第4話 誘ってくる女

 河村と再会してから、河村は、前述のように、

「いろいろと計画がある」

 と、自分の中で思うことがあるようだった。

 しかし、それを隠して、表向きには、坂下に、

「マウントを取らせている」

 というようにしながら、あくまでも、

「従順な青年」

 を演じていた。

 だから、店の女の子たちの中には、河村に対して、

「賛否両論」

 があったようだ。

「あの人は、金のある男にヘコヘコして、気持ち悪いわ」

 という、

「河村否定論者」

 と、逆に、

「健気に相手を立てるようにして従っているところ、まるで営業の鏡のようだわ」

 と自分たちの仕事と重ね合わせるようにして、見つめているという、

「河村擁護論者」

 という、

「両極端な二つ」

 に分かれているようだった。

 ただ、後者の、

「河村擁護論者」

 の方が、圧倒的に多いようで、それは、河村自身が、まわりに、

「そのように感じさせる」

 というように演じているからであった。

 だから、河村も、決して坂下に逆らうようなこともなく、実に自然に付き合っている。

 ただ、ここが彼のテクニックなのか、

「賛否両論」

 に見えるのは、

「見えている」

 というからではなく、

「見せている」

 といった方が正解ではないだろうか。

 特に、スナックなどの女の子であれば、賛否両論であろうが、これが、

「キャバクラ」

 などになると、

「河村擁護」

 は、少し減るかも知れない。

 それだけ、嬢たちは、自分の営業に自信を持っているのかも知れないと、河村は自分で感じていたのだ。

 だから、河村は、

「キャバクラには行こうとはしない」

 といえるだろう。

 それは、坂下にしても同じで、

「河村と行くとすれば、スナック」

 と最初から決めているようだった。

 河村は、坂下の損な考えも最初から見抜いていて、これに関しても、

「計画通りだ」

 と思って、ほくそえんでいるのかも知れない。

 河村が、坂下と再会してから、どれくらいの月日が経ったのか、河村は、すでに、

「毎日の日課」

 と思うくらいに、

「俺は、いつも河村と一緒にいるな」

 と感じていた。

 これだけずっと一緒にいると、最初の頃に思っていた、

「マウントを取ってやる」

 と思っていたことも、半分、

@どうでもいい」

 と思うようになっていた。

 マウントを取るということがどういうことなのかということを、どうやら、自分の中で忘れてしまっているようだった。

 というよりも、

「感覚がマヒしてきた」

 といっても過言ではないだろう。

「坂下は、河村を、今の時点でどう思っているのか?」

 あるいは、逆に、

「河村は坂下をどう思っているのか?」

 ずっと二人を見続けている、いつもの店の女の子も、よく分からなくなっていた。

 それだけ、

「いつも来る二人」

 ということで、常連の枠に完全にはまり込んでいるので、あまり、余計なことを感じなくなっているようだ。

 だが、それはあくまでも、

「見た目」

 というだけで、そこに、

「河村の計画」

 というものが潜んでいるなど、誰が分かっていることであろうか。

 河村はその頃、一人の女の子に近づいていたのを、誰も気付いていなかった。

 これだけ一緒にいる坂下にも分からなかった。

 それだけ、二人は親密になるまでに、それほど時間もかからなかったのだ。

 その女の子というのは、前述の、

「坂下に、必要以上に近づいていた女」

 ということで、名前を、

「ひめか」

 とい。

 ひめかが、いつ頃から、河村と親密になったのかというと、実は、河村が店に来て、三度目には、すでに、肉体関係ができていた。

「二人は、相思相愛なのか?」

 といえば、実際にはそうではない。

 というのも、二人が親密になった時、どちらかというと近づいていったのは、河村の方ではなく、ひめかの方だったのだ。

 そう聞けば。

「最初は、坂下に急接近していたくせに、今度は河村に乗り換えた」

 と言われればそれまでなのだが、ひめかも、そんな風に言われたとしても、

「別にかまわないさ」

 と考えていたようだ。

「私は、あの時から、生まれ変わったんだ」

 と感じているようだが、もし、その気持ちを誰かが知っていたとしても、彼女が考えている、

「あの時」

 というのが、

「一体どの時なのか?」

 ということを知っている人は誰もいないだろう。

「知っているとすれば、河村さんだけ」

 ということになるのだが、それは、

「私が話したから」

 と、ひめかは思っている。

 とにかく、ひめかは、河村と、

「気持ちを一つにしないといけない」

 と思っていた。

 それが、ひめか自身の自分なりの、

「覚悟」

 であり、もっと言えば、

「最初、坂下に近づいたのも、そのためだった」

 といえるのだ。

 その思いが加速したのは、河村が現れたからで、ひめかとすれば、

「私は、別に坂下を好きだったわけでも、河村に乗り換えたわけでもない」

 ということである。

 彼女からすれば、

「これは、私の計画の一環であり、そのことに対して、河村さんとは意気投合したのよ」

 ということになるのだった。

 だから、二人が結びついたのは、

「必然的」

 なことだといってもいいが、それは、あくまでも、

「恋愛感情」

 であったり、ましてや、

「身体の結びつきなどではない」

 といえるだろう。

「だったら、どういうこと?」

 と聞かれたとすれば、その答えは、

「覚悟だ」

 と答えることだろう。

 奇しくもというべきなのか、河村もひめかも、自分たちの中で、

「お互いの覚悟」

 というものがあり、それが、二人を結びつけるものだったのだ。

 あからこそ、その結びつきは、強いものであり、

「二人の行動には、それなりの意味がある」

 といっても過言ではないに違いない。

 そんな河村と、ひめかは、しばらくの間は、誰にも気浮かれないようにしていたが、ある時から、大っぴらに、

「付き合っている」

 ということを、まわりに宣伝し始めた。

 だから、知らない人は、

「あの時から、二人が付き合い始めた」

 と思うのだろうが、いろいろ間違いがある。

「二人が親密になったのは、もっと前からだ」

 ということと、

「そもそも、二人は恋人関係ではない」

 ということであった。

 一種の、

「共通の目的で結びついた二人」

 といっても過言ではないだろう。

「その思いは、どちらの方が強いか?」

 と言われる、

「思い」

 ということになれば、ひめかの方に違いない。

 しかし、それだけに、冷静沈着で、計画を細部にわたって建てられるのは、河村だっただろう。

 それぞれに、お互いの役割を分かっていて、計画は、静かに水面下で実行されていて、ある程度、

「計画通りに運んでいる」

 といっても過言ではない。

 その計画がうまく行っている証拠として、まだ、実際に敬意核のプロローグにまで入っていなかったが、それまでに、まわりから計画を知られるということは命取りになりかねないということであった、

 それが漏れずにうまく行ったのは、

「一緒にいるのが、ひめかだったから」

 ということなのかも知れない。

 覚悟を持っているとしても、ひめかという女性は、河村から見て。

「この計画に参画させるには、これ以上ないといえる性格ではないだろうか?」

 と感じていたのだ。

 そして、ひめかという女性が、

「男性にはたんぱくで、だからこそ、スナックの女の子という職業ができるんだ」

 と思っていた。

 だが、これが最終的に、命取りになるということを、まだ、河村は知らない。

 知っていたとしても、ここで計画をやめるつもりはなかった。

 それは、誰よりも、ひめかの方であり、

「ひめか自身、ひとりでもやろう」

 と最初から思っていたのだろう。

 だから、

「坂下に、最初から近づいた」

 ということであり、

「この計画は、実は、最初はひめかの中にあったもので、あまりにもずさんで、ひめかの中での計画は、計画というには、あまりにも」

 というものであった。

 だからこそ、河村の出現は、ひめかにとって、

「渡りに船だ」

 といってもいいだろう。

「ひめかという女性。結構するどいところがあるんだな」

 と、河村は感じたのだが、それは、

「最初の計画があまりにもずさんであったわりには、河村が建てようとしていた計画に、ピッタリ嵌り、埋まらないパーツをことごとく、ひめかの最初に立てた計画が嵌っていくということを感じてくる」

