第25話 酒場の噂話

 十分マジックを回復させて準備は整った。

 ミミー用の食事を買い付けたお陰で金の目減りが激しい。

 どうしてこうも無くなんのはあっという間かねぇ。


「さて、行ってくるか」

「大丈夫? お兄一人で」

「お前にだけは言われたくない! 俺には相棒クラウドさんがいるからな」

「ふーん。じゃあミミ―は留守番してるねー!」


 さて、ボッチの話じゃモットノメとかいうふざけた名前の酒場だったな。

 日も暮れたし酒場に行くにはちょうどいい時間か。

 こついでに一杯飲んでくか。ビールあるかなー。

 ――宿屋から出て王都を歩く。

 今の俺は強そうな冒険者として見られているに違いない。

 なにせこの仮面……こういうのを身に着けているやつに話しかけてはいけないというのはどの世界でも共通ルールのはずだ。

 この変装作戦は成功。さすがはクラウドさんだ。

 黒ツナギやら金持ってそうな貴族なんて恰好、いいカモだろ。

 どこに行くにも身なりってのは大事だ。コンビニバイトもそう。

 不潔っぽいバイト店員じゃクレームが来て余計な仕事が増えるだけってな。

 そんな感じで堂々と歩いていた俺の目はあるものにくぎ付けになる。

 いや、くぎ付けだけじゃない。心の絶叫が漏れた。

 

「あれは……まさか、エ、エロフ!」

「はぁ?」

「……ううん、なんでもない」


 ……俺、この王都にやっぱ住もうかな。

 

『マスター。鼻の下を伸ばしていると危険です』

「仮面つけてるのになんで分かるんだよ……ってそんなこと言ってる場合じゃないな。さっさと行こう」


【酒場モットノメ】

 

 時間も時間だけあって、客が多い。

 席は満席。カウンターは一カ所空いてる。

 立ち飲みテーブルがいくつもあるがこちらも多い。

 いきなり酒場の主人に手紙を見せるより、まずは一杯飲んで話しやすい位置取りを手に入れようじゃないか。


「おい、一杯くれ」

「何をだ?」

「酒だよ、酒。あるんだろ?」

「……一種類じゃねえんだ。どれを飲むかって聞いてんだよ」

「んじゃ、銀貨一枚で飲める美味い奴」

「酒の良しあしも知らずに酒場に来てんのか。変わった客だな。悪いが満席だ。カウンターの片隅でいいなら飲んでいけ」

「それでいい」


 あんまり目立ちたくないし都合がいいな。

 それに後ろは四人席で見るからに冒険者だ。話声も聞こえてくる。

 よし、聞き耳を立てて情報収集しよう。


「おい聞いたか? マジックアカデミアの例の噂話」

「なんだ? 脱獄者の話か?」

「違う違う。国境付近に打ち捨ててた古代兵器の話だよ。動いたって話だぜ。しかも、森に隠れ住んでいた古代種の凶悪な悪魔を一匹仕留めたらしい」

「まじかよ!? まさかアルテミスの矢があったってのか!? 古代種悪魔を仕留めた? 本当ならいよいよ来やがるのか」

「ああ。いよいよマジックアカデミアも本格的に世界征服を狙ってるんじゃないかって話だ。この国も危ういかもな」

「何言ってんだ。こっちは協定結んでるんだ。南東諸国ならまだしも、こっちは平気だろう?」

「どうだろうな。またヤーレンさんのような英雄誕生にでも期待したいねえ」

「ヤーレンだってまずい噂があるの聞いたぜ。けどよ……いや、この話はやめとくか」

「なんだよ教えろよ」


 ……物騒な話だな。てか脱獄者って俺のことか? 

 マジックアカデミアとこの国は協定結んでる国なのかよ。やばいな……。

 こんなところでシリアス展開やってる場合じゃねー。

 護送の離城へ戻る情報、ここなら分かるかもしれないと考えたが、酒場の噂話程度じゃ出てくるはずないか。

 出来る限り情報を仕入れたいが……「はいよ。銀貨一枚だ」

「店主。ここは何時頃客が減るんだ? もっと静かに飲みたいんだよ」

「閉店まで満員だ。特に最近は他国から人が集まってきていてな。もっと酒場が欲しいくらいだ」

「ふーん……少しだけ見せたいものがあるんだけどいいか?」

「ん? 俺にか?」

「ああ。プラプライムで預かってきたものなんだが、客が減ったら見せたいんだよ」

「……! ちっ。そういうことか。おい! 今日は酒がもう無い。お前ら飲んでるので店じまいだ」

「おいおい、まじかよ」

「まだ飲み始めだぜ……」

「隣のグイットサーはまだやってんだろ。そっちに行け」


 どうやら予想通り人目を避けるべきだったな。

 つか、隣の店の名前もおかしいだろ! 両方合わせてモットノメ、グイットサーかよ! 

 ひとまずはつゆ払いが出来そうだが……ここまでボッチの計算通りか。

 だが奴の謀略には乗らないぞ。

 INT不能の実力、見せてやんよ、ボッチ! 

 ――酒を飲み終わるころには、客がどんどんいなくなっていく。。

 他の店で席が無くなると困るからだろう。

 残ったのは俺ともう一人の奴だけだ。

 こいつは帰らないのか? 少し邪魔だな。


「おい、もう平気だ」

「一人残ってるだろ?」

「そいつはうちの店員だよ。護衛って言った方がいいな。酒場は揉め事も多くてね」

「そうか……んじゃこれを」

「ライオットさんからの使者、筆跡も間違いない。しかしあんたは雇われの冒険者か何かか?」

「そうだ。これを見せれば依頼品を渡す相手に会えると聞いてきたんだ」

「そうか、確かに筆跡も本物のライオットさんだな。うむ……」


 直ぐ面会させるって状況にはならないか。

 これもボッチが言ってた通りの筋書きだ。


「ライオットさんが誰かに使いを頼むのは滅多に無いことだ。だから直ぐには信用は出来ないが……いいだろ、望み通りヤーレンに会わせてやろう」

「ちょっと待て、今なんて言った?」

「だからヤーレンさんに会わせてやるとそう言ったんだ。冒険者なら名前くらい聞いたことあるだろ?」


 ……名前どころか勝手に利用した張本人です。

 くそ、あいつ……俺のことどこまで知ってたんだ! 


「明日の昼、店は開いてないが裏手を開けておく。そこから入ってきてくれ。ヤーレンを呼んでおく」

「分かったよ。ところでもう一つ聞きたいんだけど。図書館ってこの国にあるか?」

「ん? ああ、王立図書館ならあるが、お前じゃ入れんだろう」

「そうか……」

「そっちも必要なことなら明日ヤーレンさんに聞いてみるといい。忘れずにちゃんと来いよ。別日じゃ手配出来んからな」


 くそ、ヤーレンに合わず逃げたら追われる身になるかもな。

 こりゃ本格的に奴の手のひらの、か。

 いや大丈夫。何せ俺にはクラウドさんがついている! 

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