0109:ラルファ・マズルグント 7

ヒュッ! ヒュッ!


 連続して剣が空を切る。音としてはいささか情けない擬音が響く。冷静に丁寧に。剣の腹を掌で押しのける。それと共に間合いを取る。


 余裕の行動に見えたかもしれないが、即接近戦に持ち込まれていたら正直やばかったかもしれない。それくらい、剣を抜くタイミングが唐突だった。


 斬りかかられているが、この異常事態に自分はスゴイ勢いで冷めていく。うーん。これはもう、なんだ。おかしいんじゃないか? いくら何でも。


 この男は確かに短絡的な差別主義者だ。だが、貴族としての体面、上位に対する礼儀など、後先関係なくぶち切れる……なんてことは過去に無かった。


 たったあれだけのことでぶち切れて剣を抜き、さらに斬りかかってくるか? 何だ? この違和感は。


「そうかそうか。うんうん、そういうことか」


 本陣の巨大な天幕に人が入ってきていた。


 いつの間に……。


 私の気配察知には全く引っかからなかった。自分は、別に斥候系のジョブに就いているわけではないのだが、昔から周辺の気配には敏感だった。臆病だからかもしれない。それなりに……自分の命を守る程度には信頼出来る力だと思っている。


 それが全く反応しなかった。


ギュパッ


 音ともいえない様な激しい何か。一瞬……光の筋が煌めいた様にも見えた。


「な、がっ」


ガラン……


 公爵家の三男坊が……為す術無く、弛緩している。握っていた手が緩み、剣が地に落ちた。そして……肩を含めた上半身もズレて……後ろに落ちた。ある程度重量のある肉が投げ出された音が響く。剣の名手が魔物を一撃で倒した時、聞いた覚えがある音だ。


「なっ!」


 その……落ちた三男坊の身体が……いつの間にか、見たことも無い魔物の身体にすり替わっていた。……いや、これは伝説の悪魔族……か。紫色の肌。人族に近い容姿、黒目しかない目と額の魔石が特徴的だ。初めて……見た。魔王が直に命を下す実行部隊。魔王軍の近衛とも言われている正体不明の一族。三男坊に……なりすましていた? 入れ替わり? か? 


「クリアラ、お前の開発した思考阻害薬……大した効果だな」


「ヤツは……多分、下級魔族だ。だから異常に効果があった……のだろう」


 男と……女の二人組が立ってった。


 男は白を基調にした簡易なデザインの革鎧。し、白? 戦場でか? さらに今の尋常では無い剣線……もしやこの二人組、ルシアドの勇者……か? ということは、この魔術士らしい黒いコートを装備した女性は大魔導士クリアラ・ファンドランティーヌ様! かっ! 本物か!


「あ、あ?」


「おう、お前かなりのもんだな。その装備ってことは術士だろ? あそこで避けるのはよほどの実力差がないと無理だろ」


「あ、ありがとうございます、た、助かりました……」


「いやいや、別にお前は大丈夫だったハズだしな。余計なことをした。俺はナオト・アカオギ。ルシアドで召喚された勇者だ」


「やはり勇者様でしたか。剣線の鋭さに圧倒され……し、失礼いたしました、私は、ルザ王国近衛騎士団荷駄部隊長のラルファ・マズルグントであります。上官と思い手を出せずにいましたが……あ、悪魔族だったとは……ありがとうございました」


 それまで薄ら笑顔を浮かべていた勇者の顔が驚愕に変わった。


「マズルグント……ということは、お前はランゴ・マズルグントの……息子か」


「は、はい」


「そうか……すまんな。俺はお前の父を助けられなかった男だ。そして仇とも言えるか」


「!」


「俺はお前の父を斬った。信じてもらえないかもしれないが、ランゴ自身の頼みだった」


「なっ……」


 そう……だったのか? というか父さんはお祖父様が斬ったのではなかったか?


「そうか、息子か。丁度良かった……というのは、雑だな。これが運命というものなのかもしれない。ではこの後、もう少し付き合ってもらおうか。お前の父の無念を晴らす」


 そう言われたらもう、逆らえるワケが無かった。自分がここにいるのは、父の乱心の謎を解きたい、父の心が知りたかったからそれだけなのだから。



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