0099:憧憬
「ナオト様」
ああ、自分の声が頭の中で繰り返し鳴る。自分はなぜ、あの時、これくらいのことが出来なかったのだろうか? と。そうすれば、憧れのあの方と共に、最終決戦に向かうことが出来たのだ。
それを後悔しても遅い……ということか。そう。時の流れは無情で、取り戻すことは出来ない。判ってる。だが、だけど、どうにも……どうにかしたい。判っていても。
ガツガッガキッ!
黒い勇者の攻撃は、徐々に、徐々にだが迫力に欠け始めていた。一撃の重さが変わる。軽くなってきている。というか、全体の質量が減っているとでもいうのか。一撃、二撃、三撃程度は当たり前の連続攻撃が続いたのが、それが一撃、二撃で動きが止まる。
く。くそう。逆に……次第に悔しく、ちょい悲しくなってきた。
自分の憧れが力衰え、墜ちていく所を見せつけられる……というのは思いの他、心を抉ってくる。そういう精神系の呪文なんじゃないか? と思えてくるくらい、ヤバイ。腹が立ってくる。なんでその姿をしている。黒いとはいえ、その姿をしていたら、最後まで、最後まで勇者であり続けなければならない。それが、勇者だ。
勇者は。
強くあらねばならぬ。優しくなければならぬ。賢くなければならぬ。聡くなければならぬ。
ビシッ! ギン!!!
「バカが。そんな聖人君子みたいなヤツが、勇者になれるわけねぇんだよ」
「いいか、勇者っていうのはな。助けられた奴が、勝手に、てめえの心の中で祭り上げる者だ。で、その祭り上げられたヤツは、それに答えなければならない。答えられなければ、それはもう、勇者じゃねぇんだよ」
「だから俺は、勇者なんて名乗ってはいるが、それは判りやすいからってだけだ。別に正しくあろうなんて思ったこたぁねぇ。俺は俺のやりたいようにする。それで付いてくるヤツがいるかどうかって話だ。別にいなくても構わない。時間はかかるかもしれねぇが、俺は俺一人でも魔王を倒す。ヤツがいると泣くヤツが何人かいるからな」
ガス! グバンッ!
「正義なんてモノを掲げる様なヤツは……大抵が嘘付きだ。俺の知ってる弱えぇヤツらを、殺そうとするクソから守る、守りたいってだけの方がシンプルでいいだろ? あと、惚れた女を守りたいってのも大きな理由だな。そんなヤツらが安心して暮らせる世界にしておきたいっていう……のは後付けだな」
「ああ、ちきしょう……ゲームしてぇなぁ。毎日ボーッとして、眠くなったら寝る生活がしてえなぁ。ラノベとか漫画読みてぇなぁ。あのアニメの第三期、もう終わったんだろうなぁ。獣臭ぇし。というか、遠征で何が嫌って、風呂とかシャワーにありつけないことだよな。それにしても、魔物倒すの面倒くせぇなぁ。まあ、一番面倒くさいのは、自分では一切戦わないのに、歴史とか権利とか地位とかで俺に指図するジジイやババアがうるせぇことだな。というか、なんで偉そうなんだよ、あいつら。クソ許せねぇ。なので、アイツらのことをこき下ろして酒場で大盛り上がりしねぇと、明日戦う気にならねぇ」
「バカ。酒を飲んで正気を失うからこそ、自分の気持ちが明日に繋がるんじゃねぇか。いや、酒を飲んでいるとき、飲める余裕のある時っていうのが正気なのかもしれねぇ。お前は知らないだろうが……魔物に怯えずに夜を過ごせる世の中が絶対に作れるハズなんだ。俺はそういう世の中を知っている。まあ、つまり、常に魔物と戦い続けて生きるなんていうのは、正気じゃできねぇ。出来ても普通じゃねぇ。狂ってるから戦えるのなら。それはそれで仕方ねぇ。狂い続けるしかねぇだろ」
狂ってる。狂ってるよ。低い体勢から、聖剣を受け流し、そのまま接近して引かせてから、こちらも同時に後ろに下がる。
ギギギギギ……
剣が。止まる。黒い偽聖剣が、俺の合わせた素振り用の聖剣で止まる。いなされないように、必死で力勝負に持ち込みたいんだろうけど。それはゴメン、付き合えない。相手の攻め気に合わせて、一瞬で脱力。
コントでずっこけるのと同じ様なポーズでガクガクと躓く形になる。ああ、ここで追撃できれば……と欲を出すと確実に攻め込まれる。
こんな劣化コピーであっても……貴方の力は……十分に伝わって来たし……いまも来ている。俺は後の先とか狙わずに唯々、亀のように、その一挙手一挙動を潰して回っているから、なんとかなかっているだけだ。
攻撃を捨てていないようで、捨てているというのは結構難しいんだよね。相手の隙にきちんと、闘気というか、攻め込む気持ちってヤツをイチイチ撃ち込んでおかないといけない。でないとバレちゃうからね。偽装欺瞞。判っていても……純粋な剣士、戦士には決断しにくい戦い方だ。まあ、でも、俺、魔術士だしね。うん。その辺さっぱり関係無いよね。
勝てばよかろうなのだ。
勇者の気持ちは……まだ理解出来ない、というか無理ですけどね。でも、でも、狂うというコトがどういうことなのかは、やっと判ってきた気がしますよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます