第6話 起死回生の一打

 大野かんた 1-2 ユウキ・シンヨシヤ


 プロテニス人生において、今日まで1セットも取られたことのない大野はスコアボードに刻まれる数字を見て、呆然とする他の無かった。


 この状況を打破しなくては、という気持ちが大野の脳裏によぎる。

 目を瞑り、大野はかつての師である杉崎先生の教えを思い返していた。



-------回想 ---------------------------------------------------------------------


「おい!大野!お前は自分が劣勢になると弱くなる癖があるな!テニスってのはな、セットを取られた後のが大事なんだよ!」


 テニス始まって以来の神童と呼ばれた大野も当時3歳という年齢では、齢40過ぎで脂の乗った杉崎には手も足も出なかった。

 脂が乗っていることは、杉崎自身も気にはしており、普段の食事も植物性油を使うことを心掛けている。


「だって、セット取られたら悔しいんだもん。しかも杉崎先生容赦なく190km 代のサーブ打ってくるし、僕じゃ取れっこないよぉ」


 神童と呼ばれる大野少年に対して、杉崎はその才能に惚れ惚れすると同時に、1テニスプレイヤーとしての意地から、練習試合では大人気なく本気で勝ちに来ていた。


「うるせぇ!ガキは黙ってお母ちゃんのおっぱいでも吸っとけ!」


 杉崎は怒鳴る。


「びえーん」


 大野少年は40 過ぎの大男の罵声にただただ泣くしか無かった。


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「ガキは黙ってお母ちゃんのおっぱいでも吸っとけか・・・ありがとな杉崎」


 かつての師である杉崎の言葉を思い出した大野の目から一切の迷いが消えていた。


「さぁ来い!ユウキ!」


 勝つことが当たり前になり、次第に世間から勝って当たり前、大野だからストレートで勝って当たり前という風潮が出来ており、それは大野も同じであった。

 テニスを楽しむという心を忘れてしまっており、テニスで勝つということは、土日休みのサラリーマンにとっての金曜日に差し掛かる木曜日くらいの、ちょっと嬉しいという気持ちしかなくなっていた。

 学生で言えば、外競技の運動部における雨の日であり、外練のランニングやダッシュといった有酸素系のきつい運動から、中練の筋トレメインで比較的嬉しいというレベルの喜びであった。


 しかし、目の前ではブロッコリーを持ったタンクトップ姿のフランス人が初めての強敵として立ち塞がっており、大野は勝ちたいという本来の気持ちを取り戻していた。


 ユウキの強烈なベジタブルサーブが襲ってくる。


「15-0」


 大野は打ち返した。


 大野は本来、食べ物の好き嫌いはしない性格であった。強いて苦手な食べ物といえば、セロリくらいで後は全ての食べれる人間だった。

 その中でも取り分け、肉や魚は大好物であり、祝い事があれば寿司か焼肉は鉄板であった。


 ※ここで言う鉄板は、鉄板焼き料理を指している訳ではなく、十八番とかそっちの意味なので注意して頂きたい。また、ここでの十八番も18番ホール的な、番号のことではなく、みたいなニュアンスなので注意して頂きたい。


 ユウキのベジタブルサーブに対抗するべく、大野は肉と魚を接種することを辞め、野菜と穀物中心の食生活をすることを決意した。


「あっあれは、肉魚を断つことで辿り着く奥義・・・

ヴィーガンレシーブだ!!」


その様子を見た観客が叫んだ。



ユウキの色取りどり季節の野菜を使ったようなベジタブルサーブを、ヴィーガンレシーブで打ち返すことに成功した。

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