0110:ラルファ・マズルグント 8

「ということだ、バナル殿」


「なんということだ。ランカシェ公爵家の三男坊が、そんなことに。それにしても、本当なのか? 人に化けるなど」


 勇者、ナオト・アカオギは先ほどの一件を、自分の上司でもあるこの隊の長、近衛騎士団、バナル・モードモール団長に、説明していた。取りあえず私は「その通りであります」と相槌を打つ係といった所だろうか?


「ということで、斬った。まあ、証拠はコレを見れば一目瞭然だろう」


 近衛騎士団の鎧を身につけた悪魔族。紫色の肌、そして黒目。勇者は軽々とここまで引きずってきた。


「それにしても……悪魔族か。既に伝説レベルだと思っていたが」


「おや、勇者殿でもそうなのか」


「ああ、これまで戦場で……見かけたことは無いな」


「確かに……聞いたことが無いが」


「それにしても何故……彼だったのだろうか?」


「どういう意味だ?」


「彼は……それほどよく知っているわけではないが、言動からいって、それほど大した実力も地位も無かったと思う」


「あ、ああ、確かにそうだな……」


「にも関わらず、魔族が入れ替わっていた」


「……」


「バナル殿に心当たりは無いか?」


「……無い」


「そうか。ではそれほど旨いということなのだな……堕落した人族の肉は」


「ああ……」


「……」


 は? 今、何と言った? あ? バナル団長は……今、人族の肉が旨い……と言われて頷いた……のか? 何だ? さっきのランカシェ家の三男坊の時も何かおかしかった。これは……。


「ということで、ボロが出たな、バナル……いや、クソ悪魔族め」


「何を……あ? な。この匂いは……」


「そういうこった。オマエらにだけ効くお薬ってヤツだ。ランゴを操ったヤツもお前の部下だな?」


「くっ、なぜ、わた、私の計画は完璧だったハズだ」


「舐めちゃいけねぇなぁ。ランゴの乱心の時からずっとお前がおかしいと思ってたんだ。そういう臭いがしてた」


「私の乗っ取りはどんな妨害も撥ね除け」


「撥ね除けられなかったじゃねぇか」


「くっ」


ジャッ!


 両手を振り下ろすと、そこには腕に埋め込まれていたかのように剣が現れていた。いや、団長の腕の先が剣になっているのか。変形の魔術の一種だろうか? さらに顔が歪んで……目が大きく、赤く腫れ上がったようになっている。顔の作りなんかはまだバナル団長のままだが、目は明らかに悪魔族のモノに変質していた。


「新ジャンルだったみてぇだしな。魔術では無くて、スキルの「傀儡」か」


「なぜ、それを……」


「言ったろ? ずっと前からおかしいと思ってたって。苦労したんだぞ? このためだけに、新型のスキル測定の魔道具を開発させたり。極めつけはこの、魔族によく効く思考妨害薬だ。考えている思考に負担をかけることで、全体的に気だるく、真実を話しがちになってしまう。自白剤は原理的に作れなかったけどな。お前が自滅してくれて助かったよ」


「があああああああああ!」


 人の雄叫びが……いつの間にか、魔物のモノに変質している。既に……ヤツは、バナル団長の服、鎧を身につけた魔族だ。肌の色も薄い紫、血管や筋、紋様の様な痣も、顔や腕に浮き上がり始めている。


ガッ! ギギギギ


 魔族の振り払った腕、その先に生えている剣が勇者の持つ剣、いや、聖剣に止められていた。魔族はそのまま、逆の腕、右手の剣を振上げた。


ガッ!


 またも同じ様な音がして……またも、勇者の聖剣がヤツの刃を食い止めている。おかしい……明らかにおかしい。魔族は両手、二本の剣で攻撃を仕掛けている。現に、最初の左手の剣は現時点では何も障害が無い。それを……押さえていたハズの聖剣は右手の剣を食い止め……さらに、斬り込んでいた。


 魔族の生み出した剣にヒビが入り、パリン……と砕け散った。


「なんと……」


「残念、残念だったな。聖剣グロウパルラサンカは対魔王、魔族、さらに魔剣に特化されている。特にオマエらの得意技、魔力によって作られた創成魔剣には効果絶大だ」


「ぐ、ぐううう!」


 剣がひび割れたと同時に、魔族の腹に斬れ目が生じていた。いつの間に……勇者の剣は、私如きでは剣線を見極めることもできないようだ。

 

 それこそ、自分の親の仇と言った所で、自分ではあの魔族に打ち勝てるハズも無い。現実に勇者の剣だけで無く、魔族の剣線もほとんど見切れてない。


 悔しいが。


 親の仇を目の前にして、自分で決着を付けられないのは非常に悔しい。のだが。だが。ヤツを討ち取れないことに比べたら、なんてことはない。復讐とかそういう問題ではないのだ。父が死んで、既にいないのに、ヤツが笑って生きていることが許せないのだ。


 父さん。情けない息子でごめんなさい。強かった貴方の仇を直接取れなくてごめんなさい。でも、私は、貴方の無念が晴れる瞬間を、こうして目の前で見ることのできる幸運に恵まれました。


 さらに、貴方に着せられた汚名も晴れることでしょう。その瞬間にこうして立ち会えているこの事実を、貴方の偉大なる功績と共に、皆に伝えることにします。


 ああ、良かった。本当に良かった。勇者様がここに居てくれて、我々の味方で居てくれて、本当に良かった。


 魔族の首が跳ね飛び……さらに胴体が十字に切り分けられた。切り分けられた肉片は尽く、聖剣の炎で黒く燃える。再生スキルを持つ場合を考えてのことだろう。


 本来であれば……自分の手で敵を討てない不甲斐なさを嘆かねばならない状況なのだろうけれど……勇者様と悪魔と自分の力量差に感謝の気持ちしか生まれなかった。

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