第35話 頼むぜ、クラウドさん! 

 魔王プリンシアを映す一花いちかを残したまま、二花ちかと共にボッチの執務室に戻った。

 ヤーレンはくたびれたのか、誰もいなくなって寂しかったのか、箱型に戻ったミミーを抱えたまま寝ていた。

 こいつ連れて来たのはいいけど、大幅に巻き込んだだけだよな。

 なんか罪悪感が……「むにゃむにゃ……お母さま……」

「……親、か」

「エイト様のご両親は?」

「どっちも死んだよ」

「そうですか。ご免なさい。二花ちかと同じですね」

「こんなとこでシリアスな重たい話してる場合じゃないぜ。ヤーレンに毛布、かけてやってくれよ」

「エイト様はお優しいんですね。二花ちかはエイト様の目を見たときから分かっていました」

「バカ言うな。優しいってのは俺みたいなやつを信じて雇ってくれた店長みたいな人のことを言うんだぜ。毛布かけて薬を用意したら二花ちかもプリンちゃんのとこに戻っててくれよ」

「エイト様はなぜ、魔王の恐怖を跳ねのけられるんですか?」

「怖い? プリンちゃんがか? どの辺が怖いんだ? プリンのサイズ的な怖さか?」

「いいえ。そうやってわざとはぐらかそうとしないで下さい。一姉いちねえ二花ちかも直接魔王をみたら震えが止まらなくなります。でもエイト様は平気でした。それどころか……」


 魔王ってのはそんなに怖い存在なのか。

 俺にはただのエロコス美女にしか見えなかったわけだが。

 まぁ魔王ってラスボスだよな。

 怖い存在には違いないわけか。

 でも、モンスタークレーマーよりよっぽど怖くないんだよ。

 こっちが弱い立場だからって直ぐブチ切れるあれはなんなんだろうな。


「話が通じるからだろ。お前らだって話が通じなきゃいきなり現れたりして怖い」

「そう……ですか? 次からは気を付けます。お薬、こちらに置いておきます。今はみんな寝てますけど、一姉いちねえ二花ちかは他の子たちも助けたいんです。もっと小さいのに頑張って働いている子たちが沢山います。それが出来るのはエイト様だけとライオット様が仰っていたんです。お願いです、エイト様」

「……しょうがねえな。別にボッチのためじゃないけど。やるだけやってみるよ」


 ていねいに一礼して戻っていく二花ちか

 あんなに礼儀正しい幼女は初めてみた。

 いや、幼女というか小さい種族か。

 ……と、それよりクラウドさんと相談タイムだ。


「やるしかないよな。あんな顔されたら」

『マスターは素敵ですね。クラウドもそう思います』

「AIはいつも励ましてくれるな。逃げ出したくて仕方ないときにもさ。そんなクラウドさんを早く召喚したかったが……さて本題だ。まずは町に移送方陣を描けばいいんだよな? となると魔女でも構築するのか? あるいは信じられないほど素早く動ける奴か?」


 外はすでに真っ暗。もうじき深夜だ。

 ボッチもまだ戻ってきていないから外の状況はつかめない。

 あの佐々木とかいうやつは今夜泊っていく可能性だってある。

 

『マスター。敵に見つからずに行動する必要があります。極力目立たず、速やかに移送方陣を描かなければなりません』

「……あいつらのせいでハードル上がってんだよな。夜、密かに活動出来るようなやつか……そうか思いついたぞ、モグラだ! 地中にも描けるか? 描けるよなきっと」

『その提案、賛成です。地中に移送方陣を描けば証拠もまず見つかりませんし消す必要もないとお伝えします』

「AIジェネレーターでいけそうか? 数は? 何体まで操作出来るんだ?」

『生成レベル上昇により、AIジェネレーターで生成されたものは百体までクラウドによる操作が可能と進言します。また、移送方陣を描きながら地面を掘るため、多量のマジックを消耗します。作業中は常時回復薬を飲み続けて下さい。数は二十匹を推奨します』

「まじか。今更後には引けないな。ここで生成して外に出られそうか?」

『可能であると進言します』

「地下に怖い奴ら待たせてるし、早速取り掛かろう。AIジェネレーター生成。移送方陣を描くモグラを二十匹生成……なんつったっけ。ディグ? モールディグ? アレンジ頼むわクラウドさん」

『AIジェネレーター生成開始……完了。モールドロウアーを大量生成しました』


 ぴょこんとミミーより小さいモグラがざーっと一気に生成された。ドロウアー。なるほど描く方面特化型モグラってわけか。

 それぞれが片手を上げてこちらに応じてみせるのは、実にクラウドさんらしい。

 可愛さとはなんたるかを心得ている仕草だ。

 モグラって指が五本あるのか。人間が手を振るような姿勢を取っている。


「マスター。今日のマスター、格好良かったですよ」

「よせやいクラウドさん。褒めたってなにも出ないぜ。俺にはこれから気色悪い色の液体を飲み続けるという罰ゲームが待ってるんだ。早く行ってくんな」

『では、クラウド……行きます!』


 そのノリって発進する白いメカのやつですかね。

 そんなの生成した覚えないんだけどな。

 窓からポトポトと落ちていくモールドロウアーの集団。

 そーいや俺とAIジェネレーター生成との距離が開くタイプの生成は初めてか? 

 クラウドさんと会話出来んのかこれ。


「可能であると進言します。マスター。早速開始します」

「おう……それにしてもこの薬。気持ち悪い緑色で泡立ってるんだけど。飲まないとぶっ倒れるんだよな……ええい!」


 クラウドさんの合図で開始。一気にぐいっと飲み干したが、げろまず! 何だこれ青汁よりまずいじゃねえか! 

 これ沢山飲むの? 酷くない? つか、ここまでボッチの策略だったりしないか? あいつの笑い声と顔が脳裏に浮かぶんですけど。

 しませんよね? ね? 


「ええーい! どんどん来いやー! うげー……おらもう一本! うげー……はいもう一本ー! うげー……」

『マスター! 掛け声は任せて下さい! 飲んで飲まれて野茂茂雄! はい、いっき、いっき!』

「それ、この時代にやったらダメな奴だわー! こんなことなら水もらっておくんだった!」


 ――結局吐きそうになりながらもまずい回復薬を全て飲み干し、凄まじい速さで移送方陣を完成……させたようだ。

 AIジェネレータを消失させた頃にはもうぐったり。

 再び地下に降りると、両腕を組んだホログラム映像的魔王がご立腹だった。


「遅いぞエイトとやら! もうミドロに貴様の転移をさせる準備は整っておる!」

「……へ? 転移? 俺吐きそうなんだけど水もらえる?」

「行ってらっしゃいエイツ。一人しか運べないらしいわ」

「エイトさ……」

 一花いちかが通信装置にマジックを流し込み……二花ちかがなにかを言いかけたところで映し出されていたプリンちゃんから強烈な光が放たれて、俺の風景は一変した。

 ……気持ち悪いー。頼む、水くれ、水。

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