0091:急転
!!!
(なっ! いや。ちょっと待って。何か……いる! まだだ!)
(えっ? あ、はっ、あ、あ、こ、これ、は)
(甲田さん、急いでこの階層を離れて! 魔力を吸収されてる!)
くっ。なんだ、これ。なぜここで……魔力吸収……しかし、これも懐かしい。
魔力とは、気力、生きるという気持ちの塊でもある。それを根こそぎ奪われれば、文字通り「気を失う」。
迷宮で良くあるのが、魔力吸収床、魔力吸収罠。初心者が引っかかって気を失い、魔物に襲われて命を落とすことで有名だ。
まあ、それらは罠として局所集中、しかも吸収される本人が触れるとか、面倒な制約が大量にあったはずだ。ちなみに、広範囲魔力吸収呪文や罠……なんてものは存在しない……と思う。少なくとも知らないし……それがあれば、使いこなせれば、魔物を倒すのはスゴク楽なのに。
というか、あまりにいきなりで甲田さんに「離れて」なんて言ったけど、そりゃ無理な相談だ。この魔力吸収は……この階層全てで起きている様だ。逃げ場などない。
つまり、今、目の前で起こってる現象は「異常」……いや、その上だから「超常」だ。
火竜の倒れた場所に、小さな渦が揺らめいている。魔力は全て、そこに吸収されている様だ。
あ。
お、思い出した。「新生は強者に恐怖を
そうか、そういうことか。
この詳細を伝える者が……誰もいなかったんだな? 竜種という強大な敵が存在した上に、さらにその上とは。迷宮、そしてその階層にいた者、ほぼ全てが消えてしまうのであれば……口承では伝わりようが無いか。
それでもなお、断片とはいえ関連情報が伝わっているのは、出口近くにいた者が逃げ出せたとか……だろうか?
しかし……あれが……強者の「恐怖」……って!
嫌なこと閃いちゃったな~こりゃ。
俺の想像通りなら……ヤバイヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ! そういえば、俺の悪い予感はもの凄い確率で当たるんだ。
ドドド、どうする?
あ。甲田さんの意識を感じ無くなった。気を失ったか。討伐隊の面々も同じ様に気を失って行ってるハズだ。
俺の魔力は……そこまで減ってない。まあ、竜退治の時に色々と能力アップとか、防御系の術も掛けまくってるからな……。基礎となる魔力防御値、対抗値も高くなってるだろうし。干渉を防いでいるのかもしれない。
それにしても……。
こりゃ……このフロア、いや、ひょっとしてこの迷宮の複数階層……いや、迷宮全ての生物から奪ったのか?
魔力を。
どうやって? どんな絡繰りというか、仕組みでそんなことが? 迷宮は階層毎にゲートで結ばれているが、そこに連続性はなかったのではなかったのか?
本当なら……逃げの一手。だろうな。というか、逃げるしかない。それくらい絶望感がスゴイ。
まあ、でも。
甲田さん、総長を含め討伐隊の精鋭をこのまま見捨ててってのは……無しだよなぁ……。
魔力を奪われ意識を失っている彼らは、そのうち迷宮に吸収されてしまう。現在はその迷宮自体の魔力もあの渦に注ぎ込まれているから……しばらくは動きはないだろう。でも探索者や魔物の死亡と同じ扱いで……再度、ある程度時間が経過し、動き始めれば。吸収はまぬがれない。
あ。
というか、負けられ……ない……な。
それにしても一度に膨大な魔力が集められた様だ。存分に注ぎ込まれ……目の前に「俺」の恐怖が具現化しようとしていた。
やがて、とはいっても、それは俺の体感時間なだけで、実際にはコンマ数秒間で、魔力は形を整え始めた。
形作られて行くのは……黒き戦士。
革鎧に見えるのは皇ミスリルと呼ばれるミスリル鉱石の中でも稀少な魔導金属を使用した、聖なる鎧一式。金属にして革の様な柔軟性を持っている。
盾はアーズラースの呪いを解くために、暗黒神ガクーラが加護を与え、自らの小指を混ぜ合わせて作ったと言われているクリアラの盾。
そして。太陽神を助け出すため、光の鍛冶御子ホーダーが鍛えた聖剣グロウパルラサンカ。
あの勇姿を、あの尊敬すべき姿を真っ黒く塗りつぶした戦士……が立っていた。
距離はいまだ、それなりに離れている。アレではまるで影で、その上逆光で、詳細はイマイチハッキリ見えない。が。あの見姿は見間違うはずがない。
覚えている、覚えている、覚えている。
忘れることなど出来るハズが無い。見間違えることなどあり得ない。
ああ……。違うという、いや、そもそも人でも何でも無い……ということはハッキリと判っている。根幹は魔力の塊だ。
それでも。涙が溢れてきた。憧れ追い続けていた。背中に届けば……と想い続けていた。だが、自分では戦闘能力ではどうにもならないと諦めてもいた。だからこそ、少しでも役に立てればと、なんでもやった。
言われる前に動く自分に毎回「やれやれ」という顔をする彼。その表情、目や口の動き、形、全てを覚えている。
アレは俺の……いや、紛うこと無き、私の「勇者」だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます