0098:いなす

 まあ……もう、どうでもいいや……。今はいいや。余りのことに取り乱した。


 大事なことは、いま自分の手の中に聖剣に対抗出来る武器があること。受け流せる手段を手に入れたこと。それだけだ。


 そして……それは凄まじく大きい。助かった。ほんと、助かった。


 さらに大事なポイントがもうひとつ。ヤツは既に最初の七割程度の力しか発揮出来ていない。と思われること。よほど、あの姿はコストパフォーマンスが悪いと見える。


 そうだよなぁ。凄まじかったもんなぁ。全てが規格外で。って弱くなったといっても、まあ、それでもさっき、致命の一撃を喰らいそうになったけどね。


 まあ、とはいえ。ギリギリとはいえ、光明は見えてきた。ああ、そうだね、ありがとう! 感謝してます、毎日してます! 母さん、父さん! 今もします!


ガッガッ! キシッ!


 二撃。剣にまともに喰らった。そして三撃目。受け流し、力を逸らしていなす。そしてその後の隙を……ちっ速ぇ、まあ、そんな甘くは無いわな。


 だが、いなせる。受け流せる。自分から攻撃を仕掛けないのであれば……どうにかなる。


 俺が武器を手に入れ、攻撃に対処出来るようになったのを理解したのか、感じ取ったのか、若干攻撃が慎重になったようだ。


 さすが。というか、さすがにそれくらいはしてくれないと、か。根本的なパラメータが足りてないのだから、戦い方くらいはって所だろうか?


 魔物とは一味違う。腰を落とし、これまたいつの間にか手にした違う盾を正面に。あ。そうか。盾のランクが……最初よりもかなり落ちている。超激レア盾がレア盾になって……現在はそれなりに良い盾……だろうか? というか、あまり見覚えが無い。


 剣は後方に。剣が盾と身体の影に入っているので完全に俺の視界から消えている。


 この構え、探索者の起こした、片手剣と盾を主に使う流派、メーヌ流だか、セール流だかにもあった気がする。


 視覚を頼りに闘う場合にはかなり有効だと思う。バッシュ気味に押し出した盾。ついでに視界を塞ぎ、若干でも退いた隙を目掛けて剣を突き出す。その際、体を入れ替えるので思っているよりは突きの射程が長くなる。

 

 まあ、感知のある俺には今さらなのだが。


 戦闘開始時に比べて、ヤツの動きは確実に鈍っている。感知で捉えきれなかった動きが、ギリギリなんとか、感じられるようになっていた。


 突きをこちらも体を入れ替えながら避ける。その際手癖の悪い攻撃がちょこちょこ繰り出されるが、聖剣様々である。強引にぶち当てて、丁寧に叩き落とす。なんていうか、金属の塊化してくれてて良かった。ちゅうちょ無く、迎撃にぶつけることができる。


 斬れない聖剣で攻撃しようと思うのは、本来無謀でしかない。しかし、この聖剣はヤツの魔力製の黒い聖剣で断つことも破壊することも出来ないようだ。ならば、何とかなる。


 意識を完全に防御に切り替える。


「負けないだけ」の闘い方は心構えが全く違う。実は日本の武術、剣術に於いては非常に珍しい。流派によってはそんな闘い方、心持ちは存在しない所もあるくらいだ。


 足を広げ腰を落とす。右肩に担ぐ様にボロイ聖剣を載せる。低く低く。人間型の敵と戦う場合、低いというのはそれだけで有利だ。


 俺の見てきた様々な流派。自分より大きい相手への型や特訓は多々あったが、小さい相手に対処するための特別なモノはほぼ無かった。


 下段への攻撃、防御など、攻撃法や対処法は豊富だが、そもそも「小さい人、さらに大蛇や大蜘蛛、ゲジゲジ等の高さの無い敵」に対応した型は余り見たことが無い。


 戦わないしな、そんなのと。人間の弱点を攻めてくるのに、有効な対処法が余り存在しないから、ゴキブリは異常に嫌われるのだ。


 当然、それは破天荒が売りの勇者にとっても想定外だった様だ。動きが止まった。が、それも一瞬。自分も体勢を低くして攻め込んでくる。


 ああ、うーん、不正解。俺がこの構えで、動きが悪くなったなら、良かったんだろうけど。


 構えが低くなったとはいえ、そこに至る所作、そこから攻撃に至る所作が低さに合わせたモノでないので、なんら脅威にあたらない。

 伊達に低身長な子供のうち(今も低身長だけど!)から、大柄な大人たち相手に稽古を積んできていない。


 上からの斬撃を、膝下の筋肉をフル稼働させて避ける。当然、黒き聖剣の剣先は 大地を穿つ。そこから跳ね上げて返しが来る。


 大地を穿った瞬間、当たり前だが、カクついたその一瞬が、大事なのだ。

 

 その一瞬で、身体の向きを変える。半歩踏み込む。剣を若干ずらす。折角、壊れない剣=聖剣を手に入れたのだから、それで……と思うかもしれないが、膂力が大きく違うのだから、出来る限り避けた方がいい。向こうに「剣ではじかれる、いなされる可能性もある」と思わせられれば良いのだ。


 一瞬の積み重ねが先回りの手掛かりとなる。それが次第に、実力的に未だ圧倒的な差を感じる相手との闘いで、一番大切なモノを導き出してくれる。


 これは余裕、いや猶予だ。


 余裕は慢心につながる。が。それが分かっているのなら。


 気持ちの猶予が次に取るべき行動の確度を上げてくれる。


 結果、生きていられる。



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