 ということであった。

 だから、ひめかは、自分の計画が、形になっていくことに、感動もしたし、それを完成させようとする、河村を、一種の、

「尊敬の念」

 で見つめていたのだ。

 そう、ひめかが、河村と急接近したのは、

「覚悟」

 と言う名の計画を、

「組みたててくれる男」

 ということだけではなく、その時に感じた感情としての、

「尊敬の念」

 というものがあるからだっただろう。

 河村はそのことも分かっていた。

 ひめかという女性は、実際には。

「わかりやすい性格」

 をしている女性だった。

 彼女には、その中において、

「必ず成功する」

 という気持ちが、確信に変わったのが、

「河村と一つになったからだろう」

 ただ、それは、

「覚悟を確かめ合った」

 ということで、ひめかには、あくまでも、恋愛感情などなかった。

 少なくとも、この件が終わらないと、

「私は誰かを好きになるということはないんだ」

 と考えている。

 むしろ、

「好きになってはいけない」

 という何かしらの、

「呪縛」

 のようなものが、ひめかの中にあって、元々あった感情を、さらに強くしたのが、河村の出現なのかも知れない。

 河村は、そういう意味で、

「ひめかを素直にさせた」

 といえるだろう。

「ひめかは分かりやすい女だ」

 と感じたのは、実は、

「そうさせたのが、自分なんだ」

 ということを、河村は自覚まではできていなかった。

 それを思えば。

「二人は、出会うべくして出会う星の下に生まれていた」

 といってもいいだろう。

 そんな時、坂下を誘う女性が増えてきていた。誘われると言っても、別に肉体関係というわけではなく、食事であったり、飲みに行ったりということであったが、中には、身体を重ねて、小遣いをねだるという女性もいたようだ。

 そんな女性は最初から、そんなオーラを醸し出していて、坂下の方も、本当はそんな女に興味があるわけではなかった。

 さすがに、

「据え膳食わぬは男の恥」

 ということわざにもあるように、

「いただいていた」

 が、それでも、

「俺の方が、抱いてやったんだ」

 という感覚で、相手に恩着せがましい気分になっていた。

 こんな時にマウントを取るのは、坂下であっても、あまり気分のいいものではなかった。

 だから、逆に、食事だけだったり、飲みだけの女性を新鮮に感じ、

「いずれは、モノにしたい」

 という気持ちを持っているからなのか、がっつくようなことはしない。

 それが、坂下の考えであった。

 坂下に寄ってくる女性が、

「皆それぞれ別の日であって、バッティングするということがない」

 ということに、坂下は気づいていたのだろうが?

 もし気づいているとすれば坂下には、それなりの考えがあるはずだろうが、別に普段と変わらない。

 しかし、普通なら、

「おかしい」

 と思うのだろうが、それを思わないということは、それだけ、身体重ねる女性に対して、嫌悪感を感じているということだろう。

 そもそも、身体を重ねる女性を選ぶのはこっちの方で、

「抱きたい」

 と思っている女性をいつも、選んで風俗に行くのが楽しみだと思っているので、却って、素人はあまり気分のいいものではなかった。

 確かに、金を貰うまでは、

「へいこら」

 という感じで、従順に見えるが、何と言っても、男が、

「賢者モード」

 なっている時に、冷められると、男の方としても、たまったものではない。

 いや、

「逆に、賢者モードの時に、べったりくっつかれる方が嫌だという男性もいるが、その気持ちも分かる気がする」

 と、坂下は感じるのだった。

 ただ、

「最近、女性に誘われることが多いな」

 とは思ってはいた。

 しかし、嫌な気分ではなかったのは、前述のような理由からであるが、それは、坂下の、元々の性格ではないだろうか。

 そんなことを考えていると、坂下が、誘ってくる女性に、

「何かパターンがある」

 ということを考えるようになった。

 それがどういうことなのか、ハッキリとは分からないが、

 「何か気持ち悪いものを感じる」

 というのは確かだったのだ。

「後ろで誰かが暗躍している?」

 とも、考えてみたが、

「さすがにそれを考えるというのは、俺が、疑心暗鬼になっている証拠なんだ」

 ということになり、それを考えることは、自分で認めたくなかったのだ。

 それは、坂下という男が、

「素直で従順だ」

 ということではない。

 ぢちらかというと、頭の回転は速い方で、それだけに、

「感情がついてこない」

 ということになるのだろう。

 それがあることから、坂下は、たまに、自分で、

「何を考えているのか分からない」

 と思うようになった。

 というよりも、

「何かを考えている」

 ということは分かっていて、だから、考えていることに集中しているのだ。

 それを途中で、

「きりがいいところで」

 ということで辞めてしまうと、たとえ、5分しか経っていなかったとしても、すでに、忘れてしまっているのだ。

「集中力が、ハンパない」

 と、いい帆に介錯すれば、そう言い切れるのではないだろうか。

 そうでなければ、

「健忘症ななないか?」

 と言われても仕方がない。

 それだけ両極端であり、性格的にもそういうことになるのだ。

 だから、

「俺は、躁鬱症なんじゃないか?」

 と考えたことがあった。

 躁鬱症といっても、類似の病気に、

「双極性障害」

 というものがある。

 こちらは、完全な、

「脳の病気」

 ということで、投薬が不可欠なのだ。

 双極性障害と、躁鬱症は似ていて、

「躁状態と鬱状態を交互に繰り返す」

 ということで、

「鬱状態を見ているだけでは、医者も誤診する可能性もある」

 というものであった。

 ただ、それぞれの病気の症状は、明らかに違うところがあるという話も聞く。

 だから、薬の種類もまったく違い、

「双極性障害」

 の場合には、

「必ず医師の診断によっての投薬と、治療が必要だ」

 というのだ。

 問題は、

「躁状態に移行した時」

 だという。

 患者によっては、躁状態になり、それまでの足かせが取れたことで、爽快感も出てくるようになると、

「治った」

 と自分で勝手に判断し、薬を飲むのを辞めてしまい、さらに、ひどい鬱状態を招くということがあるというのであった。

 また、双極性障害で、

「自殺を図る人も多い」

 という。

 それは、鬱状態の時に考えるのではないという。

 一番多いのは、

「鬱状態から、躁状態に移る時の、混合状態の時が危ない」

 というのだ。

 混合状態というのは、

「鬱状態の中に、躁状態が入ってくるような、それぞれ反対の状況が共存している」

 というような時のことであった。

 どうして、鬱から躁の時が多いのかというと、

「鬱状態を引きずったまま、躁状態に入る」

 ということで、

「鬱状態の時であれば、自殺をしたいと思っても、身体が動かない」

 という。

「鬱状態の時のいうのは、身体のけがや病気でもないのに、精神が病んでいることで、何もできなくなるということである。それは、億劫だということと違っているのかどうなのか、分からない」

 ということであった。

 だから、鬱状態では、

「死にたいと思っても、身体が動かない」

 ということであった。

 しかし、鬱状態に躁状態が入り込んでいるとすれば、どうだろう?

「死にたい」

 と思っているところに、躁状態。

 つまりは、

「今は何でもできるところにいる」

 という思いであったり、

「何をやっても、自分の望み通りになる」

 という晴れやかな思いから、

「たとえ自殺であっても、晴れやかな気持ちになる」

 ということで、

「今なら死ねる」

 と考えるのであろう。

 特に、

「今の気持ちで死んでしまえば、向こうの世界でも、きっと楽しいことが待っている」

 と信じて疑わないということになるのだろう。

 そうなると、

「俺は、いつだって死ねる」

 という思いもあるにも関わらず、

「思い切って死のう」

 という思いにも至れるのだ。

 前者を感じれば、自殺を思いとどまれるし、後者であれば、自殺してしまうことになるだろう。

 前者は、実に都合のいいことになるのかも知れないが、それでも、そんな精神状態になれるというのは、やはり、

「躁状態の特徴だ」

 といってもいいかも知れない。

 そんな状態を、何度も繰り返し、腕にはリスカの痕が、たくさん残っている女性も多いだろう。

 この病気は、男女関係なく罹るものなのだろうが、

「自殺を試みる率」

 そして、

「自殺に成功する率」

 というのは、男女比でどんなものなのだろうか>

 イメージとしては、女性の方が圧倒的に多いような気がするが、それこそ偏見なのかも知れない。

 坂下は、自分のことを、

「病気なのかも知れない」

 と思ったことが時々あるが、しかし、それを追求しようとは思わない。

 まわりに対しても、自分がそんなことを考えているということを、あまり言わないようにしていたが、最近、一緒に食事に行ったりする女性たちには、よく呟くようになっていた。

 呟くことで、

「気が楽になる」

 ということはあるようで、その思いが、最近、よく自分の中で、余計なことを考えると思わせるようになってきたようだ。

 それにしても、最近は、

「女性からよく誘われることで、

「嫌だ」

 と思うことはなくなってきた。

 むしろ、

「また、今日もかよ」

 と言いながら、気持ちは朗らかに、

「ホイホイ出かけていく」

 ということが、当たり前のようになっていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る