0107:ラルファ・マズルグント 5
唐突な父の叛意。
その理由は一切不明。残された家族、血族にも調査結果の詳細は伝わって来なかった。
取りあえず俺は……外にいたのでは本当に何も分からない、と、近衛騎士団の荷駄隊に志願した。陛下の恩を仇で返した父の分も、ご奉公したい、近衛としては実力不足故に荷駄隊で、という手紙を、元、祖父の部下として面識のあった人に送ったら、あっという間に願いが叶ってしまった。
基本的に軍の中でも荷駄隊は平民で構成されており、地位も低い。剣を振り上げ戦わないというのも論外となっている。まあ、つまりは、そんな名誉も誇りも得られない部署は平民にでもやらせておけば良い……という考え方である。
これは別に珍しいモノでは無い。暴力至上主義の封建国家社会に於いてはしばしば見られる傾向だ。
そんな各種要素もあり、非常に幸運だったのは、近年は近衛荷駄隊には爵位持ちがいなかったため、いきなり、部隊長を任されることになったことだ。
そう。その時、自分は、祖父も父も亡くなってしまった今では、マズルグント男爵家を継ぎ、家長となっていた。
それまで頑張ってくれていた平民の部隊長を押しのける形となってしまったが、その辺は貴族制、階級制の理不尽が染みこんでいる。比較的混乱無く受け入れられた様だった。
荷駄隊の部隊長というのは、社会的な立場、地位はサッパリだが、部隊への権限や、行動の自由度ということでいえば、個別の騎士団というくらい、自由度が高い。大筋の大行動は騎士団上層部からの指示通りとなる。まあ、当然だ。荷駄隊の都合で動くことなど一切無い。作戦行動の都合で翻弄されるのが常だ。
だが、それを押さえてしまえば自分の意志である程度、細かい差配を指示することができるし、何よりも独自行動も可能となる。
自分は本職の騎士ほどではないが、剣もそこそこ、何よりも身体強化の術が使える。戦場のドサクサを利用して、気配を消し、籠城している味方の陣地に単身潜り込めれば、補給が完了することに気が付いたのだ。どんなに激戦区でも、単身でしかも身体強化を使用して、であれば大抵どうにかなる。
部隊長自ら現場に立つとは、なんて副官達のお小言も頂戴したが、これによって碌な武装を持たない荷駄隊が、敵軍や盗賊に蹂躙されたりしていたのが、ガラッと改善した。
自分と荷駄隊で分担すれば、これまでの二倍以上の物資が運べるだけではない。荷駄隊員が武装して囮として敵を引きつけている間に、自分だけで単独補給を成功させるなんていう、これまでなら考えられないやり方も成立させた。
ヘタすれば兵が飢えるなんて不安定な状況すら有り得た最前線の現場が劇的に改善し始めた。
さらに、実戦を、先頭に立って修羅場を何度もくぐり抜けたせいか(当然敵兵との交戦も何度も経験した)、あっという間に保存庫の容量が増加していくのも嬉しい付帯項目だった。早々に荷駄用の馬車なら五十台分は一人で何とかなる様になってしまった。この物量は、一個騎士団が丸々一カ月活動可能となる。
ちなみに、我が荷駄隊の物資最大積載量、保有量は荷馬車六十台分だったので、それがほぼ倍になったわけだ。ムチャクチャだ。
当然、私の実力に関しては近衛騎士団長並びに上層部のみ共有され、極秘事項とされた。
とはいえ判る者には判る。
この状況が、誰の、どんなに行動によってこうなっているのかが。幾ら馬鹿でも、これまで上手くいっていなかったあらゆる状況が好転し始めている原因が、自分たちが馬鹿にして、兵力や予算を割かないで放置していた荷駄隊=補給にあると理解し始めていた。
モノが円滑に動ける様にしただけで、ここまで戦闘が楽になるのか、と。
当然、それを率いている私の力……は認めたくない者も多い。なぜなら、自分は魔術士の中でも空属性。外れモノだからだ。これまで、マズルグントの跡取りは剣では無く「術」。しかも空っぽだからな……などと、男爵家の存続すら危ぶまれると噂していたような者たちも多かったのだから。
そりゃね。騎士爵を飛ばして男爵になったような新興貴族だものね。やっかみが多いのはどうしょうもないのだろう。さらに、貴族としての所謂「お付き合い」、社交界とはサッパリ縁も無かった。
そうして多少の無茶はしたものの、何とか祖父や父に近かった者たちと、普通に話が出来る所まで入り込んでいった。
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