5話 ミノタウルス

 砦の窓から騎士や使用人たちが、中庭を覗き込んでいた。見張り台にも、普段より多くの騎士がいる。マーリンの使役する魔物同士の決闘を見物するためだ。

 魔牛ミノタウルスは中庭の真ん中にいた。

 首輪から鎖が外されて、エルフも中庭の真ん中へ魔牛ミノタウルスと共に放り出された。

 右手と左脚こそ異形のものだけど、エルフは美しい女性の姿をしている。白い乳房や豊かな腰に見物している騎士たちから歓声と下司なヤジが飛んだ。


魔牛ミノタウルスは強力な魔物です。伝承の森に連れて行ければ良かったのですが、強力故に制御も難しい。長い道のりを連れ歩くには無理と、従順な魔猪パイアを連れて行きましたが……残念なことになりました」


 そんな強力な魔物とエルフを戦わせるなんて!


「……!」


 マーリンの顔が曇った。予期しないことが起こっている。



 魔牛ミノタウルスが脅えているんだ。

 エルフよりも大きく、強靱な体格の魔牛ミノタウルスが背中を丸めて唸り声をあげている。彼女が一歩踏み出すと、飛び跳ねるように後ずさる。


「何をしておるか!」


 マーリンは中庭に飛び出して、魔牛ミノタウルスに向かって呪符を投げつけた。

 モオオォォォォオ!

 魔牛ミノタウルスは白い靄に包まれて、悲鳴のような咆哮をあげた。白い靄からは稲妻のような発光する火柱があがり、更に魔牛ミノタウルスは苦しそうに唸り声を漏らした。

 グルル

 グルル

 白い靄から解放された魔牛ミノタウルスを睨みながら、マーリンはエルフを指差す。「闘え」と命じているんだろう。けれど、魔牛ミノタウルスはマーリンとエルフを見比べた後、突然別方向へ走り出してしまう。

 魔牛ミノタウルスが向かう先には、戦いを見物に来た使用人がいた。


「危ない!」


「うわああああああ!」


 恐怖に駆られた使用人の悲鳴が中庭に響き渡る。


「……」


 中庭を見守る全ての人が沈黙してしまう。


「馬鹿な!そんなことが?」


 魔牛ミノタウルスの腹部が、エルフの右手の鉤爪で抉られていた。いつの間にか、エルフは魔牛ミノタウルスの正面に移動していた。そして、鉤爪で……。

 魔牛ミノタウルスの身体が黒く変わっていく。そして黒い砂となって崩れ落ちた。

 エルフの前には、ついさっきまで魔牛ミノタウルスだった牛の死骸が横たわっていた。

 あの黒い砂、あの時の人狼と同じだった。



「エルフは、魔牛ミノタウルスから人を守ったんだ。あの時だって、僕を人狼から守ってくれた。エルフは人を害さないんだ。マーリン、エルフを開放してあげてよ!」


 今ならマーリンだって信じてくれる。そう思っていたのに……。


「今日のことは隷属の首輪の効果ですよ。伝承の森では、たまたま魔物同士の諍いだったのでしょう」


 マーリンは、僕の懇願を聞き入れてくれなかった。エルフは、直ぐに鎖に繋がれて11番エルフ牢に戻されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る