0105:ラルファ・マズルグント 3

 この頃の自分はちょっとおかしくなっていたのかもしれない。あまりちゃんとした記憶が無いのはそれ以来、どこか呆然としていたのもあったと思う。


 が。それでも修行は止めなかった。コツコツと妥協せず。出来るのなら、限界を超え、日々の修行量を増やしていった。


 魔力の最大値が多いのもこの修行に没頭できる理由の一つだったろう。魔力を練り込むのも、詠唱を繰り返すのも、それを短縮するのも、物を出し入れするのも。魔力量が多くなければ如何ともし難かった。


 そんな毎日が三年続いたある日。何か予感の様なモノを感じた私は、師に立ち会いを願っていた。自分の修行に意味を感じてくれているのは師のみだと思う。なので他の人は呼ばなかった。


 いつもと同じ様に保存庫の術を使う。空属性で確認されている唯一の呪文であるこの術。正直、空術の評判を下げ、使い勝手の悪いモノにしているもっとも大きな理由はその保管量なのだが、他にもいくつかある。

 詠唱する呪文数の多さ、長さだ。どんなに詠唱破棄しても、詠唱短縮しても、思考速度を上げても、三十秒は掛かってしまう。それでは戦闘時などの緊急使用は不可能だ。まあ、そりゃ、それだけ苦労しても、寝間着程度の重さ、大きさの布を取り出せても……ってことなのだが。

 


 それまであやふやだった違和感が明確になりハッキリした。これは……もっと入る! 何か閃くように確信した私は、机の上に置いてあった数冊の本を手にして”既に寝間着が収められている”保存庫へ入れようとする。普段ならスカされるはずの行動が……成功した! 収まった! 本が……数冊って、正確には三冊! いや、まだ入る。ここは師の部屋なので壁の棚に多くの本が置いてある。

 もう一度、二冊掴んで入れる。まだ、入る。もう、二冊……もう……二冊……。ここまでか。九冊! っていや、そういうことじゃない。そういう……。


「ラルファ」


 師が驚愕の顔でこちらを見ている。そう、師は自分の唯一の属性である、空術をよく知っている。何故なら師は水と風(この2つで氷の術が使える様になる)のギフトに加えて、空属性を持っているからだ。三属性持ち「レグーエ」。何万人に一人の逸材と言われているが、師匠は通常二属性持ちと同等に扱われていた。争いを好まない温和な性格のため、どんな対応にも揉めずに過ごして来たというが、心の奥底では忸怩たる思いも積み重なっていたのかもしれない。


「当然ながら、水も風も、ましてや氷も未だ研究途中。空に手を出せる時間がなかったのじゃ」


 以前、何故自分の修行を許してくださるのか訪ねた際に教えてくださった。


「し、師匠……」


「うむ。古代はともかく……長年……数百年以上、冷遇されていたため、空の属性を鍛錬する者がいなかった証拠じゃな。胸を張れ、ラルファ。お主は、これから空魔術の第一人者となるのだから」


 とは言っても不遇属性。


 保存庫等とは名ばかりの、もの凄く小さい良く判らない魔法の袋が生み出せる”だけ”の術が、修行により、大きな袋に出来た”だけ”だ。


 しかし、確実に。成長することがわかった。ここからさらに大きく出来る可能性は高いだろう。これでまず、研究者が増える。これは間違いない。なので、新術が発見、開発されるかもしれない。保存庫以外の術が判明していないのもこの属性が不遇と言われる理由でもある。


 まあ。保存庫以外にも、当然術は有ったはずだ。保存庫が修行により保存庫(中)になったのだ。空間にまつわる他の術が無い方がおかしい。


 と。その日は師匠と共に歓喜した……のだが。


 まあ、保存庫(ちょい成長)が使える様になっても……正直、魔術士という職業の周辺状況はあまりいや、全く変わらなかった。兄弟子たち、そして、私より後に入ってきた後輩の認識も空=カス、クズのまま、変わっていない。


 自分にしか使えない時点で検証が足りないし、本が数冊負担無く持ち歩ける様になったぐらいでは、まだ笑いのネタを提供しただけに過ぎないのだ。


 そもそも、最低条件として、一定以上の魔力量という下地、才能がなければ……空の術を鍛えることすらできない。そりゃ……実証できる人間が私だけでは、データなど集まらないか。サンプル例が少なすぎる。


 まあでも。それでも、良かった。


 私は着実に……第一歩は踏み出せたのだから。


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