第19話 さて、一人旅に出よう
結局ミミーを連れ、宿屋で休むことになった翌朝。
状況は悪くなる一方。
俺は早く故郷に戻り、自堕落な生活に戻りたいと考えている。
この世界は俺に優しくない。
娯楽も無ければパソコンも無い。
AI生成だって万能じゃない。
とにかく金が足りない。
宿屋生活もうんざりだ。
決めた。旅に出よう。
「お早うお前ら。俺は今日から旅に出ることに決めた」
「お早うエイト。ミミ―はお前のそばから一歩も離れないな。随分なついたようだ」
「勘弁してくれ。寝相が悪いこいつのせいでこっちはよく眠れないんだよ。大体こいつ、寝てるときはミミックの姿だぞ。箱が転がって何回踏みつぶされたと思ってるんだ。可愛い顔で、お兄ちゃん! なんて呼んでくれる妹萌えじゃなくてただの箱ですよ? 固くて冷たい箱ですよ?」
「ミミー寝ると自然に箱になるのー」
「じゃ、ねえ! いいかここでお前はリーアと暮らすんだ。あのバカは寝相が悪くてまだ寝たままウホホー……な姿勢だが、ほら、飛び込んで来い」
よし、これであとくされなく旅に出れる。
じゃあなお前ら!
「ふむ。確かにエイトの言う通り、ここを拠点にして活動するのはアリだな……」
などと言っているグラドを放置して宿屋を出て直ぐに気付いたことがある。
どこに行けばいいんだ?
残金もたったの金貨一枚しかない。
仕方ない。その辺の椅子に座ってクラウドさんと相談だ。
「クラウドさん。俺の現状を考えて今後どうすべきか話し合いたいんだけど」
『マスターのこれからについてですね。二つ提案があります。まず目的の再確認です』
「二つ? 目的?」
『マスターの主目的は生活の安定でお間違いありませんか?』
「いえ間違いです。地球に帰りたいんだけど」
『そちらはデータ不足により答えを出しかねます。まずは現状を安定させる方が優先と進言します』
「そうなんだよなぁ。ダンジョン攻略したら状況悪くなったし。護送の離城とか言われてもどこかも分からないし。ならその提案を聞こうじゃないか」
『一つ目。資金不足の解消。マスターの生成能力を持ってすれば、この町一つを丸ごと買い上げられるほど資金を稼げるでしょう。二つ目。拠点の設営。今後活動するにあたり、あの宿屋では不潔で狭いです。そのため土地を購入し、マスターが住むに相応しい屋敷を用意することを推奨します』
おいおいおいー! クラウドさんさすがっすわ。
なんだよ、無理やり急いで帰るんじゃなく、ここでがっぽり稼いで自堕落な生活が出来る環境を作ればいいんじゃないか。
なんだったら娯楽はクラウドさんが作ってくれるに違いない。
というか地球に戻ってコンビニバイトなんかするより、よほど自堕落な生活が出来るじゃないか。
そして屋敷には俺専用の引きこもり部屋を作って専属メイドを……これだ。
「採用だ。まずは何をすればいいんだ? あんまり目立つ行動はしたくないんだけど」
『マスター。ガラス細工を道具生成しましょう。工芸品は高値で売れるはずです』
「ガラス細工か。この世界にもあるのか? 待てよ、工芸品なら他にも沢山あるよな。ステーキミノで食ったときに思ったんだが、飯を食う道具が粗末過ぎる。肉をナイフでぶっ刺してかぶりつくだけだったぞ。金属加工の技術が低いのか? それともこの町の流通が原因か?」
『情報が不足していますので推測でしかありませんが、マスターの世界にあったような精工なナイフやフォークは、精錬された道具で生み出された高級品に属するものです。こちらで生成するにはかなりのマジックが必要です。一方ガラス細工は、作りによっては簡単に生成可能です。試しに一つコップを作ってみませんか?』
「よし、単純なガラスコップをAI道具生成……っと。大きさは片手に収まるくらい。サイズも小さいしマジック消費も少ない。珍しいものとして売りものにもなる、か。もっと早くやればよかった。これくらいならいいよな?」
『AI道具生成。ガラスコップを生成……完了しました』
おお、見事な百均でも売ってるガラスコップを生成出来た。
「これ、マジックいくつ使う?」
『単純なものでしたから、マジックは一つ三千で完成しました。再度同一のものをもう四つ生成しましょう』
「ああ頼む。この町にも道具屋はあるよな。そういえばグラドがどこかに売りに行くって言ってたな……」
――同じものを合計五つ作ってもらい、それを持って町中を見て回ると、いかにもそれっぽい道具を売っている店があった。
中に入るとジト目で不愛想なコバルトブルーで巻き毛の姉ちゃんがいた。
「あのー。ここって買い取りもやってます?」
「……その黒い服。変な熊と同じですね」
「ああ。そいつは多分俺の知り合いだ。流行りに乗っかったけどそろそろ服を替えたいから、貴重な品物を売りにきたんだが……」
「ふーん。どれですか?」
「これだ」
「……!」
目が飛び出るほどびっくりしている。
いや目が飛び出ていると言っていい。
びっくり姉ちゃんだ。
これは間違いない。売れる!
