0100:ほんの少し、理解出来るようになったかもしれません
「戦闘」なんて狂ってるヤツのすることだ。
ドキドキするとか、辛いとか、痛いとか、アドレナリンがドバドバとか。そんなの、俺にとっては見返りが小さすぎる。
「惚れた女がいてさ~結婚して。薄給のサラリーマンでさ~子どももいてさ~で、ずっと、ダメなお父さんなんだからって言われてさ~それでも趣味は仕事ってくらい仕事して、子どもを大きくして。そんなの嫌だ……と思ってたし、ありえないとまで思ってたな。少なくとも俺の親父はそんな親父だったからさ。でもよ、それがさ、本当は一番すげぇし……今は憧れるわ。どうせなら、薄給でも公務員の方が安定してていいかもなとか、よ。何十年もかけて作り上げる、英雄譚っていうのは、そういう、家族の歩みを構築出来る男、女、まあ、なんでもいいや、そういう大人ってことよ」
ああ、そうですね、本当に。完全に同意します。そうですとも。殴り合い斬り合いで戦うなんて狂ってるヤツの所業。
ガスッ
ああ、力が既に……最初の半分程度しかない。スピードはなんとか保とうとしているけれど。振り下ろすその一撃が軽すぎる。
狂わずに、生きていけるのが一番イイのでしょうね。俺もそう思いますよ。まだまだ高校一年生。若輩者ですが、ここ最近特にそう思う様になりました。
迷宮以前の職で探索者という仕事に近いのは、探検家、冒険家、格闘家、傭兵、暴力団員なんていう肉体労働+ギャンブラーだろうか? 山師? 兼業で無い猟師、賞金稼ぎ? とか……も、か。
正直、普通に生活している人間としてはあまり係わりたくない人種だ。粗暴にして乱雑。我が儘。少しでも隙や隙間があれば、常に裏を掻こうと狙ってくるヤツも多いだろう。尋常じゃない。中には冷静に裏をかいてくるなんていうヤツもいるわけだし。
それを日々の糧、生活の手段とするわけだから、心理状況は普通ではいられない。事実、探索者の死亡確率は高いし、離職率も高い。
多分、自分達でわかったつもりになって辞めていくのだろうけれど。実は大いなる勘違いに過ぎない事も想像に難くない。
シビアな現実。やってみなければ判らない現実。魔物とはいえ……生物の生き様を断つという行為で成り立つ職業。
一番、上手く折り合いを付けているのは、主婦探索者と呼ばれている、奥様方かもしれない。
まあ、でも。ここに迷宮がありますからね。そこには戦いがあって。さらに、迷宮の外にも影響が出てしまうなんていわれたら。
貴方なら。
戦える者が戦わなくてどうする……。
と、言いそうですからね。そうなんですよ、奇遇ですね。自分も貴方ほどではないですが、戦える体で生まれて来てしまったようなんです。嫌だの何だの言ってられないじゃないですか。違います? 違いますかね? そうですか。違いませんよね。
でも。確かに貴方の言った通りでした。
私も、今は、小説や漫画を読んで、ゲームをして、TVでバラエティ番組を見て。毎日それだけをして過ごせたらいいのになぁ~と心の底から、思います。ああ、これはもしかしたら、貴方の息子として受け継いだ素養なのかもしません。そう考えると、少し嬉しく思います。
さらに、愛する女性がいて、結婚して、子どもが出来て。奥さんになったその人に「もう、本当に仕方ないんだから」「お父さんみたいにぐーたらになったらダメよ」なんて言われたりして、それでも、毎日、同じ様に、命の危険などあまり考えない仕事をして。ちょっと余裕が出来たら犬を飼ったりもいいですね。その辺も似ているかもしれません。
「ワイルドウルフってさ、犬だよな。犬。慣れねぇかな? 飼いてえな。子どもの頃から飼えば、魔物だって飼い主のことを尊敬するようにならねぇかな?」
と、言っていた気持ちも結構、理解出来ます。
ガギッ!
ついに、捉えた。ああ、うん。黒い聖剣が……俺の持つ、歪んだなまくら聖剣に……完全に捉えられた。把握する。剣を回転させて……自分に向かっていた刃の方向をずらして、振り下ろした先に黒い勇者の足先が擦るように誘導する。
ああ、父さん。そうですね。
平和な世の中っていうのはどれだけ尊いモノなのでしょうか?
欲求は人間が動物として生きて行く為に必要なモノだそうです。その中には当然、闘争心、略奪心、等の「闘う」と言うことが含まれています。まずは、それを押さえ付け、理性的に、論理的に、会話による粘り強い交渉を重ね。明文化し、本能を理性で制圧する高尚な思考回路を身に付け。
迷宮の。魔物の。戦争の。暴力の。必要の無い社会を作り出す。
それを生み出すのにどれだけの英霊が命というリソースを失って、それを維持するためにどれだけの力が必要なのでしょうか? 教えてください。今なら、やっと。やっと。貴方が背負うと。全てを……自分が背負うと誓った理由が……やっと……。
ほんの少し、理解出来るようになったかもしれません。
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