0089:借り物

 予定通り、火竜は身動きが出来なくなった。


 よし。術の発動具合は悪くない。思ったよりも俺も魔力にも慣れているみたいだ。これなら……予定よりも大きめの術を使用しても大丈夫だろう。


 竜は巨大な躯体を魔力によって強化し、補助することで行動する。あの小さい羽根では滑空することは出来ない。竜が空を飛ぶのは羽根では無く、魔力によって飛ぶのだ。つまり、竜はほぼ、魔力でその体を支えていると言っても過言ではない。


 そんな竜を倒す一番簡単な方法は……ヤツの発動している術をそれに反する術で相殺し、物理的に魔術に対する防御を下げ、できる限り高めの魔力で構築した術で攻撃することだ。


 普通にただ、一般的な火に対する水や氷の術で攻撃……では、効率が悪いどころか、いくら大量に魔力があっても一人では仕留めきれない。攻撃力の高い術は、コスパが悪く、詠唱も長く、発動までの時間も長い。……まあ、弱い魔物や、人間、亜人なんていう物量で攻めてくる軍勢とかであれば、威力バッチリなんだけどね。


 食物連鎖の最上位に位置するような種族を仕留めるのなら……。普通ではないやり方を知らなければ対応すら出来ない。今の迷宮でどうにかしろっていうのは、階層を五十くらい一気にジャンプしてしまったというか。


「氷河」「氷嵐」「凍結世界」


 遅延系の術はかけたまま、そこに重ねて中級~最上級の氷の範囲魔術を発動させる。これによって、ヤツのいるあの場所、範囲の地形効果を変える。


 何よりも……身体を覆う火竜の鱗。この火竜鱗は淡く火を纏う。この火を消す。さらに、ヤツの熱を下げる。


 竜は父さんの言った通り、鱗から魔力を奪えれば、ただの巨大なトカゲだ。つまり、魔力が無ければ爬虫類に似た生態、行動を行う。


 そして今、ヤツは自らの周りに張り巡らせた火の場を回復しようと必死になっている。まあ、当然だ。防御力を上げることも火の魔術を使って行っていたのだ。相反する、氷に覆われた状態では、身動きひとつ満足にできない。


 現代科学だと、極寒、極凍、寒さには限界があるそうだ。絶対零度=摂氏-273.15 ℃。コレにより、物体の運動、原子運動が停止する。それ以下の温度は存在しない。


 が。不思議力である魔力では、それ以下が存在し、キチンと効果を上げてくれる。そして。「凍結世界」は神の世界の氷の一部を再現した……ということになっている。


 本当かどうかは分からないけど、発動させると大抵のモノ……いや、神話に伝わっている神すら凍り付くフィールドが出現する。これを再現した。想像、妄想、とにかく自分が知り得る情報に、絶対零度以下……という曖昧なデータすら加えて。


 精巧なジオラマを……気温を含めて作り出すイメージだろうか。


 足掻く火竜くんは、それでも全力で術を展開しているが、どうにも上手くいかない。まあ、そりゃそう。「畏縮」や「疲労」などの闇属性弱体呪文は、術を発動させるための意識すら、弱体させる。


 そして。


「氷神の槍」という呪文がある。文字通り、氷の神の槍、だ。神の武器なだけあって、下級、中級、上級、最上級。どれにも当たらない。最上級の上に位置する神級にあたる。神級の呪文はそれこそ、激レアな古代語の巻物からしか覚えることは出来ないが、俺は幾つか「知っている」。


 それをそのまま使う……のは多分、今の俺のスキルでは心もとない。魔力は足りる……と思うのだが、制御ができない。特に、あれくらいの大きさの対象物……「10メートル程度の竜」の望んだ場所へ命中させるのは難しい。


 なので、その「氷神の槍」をグレードダウンしてアレンジ。同じ様に神から力を借りるが、人間サイズにした呪文が氷属性の最上級に存在するのでそれを使う。

 材質は氷……のようで、神の国の水が凍ったモノなので、正直別モノだ。多分、地上の物質を超越してると思う。「凍結世界」の氷よりも鋭利で強い。

 既に反対の属性によって最上限に弱められ、全身を覆う魔力がほぼ無くなっている属性竜であれば……竜鱗を貫けるハズだ。


ゴアアアアアアアア!


 あがき。叫び。まあ、確かにこのままやられるのは竜としていかがなモノかと思うしな。でもなーこっちにアレだけ準備する時間を与えてしまったお前が悪いんだよなぁ。多分、知らなかったのだろう。己が力を凌駕する存在を。当然、敗北も知らなかったら、魔力を準備している……なんて気がつかないだろうしなぁ。


 ミシッミシッ……という音にならないような響きがビンビンにここまで伝わってくる。ああ、アレだけ弱体しても、ここまで足掻けるのはスゴイな。というか、俺の力がまだまだ足りないのか。


 既に、足は動かない。動くことは叶わない。腕や尻尾を振り回す事も出来ず、首を揚げるのがやっとだ。怒り狂った血走った竜眼でずっと、俺を見ている。火焰弾……撃ち込みたいんだろうなぁ。でもなぁ。それを見越して遅延させて、さらに念入りに属性系の範囲呪文を使ったのだ。無理だわな。


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