0151:地摺り
スピード面で叶わないと……思ったのかもしれない。偽勇者は、巨大な鉈のような大ダンビラを保存庫に収納し、片手剣を手にした。さらに……盾か。うん。
しかしこいつ、舐めてんなー。
今、何回死んだと思ってんだ。保存庫から装備の入れ替え。一瞬ではあるが、逆に一瞬、無防備になる。思考停止までいかないが、保存庫を使うのは魔術を使うのと、システム的には同じだ。
しかも対戦者である俺の目の前で。距離を取ったから大丈夫? いやいや。これくらいの距離、一瞬で詰まる。それくらいの事も予測出来ないのか?
(……間宮は圧倒的な暴力でランキングを挙げてきましたから……正直、今の自分でも、ヤツの最初の一撃、挙動も軌跡も見えませんでした)
(うーん。そうなの? だからこんなに傲慢になってるってことなのかな?)
(アレを完全に見切れるのは……
(うん、そうだね……いや……討伐隊の人達の剣と、コレを比べてしまっては失礼でしょう。彼らの剣には命が掛かっている。それを理解しようとして剣を振っている。それこそどの
ヨスヤの矢を避けた時と同じ様に。俺はなまくら(聖剣)様を肩に乗せ、体勢を低く……沈み込ませる。そして体の向きを相手に合わせて縦に、斜に構える。こうすると身長が低いというか、体格の良くない、小さい自分は、ほぼ、なまくらの影に身体の主要な部分を隠す事ができる。
相手に取っては振り下ろしくらいしか攻撃の選択肢が無くなるのも大きい。こんな低い体勢……斜め下から掬いあげるよりも上から叩き潰したくなるんだろうね。特に身体の大きいバカの場合。
まあ、コイツくらいの思考では切替は難しいハズだ。俺はお前の攻撃を見切った、とも言う。
ガリリリリリリリリリリリリ
おう。さすがランキング1位。難しいと言ったやり方で来るか。
腐っていても勇者を名乗りたくなっただけのことはある……のか?
地摺り。地摺り正眼が有名だが、文字通り、下段よりも下、それこそ今、偽勇者がやっている様に地面を削りながら刃を進めるやり方も流派によっては存在する。本来足、脛を斬るのが第一で、薙刀では当たり前の様に、下段の構えからすくい上げてくる軌跡だ。
地に刃を埋め込ませて抵抗を生じさせて、それが無くなった瞬間に発生する加速力と弾き出される土塊、石塊の相乗効果も狙って……と、解説されていたけれど。音がして、さらに軌跡が目で追えてしまう時点であまり有効な技じゃ無いよなぁ。
あ。この技が現在ある程度認知されているのは、対魔物戦で有効な場合があるからだ。特に四つ足の得物に対して、死角になる斜め下からの攻撃は有効なのだ。突進系の、猪系魔物って多いしね。んーと。
対峙している相手の攻撃を瞬間的に判断する魔物はいるけれど、数秒前から予測想定して戦える魔物はそうそういない。
自分の攻撃に夢中になっちゃう感じなのかな。きっと。
石等の固い地面では火花が散り、とても綺麗だが、そんなことした日にゃ剣先がボロボロになって全面的な研ぎ直し、拵え直しだけどね。
ちゅーか、ムチャすれば一発でお釈迦確定間違いなし。貧乏探索者には縁遠い技で……ここは固めの土だから、そこまでではないだろうけど、ああ、ヤツにはこの今使ってる剣レベル、そこそこレアな片手剣なんて、単なる消耗品なんだろうなぁ。
もう、それだけでむかつく。
そもそも。こいつの通り名が「勇者」となったのは、雑誌インタビューで
「自分、ランキング1位も長いんで、そろそろ「勇者」でいいですかね?」
と、発言したのがきっかけだ。
それまでの通り名は「無双」。ぶっちゃけ、それもどうかと、思うけどさ。
探索者において、迷宮局においても「勇者」の称号は特別だ。それを非公式な通り名としてでも、使用するのなら。ああ、いや。「勇者」という名は本来自分から名乗るモノではないのだ。いつの間にか多くの人々に呼ばれているもの。それが集まって「勇者」となる。
「つまり、最初からそう呼ばれていた自分は、本当は勇者ではないってことだな。なのに、そう呼んで慕ってくれる奴らがこんなにいる。お前らの為にも、俺は勇者であろうと努力し続けなきゃならん。正直、重い。辛い。面倒くさい。放り出してゴロゴロして、ゲームして漫画読んで寝ていたい。けどなぁ……」
あの人は、気怠そうにそう言って、常に最前線で戦い続けていた。
「勇者」とは願いだ。力無き者たちの命を賭した願いだ。命を投げ出された者は……その恐ろしいまでの責任に、押し潰されそうになりながら生きている。思いは重い。ギリギリで生きている者たちに託されれば託されるほど。重くなっていく。
なんとなくで「自ら」名乗って良いモノじゃ……断じて「無い」。少なくとも、俺の中では「無い」。
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