アーカイブ #3

 ミサは聞いてきた。「先生って、今どこにいる?」「多分先生の部屋かな…見てくる!」「うん、お願い!」

 私は狭い通路を通って先生の部屋を覗いた。先生は椅子に座って寝ていた。「先生寝てる…まぁ、時間外だし」

 教室に戻った。「先生は部屋で寝てたよ!」「なら丁度いいや!こっち来てー!」

 何だろう?と思ったが、ミサは楽しそうに笑みを浮かべていたのでついていった。

 引き出しがあるところに連れてかれる。

 次の瞬間、自分の耳を疑いたくなった。

「ねぇ、お金を盗もうよ…!」

 …!?!?

 今、なんて言ったの…?

 そんなこと、だめに決まってるじゃん…

「え…?」

 聞き返してみる。

「先生いないし。バレないって!」

 そういう問題じゃない。

 人のものを盗んだらするのはいけないことだもん!

「ダメだよ!」

「だいじょーぶ、ちょっとだけだから♪」

 そう言って、引き出しから3千円を抜き取った。

 いつものミサの笑顔が、歪んで見える。

 お金を稼ぐ大変さは私にはまだ分からないし、3千円という金額の価値も知らない。でも、間違っているということだけは分かった。それなのに、

「ほら、見ちゃったんだし!ゆあも盗りなよ?」

 お金を盗んではいけない。当たり前。頭では分かってた。絶対ダメ。

「友達じゃないの?」

 私の手は千円札に伸びていた。

 ミサは私の腕をつかんで動かした。

 千円。盗む。泥棒。友達。友情。犯罪。

 片言が脳の中をぐるぐる巡ってる。

 感情が纏まらない。

 ——ガチャッ!

 先生が部屋から出たみたい?

「あっ、ここから離れなきゃ…!」

 ミサは私の手を掴んだ。もう片方の手にはお札を掴んでいる。

 急いでお金をしまって、2人は教室を後にした。



 いつもの、帰り道。

 今日はペダルが重い。

 …どうしよう、どうしよう!

 家が近づくとともに、よく分からない感情が押し寄せてくる。

 警察に言ったほうがいいのかな?でも私も共犯だし捕まったり裁判になったりするのかな?お金はひとまず隠す?どこに?私の部屋の引き出し?いやもっと見つかりにくいところに!帰ったらどう振る舞えば良い?いつも通りの振る舞いって何だっけ!

 ぐるぐる、ぐるぐる… はっ!

 ——キキーッ!

 いつのまにか家に着いていた。車庫に突っ込むところだった…危ない…



「ただいまー!」(いつもみたいに…)

「おかえり〜」と母が返してくれた。

 部屋に戻った。(いつもみたいに…)

 ひとまずクローゼットの奥の方へ隠した。

 私は、クローゼットの前で突っ立っていた。

 真っ暗なクローゼットの奥を眺めていた。

 心臓の鼓動が聞こえる。頭があつい。

 耳がキーンとする。

「ごはんできたよ〜!」母の声がする。

「はーい!」と返事をしてダイニングへ戻る。(いつもみたいに…)

 いすに座り、いつもみたいにテレビを見ながら箸を口へ運ぶ。

「ねぇ、なんかあった?」

 母の勘というものは鋭い。

 口から心臓が飛び出そうになった。

「何もないけど?」いつもみたいに…平然と振る舞う。

 ご飯を掻き込んだ。何故かしょっぱかった。

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