第4話 11番牢

 牢部屋の片隅で、彼女は右膝を立ててそれを抱えるようにして蹲っている。眠っているように見えた。蛇が巻き付いた左脚は真っ直ぐに伸ばされていて、薄暗い中でも蛇の目が光っている。まるで彼女を守るように。

 マーリンは11番エルフの牢に入ると、牢の奥で右膝を抱えて眠っていた彼女の首の鎖を引っ張った。強引に鎖を引っ張られた彼女は、立ち上がることもできずに四つん這いのまま牢の外へ引き出されて来た。

 牢の外で、やっと二本で脚で立ち上がったときに、彼女は僕に気付いた。


「……!」


 一瞬、彼女が僕に微笑みかけてくれたように思えた。射干玉色の双眸が僅かに細くなり、鮮血色の唇が小さく笑ったように見えた。


11番エルフ、ついて来い」


 マーリンは、彼女の首の隷属の首輪に繋がる鎖を引っ張って地下牢の中廊下を歩き出した。



 地下へ降りる階段に近い牢が1番アイン2番ツヴァイ。奥に行くほど大きな数字になり、一番奥が11番エルフ12番ツヴォルフ

 牢部屋の床も中廊下と同じように石を敷き詰めてある。手の届かない高さに小さな明かり取りの窓があるだけだ。

 12部屋の地下牢の、それぞれには木製の扉が取り付けられているだけで鍵もない。マーリンの仕掛けた結界によって、魔物は扉から外へは出られないのだと言う。

 12部屋のうち、4つの扉が開けっぱなしになっていた。


「伝承の森で、2匹の魔猪パイアを失ってしまいましたからね。今は3つの牢が空いています」


 あと一つは、彼女と闘わせるつもりの魔牛ミノタウルスの牢だ。戦いの場とする中庭へ連れ出してあるらしい。

 魔物と言うと、咆哮をあげながら村を襲い、騎士と戦う姿を想像してしまう。けれど、この地下牢には、獣の唸り声のような低く鈍い音が響くだけだ。

 咆哮や雄叫びは全く聞こえなし、それぞれの牢部屋はとても静かだ。中で魔物が暴れるような気配は全然なかった。


「意外と静かなんだね」


「魔物にも多少の知恵はあるのです。魔に対して正しい認識があれば、獣に対するよりも調教しやすいのです。にも不自由をさせていませんから」


 マーリンの顔に妖しい笑みが浮かんだ。


「この11番エルフにも、早めに主人を覚えさせねばなりません」


 僕の背筋に冷たいものが走った。今のマーリンの顔を、マーリン自身が見ても同じように感じるはずだ。……本当に邪な笑顔。



 マーリンは、彼女を11番エルフと呼んでいる。けれど、僕には妖精エルフのように感じられた。

 美しい見目形で、森や泉に住み、不死の身体と強力な魔法を持つ者。

(エルフの名は、きっと彼女に相応しい)

 僕は、彼女をエルフと呼ぼうと思った。11番エルフではなく、妖精エルフとして。

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