第32話 もっと楽に考えようぜ
ボッチの話は湯上り美人がいるような場所で話すもんじゃない、きな臭いやつだった。
まず、前の戦争が起こった話を聞かされた。
ボッチは俺が召喚されたばかりで何も知らないってことまで感づいている。
戦争が起こったのは二年前。
それも魔族と人との分かりやすい魔王勇者戦争じゃなくて、隣国同士のガチ戦争。
争ったのはマジックオブコート国と、この国の西にあるというマジックキャンサー国。
両国は一応のところ、マジックアカデミアの和平呼びかけに応じて終戦となった。
しかし小競り合いはまだ続いており、再び戦争を起こす可能性があるという。
加えて先の戦争で弱ってるマジックオブコートに、マジックアカデミアが目をつけようとしている……らしい。
ボッチは何度か使者を送り、これ以上マジックキャンサー国と戦争を行えば、東のマジックアカデミアが我が国に攻め入るだろうと進言しているようだ。
しかし本国からは、もしそうなったら貴様らの低層な住民たちで盾になれだの、プラプライムの町はマジックアカデミアと内通しているのでは? などという情報が流れ始めた。
この情報を入手したのは今日らしい。
「つまりここも危ないってことじゃないのか?」
「そうなりますね。私も領主の座を降ろされる可能性がありますが、その前にエイトさんへ屋敷を譲渡出来たのですから、そちらはエイトさんのものです」
「戦争に巻き込まれたら屋敷もくそもないだろ。こんなとこさっさと売り払って別の場所に逃げないと危ないじゃないか」
「それも一つの方法かもしれません。前王が亡くなり、現国王はただの操り人形。マジックアカデミアがどれほど強大で危険な国か理解していません。マジックキャンサー国も後ろ盾があり、強力な魔族が味方をしています」
「そーいや魔王の城がどっかにあるんだろ? そいつらに協力してもらうとか出来ないのか?」
「おいエイト。お前何言ってる。魔王が簡単に人へ協力すると思っているのか?」
「ヤーレンはだまってろ。ちょっと湯上り美人状態だからって口をはさむな」
「なっ……お前はまた!」
「いえ、エイトさんの意見は私が国王に伝えたものと同意見です。こちらを見て下さい。本来領民に見せるものではない、この世界の地図です」
世界地図があるのか!? いや、あるか。
辺境伯ってのは外敵から国を守る立場だもんな。
どれどれ……うわ、この国の位置やばすぎる。大陸中央付近だ。
マジックアカデミアが最南東で超巨大国だろ。
マジックオブコートは国境を挟んでマジックアカデミアの北西付近に位置するそれなりの規模の国だ。
更に北西方面にマジックキャンサー国。
西にマジックレスビースト国。
北方にマジックオーシャン国。
南西方面にマジックバースト国とうじゃうじゃ国がある。
その近隣以外にも国が沢山あるが、これら全てと外交しないといけないこの国は、地の利が最悪。
外交優先っていうボッチの案もうなずける。
特にマジックアカデミアとの国境付近は砦なども無いし、隠れやすい森林はあるものの、防衛に向いているとは思えない。
まぁ魔法があるからかもしれんが。
にしても、地図にある赤と青の×印はなんだ?
「どうですエイトさん。マジックオブコート国の位置を見て驚いているようですが」
「ボッチの見せた地図が地の利の悪さを強調する地図だってのは分かる。国の表記ってこれだけじゃ分からないよな。もっと森林とか山岳とかいろいろあるだろ? 俺、国の地図作るのが好……なんでもねえ」
「地政学にも通じているとは思いませんでした。その通りですが、この国は防衛大国なんですよ。国の名前はその特色を表すもの。外壁が張り巡らされており、そちらに強い対魔法結界が張られています。アンチマジックウォールというものです」
「ふーん。でもな。俺の記憶が確かなら、リリスって巫女みたいな姉ちゃんが、年々有力な魔法使いが減っているから異世界から有能なやつを召喚したって言ってたぞ」
「……それは貴重な情報です。そうですか、狙いは魔術師。だからこそ剣士などは余っていて不要ということですか。それならば謀略でヤーレン殿を追いやった説明もつきますね。そうなると本格的に攻めて来るかもしれない。エイトさん。あなたと同時に召喚されたのは何名でしたか?」
「ええと、俺含めて四人だ。全員男で餌付けされてたからもうダメだろうと思った」
「エイトさんはなぜ、彼女の言いなりにならなかったのですか?」
これだけ巻き込まれたんだ。薄情しておくか。
今後スムーズに逃げ出すためにもな!
