0101:母親

「まだまだだな」


 声が聞こえてから……それが誰かが俺に声をかけてきたのだと理解するまで、少々時間がかかった。


 黒き戦士は……いつの間にか消え去っていた。魔力切れだろう。そのまま、俺は、なまくら聖剣を片手に……そこで立ち尽くし、泣いていたようだ。


「戦場で泣き、意識を外すとは……まだまだ子供だったか」


 いやいやいやいや、何言ってんすか。高校生はバッチリ子供じゃないかな。というか、自分は一生貴方の子供だと思うんですが。その辺、どうなんでしょうね?


「か、かか、か、母さん!」


「ああ、何だ」


 背後に俺よりも小さい女性。ああ、背の低い女性という意味での小さい女性だ。この人は……確か既に三十代半ばのハズだが、外見は十代後半、二十代前半の頃から全く変わっていない。トレードマークの白衣。……正直、小学生の給食係にしか見えないが、それは言うまい。


 顔の特徴なんかは……薄ぼんやりと霧が掛かったようにハッキリ見えない。認識阻害の術が幾重にも使用されているハズだ。これは、白衣に付与されているので、職務中は常にこうなっている。


 まあ、さすがに俺は母親の顔は判っているけれど。純粋に美形だ。あり得ないほどの。童顔だけど。正直、この顔を見慣れていると、TVなどでアイドルや女優さんに対してキレイだ……なんて感動することが少なくなってしまうくらい。正直、このせいで面食いではないと思う。顔に対して一切価値を見いだせなくなってしまった。魔術や魔導具を使えば認識をごまかせるのを知ってしまうと、外見、ルックスなんて……意味ないんだよね。逆に変に目立ってしまって、ストーカーとか誘拐とか、マイナスの要素が多過ぎる。


 自分は、普通の……ノーマル顔で良かったと思う。


 ヨスヤファンだったのも、探索者として頑張ってるからなんていう付加価値の方が大きい。彼女、世界レベルでかなりの美形だと思うんだけどね。うん。


「これ、せ、せい、せいけ、んですよね?」


「ああそうだ」


 うん、ですよねー。


「……ありあ、がとう、こざいまた」


「お前は元々、洞察力と反復力に優れていると言ったハズだ。にも関わらず、あんな偽者に、持久戦とは」


 うわ~それは、聖剣を渡された時に気づいて無かったのを怒ってるのかな? そうなのかな?

 

「まだまだだな」


「は、はあ、い」


 ははーその通りでございます。


「ええ~だってさ、火竜だったんでしょ〜最初は。それ倒して、直後にあんなの出てきちゃったら、どうしょうもなくない~?」


 いつの間にか、対照的な……母さんの横に背が高くひょろ長い女性か立っていた。母さんが、多分、身長155センチくらい、こちらは確実に180センチはある、と思う。腰まで届くストレートのロングヘア。多分レアモノか、それを改造したゴツイ黒いロングブーツ。黒い革パンツに白いシャツ。目つきが悪いが……まあ、美人の範疇だろう。手には愛刀をぶら下げている。


「あ、お、ぱ、パー、ティを」


「ん?」


 母さんはそれだけで察してくれたようだ。パーティに誘う。あ。入って来た。


 メンバーは母さんとマシロさん。甲田さんは外した。今、倒れてるし。回復させよう。というか、母さんがいるのなら当然、その手の人たちも……あ、そうか。まだ偽勇者が居たんだから、抵抗力の高い者しか、迷宮に入って活動出来なかったのか。


(母さん、いつから……見てたんなら手を貸してくれてもいいのに。あ、火竜なんですけど。一匹丸々結構綺麗な状態でしまってあるので、迷宮局で買って下さい。ついでにマシロさん、お久しぶりです)


「え? お? おおー? まじで? 何これ、ヤスチン、パーティ会話だとこんなに流暢なの?」


 そうだね。母さんも一瞬驚いた顔をした。パーティ会話は探索者でなければ使用出来ない。俺がこんなに流暢に話すのを聞くのは始めてか。


「靖人の会話障害は呪いの類だと言ったハズだ。なので、思考で繋がる分には呪いという壁が介在しない。幼少期よりあれだけ知恵が回り賢いにも関わらず、発音機能が意識的に生育されないのはおかしいと思っていた」


 あ。なんか、感情がぶれ……た。母さんが動揺している?


(あぁ、ここに着いたのは思念体の消えるほんの少し前だ。火竜は迷宮局で買い取ろう。靖人、頑張ったな)


 ……。


 顔が赤くなったのが判る。え? あ? 今、頑張ったなって褒められ……た? 母さん、母はぶっきらぼうで効率的で、簡素な、単語を並べた様な話し方をする。


 感情的な……いや、あれ? 純粋に単純に、褒められたのって……生まれて初めてなんじゃ……。


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