0108:ラルファ・マズルグント 6

 父の件に関して軍関係者、全ての者が、異常に口が重かった。


 息子である私を気遣って……だけではない。それこそ、私……というよりも我が家を嫌う、階級が遥かに上の上級貴族幹部ですら、何も語らないのだ。


 漏れてはいけない内部での不祥事(実際、市井への発表は、祖父も父も魔王軍の幹部の襲撃により王を守って力果てたとされていた)に加えて、陛下から箝口令が出されたのがその理由なのか? と思っていたのだが、それは全く違っていた。


 そう。


 口が重かったのではない。誰も、何も知らなかったのだ。全員、未だに、何故父が乱心したのか予想も付いていない。前日まで何一つおかしい所も無く、魔王軍と激戦を繰り広げていた近衛騎士団長が、次の日の謁見で陛下に刃を向ける。


しかし。


 当然、魔術によって操られたのではないか? という声もあったそうだ。だが、当時の現場の結界やそれを取り巻く環境のデータから、魅了等の呪文は使われていなかったことが判明している。その上、最終的に、強固な結界に守られた王城で術の行使は難しいと判断された。


 術で操られれば当然の様に言動がおかしくなるのだが、何一つ言葉を発しなかったらしい。元々寡黙で、敵陣に突っ込む際の雄叫びくらいしか大きな声を聞かないと言われていた人だから、言葉を発しなくても怪しまれなかったのだろう。


「大逆人の息子にも関わらず、本陣帷幕に足を踏み入れるとは、身の程知らずが。まあ、大逆人の血は拭い切れんからな。いい気になるなよ?」


 魔王軍との戦いはさらに激化。自分の率いる荷駄隊の重要性に気づかされた上層部の判断で、様々な作戦会議、及び、現地指揮官会議、及び帷幕などでの会議にも参加するように命令されるようになり始めた。すると、成り上がり者への不満や「空」属性への侮りもあってか、偉い人のいない所で私を非難する者が現れる。


 今、こうして明確に、敵意を持って接してくるのは、モドリク・ランカシェという大貴族ランカシェ公爵家の三男だった。ランカシェ公爵家は、数代前の法外な散財により、領の税収を含めた経済が悪化。その影響を未だ拭えず、商人からの評判も悪い。何度も棄借令(借金を無しにする徳政令の領主版)を発したことも追い打ちをかけている。


 ヤツは私の父が生前、近衛騎士団副長から、そのまま団長になれば、確実に左遷させられると言われていた無能指揮官の一人だった。


 あまり騎士団内部の出処進退について詳しくないのだが、それでも彼がここまで出世したのは全て、実家の影響力故だということは知っている。というか、国中の者が知っている。その手の……バカ息子のコネ出世などの貴族を小馬鹿にするネタは、酒場での爆笑間違いなしの鉄板ネタなのだから。


 現騎士団長は、全体的に優秀ではあったが、自分が大貴族出身だから団長の座に就いたことを判っている。なので、どうしても他の大貴族出身の騎士団員に甘くなっていた。


 そもそも、自分に敵意があったとしても、こんな戦場本陣で広言してしまう時点で、バカとしか言いようが無い。文字通り命綱となる、兵糧、補給物資を一手に捌いている自分に対して暴言を吐いて良いことなど何一つないのだ。ソレこそ……私がついうっかり、彼の部隊にだけ物資が届かなかったら。少しは頭をかすめなかったのだろうか?


 味方しかいないとはいえ、誰がどこで聞いているかわからないのに。


「しかも術士としても不完全、空の属性とは、文字通り中身の無いカラっぽだな。さらに自ら荷駄隊に志願するとは。荷駄だぞ、荷駄。剣で敵を倒してこそ騎士の誉れ。騎士の誇りと言われ、自らの息子の不始末を片付けながら逝ったランパート殿が泣いているぞ! ガッハッハッ」


 基本この手の声や絡みは無視するに限る。今回も当然、泡を飛ばしながら笑い始めたモドリクの一切を無視して他の会議出席者が揃うまで、外で待機していようと、立ち上がった。


「貴様、公爵家をバカにするか!」 


 ……会話が繋がっていない。今の今まで笑っていた者が、なぜかいきなり激昂していた。私の態度が気に入らなかったのだろうか……バカが、帷幕内でいきなり抜刀した。


 ギラギラ装飾過多なお飾り剣に、灯りの術の光が反射する。


 どうしようか。避けるか。


 幾ら術士とはいえ、こんなヤツの剣を喰らわない程度の鍛錬は積んでいる。荷駄隊に配属されているとはいえ、戦場に出ている以上、自分の鍛錬は欠かしていない。行動力を錆び付かせるわけにはいかないのだ。


 実績に裏打ちされた、単独補給の要請も増え始めている。それこそ、失敗すれば何百、何千人もの騎士達が命を落とす。


 敵対したときだけではなく、常に戦う準備をして行動していたのを覚えている。




 

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