「ここ、こここここれを一体どこで?」
「ええっとだな……親戚のおじさんの隣の家の奥さんのいとこの初孫に譲ってもらったんだ」
「は、はぁ……これはガラス。しかもこんな加工。厚みもある。信じられません」
「お、おう。俺も信じられないくらいすごいなー、なんて」
「しかも傷一つない」
「そ、そうだろ? それ一ついくらになる、かなー?」
「買い取れません」
「は?」
「買い取れません」
「いやなんでだよ! 目ん玉飛び出るくらいにいい感じの貴重なガラスのコップなんだろう? 買い取ってくれよ頼むよ!」
「こんなもの、買い取ったら捕まってしまいます! 国宝クラスのガラス細工じゃないですか!」
「国宝? こんな形の無骨なガラスコップがか? んなわけあるか」
「どうしよう。ああ、あなたこれ盗んだんじゃないですよね?」
「だから違うって! 親戚のおじさんの隣のおばさんのその隣にいたおじいさんが作ったんだって! 背に腹を変えられない状況だから売ろうとしてんの! 同じのもう四つあるぞ、ほら!」
「あわわわわわわ……どどどど、どうしよどうし……」
店員の姉ちゃんはばたっとひっくり返ってしまった。
おい。頼む金に換えてくれぇー! 倒れてる場合じゃないんだわ!
『マスター。想像していたよりガラス細工の価値が高すぎたようです。ここは代案として、木のコップとすり替えましょう』
「分かった……でもばれないか?」
『完全に気を失っている今なら平気でしょう。マスターの話術は世界最高クラスです』
「んじゃ、AI道具生成、木のコップ……少しデザインも入れた方が高く売れるだろう。貴族的な恰好良い文様で頼む」
『AI道具生成、貴族風木のコップ……完成しました』
なぜかクラウドさん共々ひそひそ声で木のコップを生成した。
さっと並べたガラスのコップと木のコップを取り換えて、店員の姉ちゃんをゆすって起こす。
「……はっ!? 目の前にガラス細工の山が……あれ?」
「おいおい何寝ぼけてるんだ。よく見ろ。木のコップを持ってきたから買い取ってくれって言っただろ?」
「あれ? 確かにお爺ちゃん作のガラスが目の前に……あれ、あれれ?」
「しっかりしてくれよ。それで買取価格は?」
「……これは随分細かい装飾が掘られているコップですね。木はトネリコでしょうか? 実に見事です。あなた、これ盗んできたんですか?」
「そうそう。ト、トルネコ。トルネコの木で出来てるって言ってた。だから盗んでないって言ったろ!」
「トルネコ?」
「それもいいから! 一個いくらになる?」
少し思案しているが、コクリとうなずいてさらさらと紙に書く。
「一つで金貨二枚でどうですか?」
「理由は?」
「装飾が細かくて綺麗なので貴族にも売れるかもしれませんが、製作者の名前が分かりません。水漏れはしないようですが、飲みやすさなども分かりませんから」
「ほう。じゃああんたが一つ試しに使ってみたらどうだ? それが理由で売れなくなるんなら仕方ない」
「……じゃあ一つ金貨三枚」
「おいおい。それで値段が上がるのは不自然だろう。あんた、これを一つ金貨十枚で売る算段なんだろう?」
「なぜそう思うんですか?」
「勘だな。俺はこのコップをいいものだと思っている。なんなら俺が持っている中で一番……二番目に価値があるだろう。それを五つまとめてあんたに売ろうっていうんだ」
「では、水を入れてみます……はぁ。分かりました。一つ金貨四枚。五つで金貨二十枚です」
「よし、それで手を打とう」
「あの……本当にガラスのコップは無かったんでしょうか」
「あったらどうするつもりなんだよ」
「私の知り合いに王宮お抱えの商人がいるんです。そちらに掛け合うことが出来たかもしれません」
「そうか。だが残念ながらガラスは持ってない。機会があればまた取引しようじゃないか。それともう一つ。このあたりに屋敷を買いたいと思っているんだがどうすればいい?」
「この道具屋を出て西へ真っすぐ進んだ突きあたりに領事館があります。そこで話を聞いてみて下さい」
「そうか、また世話になるだろうが……あんたの名前は?」
「ブルーナです。いい品を売って下さり有難うございました。変な恰好の人」
「最後の一言は余計だわ! でも着替えてから行こう」
よーしよし。まずは金貨二十一枚まで増えたぞ。
あいつらいないと最高に上手くいくじゃないか。
その足で今度は領事館とやらに……行く前に服屋に駆け込んだ。
こんな格好で行ってみろ。
追放されるに決まってる。
直ぐ近くにあった福屋で正装の服を買わせてもらった。
ついでに着替える前に水浴び場も借りれた。
金貨三枚を失い残り十八枚。
ようやくこの世界に来て、初めてまともな恰好を手に入れたぞ!
よし、今日の俺はいける。
クラウドさん様様だな。
さて、領事館とやらに行ってみるか。
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