「……もうだまっててもあんたにはばれそうだ。はっきり言うぞ。俺は魔法が使えないからえん罪をかけられて牢獄の町に連れていかれた。殺されると思ったからグラドって仲間と逃げたんだよ」
「全ての謎が繋がりましたよ。あなたがもしかしたらリリスアカデミアの刺客ではないかと思っていました。えん罪、牢獄の町、手際のよい国境越え。王都を目指すのではなく、この町へ向かう危機管理能力。そして実力と高尚なスキル。素晴らしい」
「気持ち悪いからベタ褒めすんな!」
「お前が……召喚者? リリスアカデミアの仲間……?」
「おいふざけんなよ。あの女は俺が叩きのめしてやりたいリストの最上位だ」
「それでエイトさんはこれからどうしようと考えていたのですか?」
「俺、元の世界に戻れるなら戻りたかったんだけど。それが難しいならどこかで楽して暮らしたいだけだ。日がな趣味に没頭したいの」
「……そうですか。あなたの能力を活かせないような世界より、フルに活かせるこの世界で暮らしませんか? そのための助力はしましょう。当然これは取引です。嫌なら断って頂いても結構です」
……バイト暮らししながらAI作る日々か。
確かに悪くないけど、本当に作れるクラウドさんを手放したくはない。
ここは一つ……乗ってみたいがこいつの口車にうんうん言ってると俺は無事死ねることを理解している。
まずはやはり信頼を積み重ねて築き上げることだろうな。
ボッチも俺の考えを察したようだ。
「それより質問いいか? この赤いバツ印と青いバツ印ってなんだ?」
「赤は魔王の、青は勇者の居城がある地域です。矢印が引いてあるバツ印はそれぞれが従属、あるいは同盟関係にある国です」
「げ……まじかよ。この国どことも協力してないのか」
「はい。前国王は勇者、魔王双方と協力関係にありましたが、現国王が理不尽な戦争を行ったため全て解消されています」
「最低な国王だな……って国王は
世襲制だと子供が後を継ぐから国が崩壊しやすいんだよな。
大臣が力を持ち陰で暗躍……ってやつだ。
「その通りです。私は国を守りたいのではない。我が領民を守りたい。国家とは、家臣とは、貴族とは。何を意味するのか。それは……」
「そういうのはいいから。ボッチ、お前ぐだぐだ考えすぎなんだよ。一緒に暮らしてるやつらを守りたいんだろ? それだけで十分だ。手段とか立場とか考えるから、守りたい奴も守れないんだろ? 店がどうなろうと店員や客を守れない店長じゃ店構え失格だからな」
「……多少仰ってる意味が分からない部分もありますが、その通りです。領民を、そして仕事をしてくれる孤児たちを守りたいのです。協力して頂ければ報酬を……」
「報酬は大事だがんなこと後回しだ。まずはどうすりゃいいんだ?」
「安全を優先するため……魔王と交渉しましょうか」
「ライオット殿!? 私は反対だ!」
いきなり立ち上がるヤーレン。
騎士道精神に反するってか。若いね。
「おいヤーレン。お前この国で頑張って戦ったのに酷い目にあったんだろ。騎士を辞めさせられてもこの国のやり方に従うってのか?」
「お前に何が分かる。私は! ……でも、騎士じゃない……」
「こほん。お二人とも、私の能力についてはもうご存知では?」
『ああ、最低な野郎だ』
「おやおや。エイトさん。あなたはこの世界に来てろくに魔法やスキルについて知らされていないでしょう。あなたにそれを教えようと思いますが、いかがですか?」
「そりゃ知りたいが、お前の言い方は毎回引っかかるんだよ。代わりに何かを差し出せーとか聞いたからには仕事をしてもらうぞーとか、従わないと捕らえるぞーみたいな後付けをして俺をはめるんだろ?」
「そんなことしませんよ。あなたはそうですね……言うなれば私の切り札です。一つだけあなたたちに信じてもらいたいことがあります」
「なんだ?」
「私が第一に考えるのは、このプラプライムに集まった領民の命です。私の進言を一切聞かない国王などどうでもよろしい。マジックオブコート国よりも、このプラプライムの町よりも大切なのは領民の命。それだけは信じて下さい」
「まぁ、俺もこの町に来て直ぐカンキチとかに世話になったからな。あいつらは助けてやりたいと思うよ」
「エイトさん。出来なければいいえで結構です。この町民をどこかへまとめて移動させるようなことは……あなたの能力で可能ですか?」
「おいライオット殿。何をばかなことを。そんな集団移動など、移送方陣を構築でも出来ないと無理だろう!」
『マスター。可能であると進言します』
「私はエイトさんに尋ねているのです。どうですか?」
「ふう。領民の命ってなら……答えはイエスだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます