第3話 逆襲の無名選手

「30-30」

 パコーン

 パコーン


 第1セットは大野の圧勝に終わったことで、続く第2セットも同じく大野かんた圧勝だと思われていたが、大衆の予想とは裏腹に拮抗した試合展開になっていた。

 特に観客の予想を裏切ったのは、大野かんたの必殺技である“若ハゲボレー”が通用していなかったからである。


 若ハゲボレーとは大野かんたが点数を取りにいった強力なボレーを打つ際に、普段ははずの髪の毛がように見える様から名前がついており、得点率も93%を超えるなど大野かんたを支えてきた武器の一つである。


 しかし、このセットでは2回行い、どちらともが完璧に返されており、結果的にポイントは引き分けになってしまっていた。


「・・・あの異様なラケットのせいか?」


 大野かんたは、対戦相手であるユウキ・ヤマシタのラケットを分析した。

 緑色で、ガットの部分はテニスのラケットにしては盛り上がっている。試合序盤ではユウキのラケットにボールが触れることはなかったので、気づかなかったが、ユウキが打ち返してきたボールには濃い緑色が付いていた。


「まさか・・・奴が使っているのはブロッコリーじゃないのか!?」


 大野はユウキのラケット正体に気づいた。


 大野かんたがベストプレーヤーと呼ばれる要因はこうした分析力の高さにもある。

 IQは軽く180を超える数値を叩き出しており、六本木無差別ひざカックン事件や、北九州連続信号無視事件など、数々の未解決事件を大野の助言により、解決に導いてきた過去がある。


 この試合でも類まれなる頭脳を発揮してユウキの謎を解き明かした。


 会場のみならず、テレビ中継を含めたこの試合を見ている全観客の中で、ユウキがブロッコリーを使用していることを知っているのは、大野かんたと、使用者本人であるユウキと、野菜農家の近藤よう子の3 人だけである。


 テニスの規定の中にブロッコリーをラケットとして使用してはいけないというルールは存在していない。

 サイズや重さの指定はあるが、その基準さえクリアしていれば素材は野菜でもいいのだ。


「よう!お前気づいたようだな」


 ユウキが初めて口を開き、大野に話しかけてきた。そのままユウキは続けて、


「ブロッコリーをラケットにする利点をもう1つ教えてやるよ。こうやって試合中にスタミナが無くなったら食べることで、体力回復もできるんだぜ!」


 この言葉を聞き、大野はテニス人生で初めての恐怖を覚えた。


 自分の戦術の上を行く戦術を披露してくる相手に初めて出会ったことに加え、ブロッコリーを食べたくても食べられない自身の置かれた状況に、ただ立ち尽くす他なかった。

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