0090:髪は大切

「お前が悪いんだからな。暴れっから」


(エーベリーアーベルユスガーエルキウセイオアォフィウクラーズ……)


 原文はこんな発音になる。さずがに、こんな、普段使わない珍しい呪文は翻訳して短縮なんて行っていない。詠唱は……魂に刻めばいいので口から発声しない。向こうの言語のまま、しかも古代語で唱えることでも術は発動する。というか、ぶっちゃけ、こちらが正統な呪文なのだから、正確性はこっちが上だ。


 流れるようなしらじらしい単語で神を崇め奉る。神の武器をちょびっと、ほんのちょっとお借りしますよ? と土下座しながらよろしくねと、お願いする。よくわからない他言語の恋歌の様な物かな。誰かに説明するとしたら。


 現れる……青き貫き髪……というよりも、鉄線、ピアノ線。細く薄い氷の針。長さは三メートル程度だろうか? それが俺の右斜め上方に留まっている。


 ヤバイ。そういえば、この術、使ったこと……なかったな。甘かった。


 冷たさが……伝わってくる。空間、肉体を通り越して……心を、俺自身の活動を停止させようとジワジワと迫ってくる。

 攻撃魔術の場合、術を発動した者には、自然に、それなりの属性耐性が付与される。現時点で、俺はかなりの氷属性の耐性が上がっているはずなのに。なのに。この抉るような冷たさは……なんだ? これが神、いや、人以外の力ということなのだろうか。本当にこんなモノを生み出す存在と戦えるものなのか? 


 正直、このクラスの魔術を実際に使用したことはこれまで数度しかない。訓練のために基本的な魔術は何回使用したか判らないが……試し打ちをしておかないといけなかったな。イロイロと準備が難しいとか、使用後に問題があるとか、後回しにしていたのが裏目に出たか。


 指を……向ける。


 くっ。指先が散れる。意思を向けたその突端から……多分、その存在を否定され始めたのだ。神の力を扱うことは容易からず。当然だ。その乱れた指先から……血がにじみ出した。


「氷神の髪」


 こちらを睨み続けている、最後のあがきでどうにか、攻撃を仕掛けようとしている火竜目掛けて。


スッ


 ……と青き針が瞬時に……速度を上げる。音も無く走る……細い氷の髪。


 音も無く滑るように空を切り、加速。あっという間に到達した。


 そのまま眉間に吸い込まれる。竜の頭部にスッと突き立った髪は……そのまま、音も無く、頭から尻尾方面に向けて進み……あっさりと貫いた。ナニモノもはじき返す竜鱗も、魔力による加護が弱まっていれば、豆腐が如く、刃を受け入れざるを得ない。


「氷神の髪」が貫いた穴から……内部から凄まじい冷気が溢れ出す。竜種の持つ特殊能力のひとつ、体力の自動回復を遙かに超える停止運動があっという間に全身を貫いた……ハズだ。


 ってまあ、これが神の名を持つ呪文だからというのもあるんだけどね。普通の槍、針系の術で強化したくらいのモノであれば、どんなに投げ槍の達人であっても、当然の様に突き立てることは出来ないし、追加効果なんて発動しない。


 腐っても竜。弱まっても竜。さらに言えば……竜は捨てるところ無し……の竜だ。


 大地がたわむように……低く鈍い音が響いた。凍り付いた一帯にその巨体が横たわる。


 魔力反応が……停止、する。した。よし。絶命。


 あ。正直、忘れてた。この後、竜の巨体の処理をどうしようか。


 ここは迷宮だ。当然、放置すれば迷宮に解け出し、アイテムをドロップし、消え去ってしまう。それを迷宮局ギルドの魔道具かなんかを上手いこと持ち出して、魔導具工房の秘密倉庫かなんかに保存しておいてもらおうかと思っていたのだが。無理かな。


 ああ……でも火竜を倒したことで、レベルが上がり……やっと、やっと。空の術が使い物になったようだ。


 空の術で、最初から、明確に使える術はたったひとつ。「保存庫」の術だ。最初、パジャマが一着しまえる程度から始まり→着替え数点→トイレサイズ程度の物置→教室→体育館→ホール→東京ドーム? って感じで容量が増えてゆく。


 一人で属性竜を討伐したからか、俺の空の術の保存庫は一気に物置……と教室サイズの間くらいにはなっている。成長したようだ。でもこれじゃ目の前の竜、丸ごとは入らない。迷宮では倒した後は時間との勝負だ。仕方ない、部分毎に大事なとこだけ保存しておくか。

 

 まあ、いい。


(終わったよー)


(え? ええ? ほ、ほん、え? あ、いえ、た、確かに魔力が……あの、こんなに早……か、畏まりました。討伐隊へ伝えます)


 現時点で甲田さんとの距離はかなり離れている。この階層は大体……六㎞四方くらいの広さだろうか? 火山があるからね。で、俺と甲田さんの距離は三㎞? 程度? かな。

 にも関わらず、パーティ会話が届く。うん、迷宮外で使用出来るようになったら、迷宮内での性能も大幅にアップしちゃったんだよね……。通信機能として超便利。


 純粋な魔術による戦闘は……見る分には一瞬の花火。見せ物興行としては短すぎる。準備がほとんどで、勝負は即決。


 ただ、その一瞬で畳みかけ、全てを削りきらなければならない。ずっと俺のターンを続けられるだけの予想、予測の方が重要なのだ。敵の選択肢を潰す。それが魔術士ソロでの戦い方だ。



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