0086:雑魚掃除

 その手にはいつの間にか、金属製の両手棍が握られていた。両側の端に小さめのハンマーヘッドが付いている。まあ、見ようによっては、柄の長い両面スレッジハンマーに見えなくもない。


 総長のオリジナルデザインの両手棍……破壊力のある棒……だったかな。命名したのは総長だ。


 長さにして、約三メートル。振り回す軌跡に沿って、赤き血の花が咲く。


 あらゆる方向から打ちのめしてくる圧倒的な暴力。にも拘らず、たった一人。牙立てる獲物に、あっという間に打ちのめされていく身内。ファイアーウルフの群れを率いる、αリーダーは撤退の指示すら出せずにいた。


 一振りで数匹のファイアーウルフが削られていく。お得意の一斉攻撃、数匹同時に行う火を吐く魔術も、満足に仕掛けられない。


(今日の総長の相手は……啓一君でも難しかろう)

 

 討伐隊副長「氷帝」御影啓一は強さだけであれば総長を凌ぐ……と言われている。まあ、確かに。


 戦闘能力を某スカウター系の数値に変換してみれば、2500と2650くらいの差で、啓一君が優っているのではないだろうか? と思う。特に彼の氷の魔術を含めた剣術は、総長に対して非常に相性が良い。

 総長が魔術を使いこなすタイプであればいくらでもやりようがあると思うが、重戦車の如く、とにかく敵に接近して思い切り殴るのが最大の特徴だ。いくら総長が速くても……周囲を凍らせてしまえばどうしても速度が下がる。


 が。そんな差など、どうにもならない……人間の持つ底力が……存在する。気力、気勢、気合、根性……まあ、呼び方は何でも良い。その古くさい精神論の塊のような力は……圧倒的に総長の方が上だ。


 今、打ち倒しているファイアーウルフも、普通なら一撃で吹っ飛んで千切れる、撃ち抜ける、吹き飛ぶ相手ではないのだ。

 巣鴨迷宮第16~25階層の地蔵火山で遭遇する火属性の魔物達。特にこの階層では属性効果のため回復能力が高く、倒しにくい。


 周辺警護のついでに、後ろからトドメを刺していく。


「総長、次、ファイアーリザード、群れ、来ます」

「おうよ」


 あの、尋常ではない魔力の渦? 奔流に怯えたのか、ただただ逃げようとする個体も存在するが……今日の指示はとにかく殲滅である。自分が得意とするのは火属性。「不知火」……などと呼ばれているが、この階層の敵と戦うには相性が良くない。


(御曹子、か。そりゃ一筋縄で行くわけがないわな。しかも、「新生」に「ドラゴン」、迷宮はまだまだ謎が多く、深くなり続けている。個人的には高校生に教えを乞うのはやぶさかではないが……子供を戦場の、しかも最前線に立たす自分らが心底不甲斐ない。十六歳か。うちの子とそう変わらねぇじゃねえか。総長じゃないが、自分の無力さにうんざりするな……)


 両手棍を振るう総長のフォローに入る。それにしても……こちらに向かってきている数だけでも異常。数百は……いる。


 中心になっているのは、ファイアリザード……しかもかなり成長した、少々背中の辺りが変色したレベルの高そうな個体も多い。


 火の現場……火属性の階層を得意(闘うという一点であれば反対属性である水や氷の方が有効だが、長期の調査探索などには、火に対する耐性の高い、階層の属性と同じ者が向いている)とし、多くの迷宮で対処してきたが……ファイアリザードのここまでの群れは……見たことが無い。雑魚とは言え普通の探索者なら即撤退レベルだ。


 それを……ほぼ一人で屠っていく総長。


 ただ、次の敵を探す、索敵の手間を省かなければ、絶対に撃ち漏らしが出てしまう。自分の役割はひたすら状況確認の上、次に倒すべき敵の方向を総長に伝えることだ。


 ってまあ……うん、今の総長なら自分などいなくても力任せに押し潰してしまいそうではあるが。


(総長のこれはこれで、スゴイと思うのだが……さらにドラゴン……か。しかしドラゴンと聞いていたが、この階層に留まって休息しているってことは、火属性……レッドドラゴンとなるのか)


 うっすらとだが……あそこで何かが起きているのは……分かる。膨大な魔力の奔流が……あの良く見えなくなっている辺りで大きく渦巻いている。正直、近づきたくない。


 御曹子とはいえ……大丈夫なのだろうか? と、いう不安も止まらない。だが。


(それにしても本当に、託すしかないのか。……あの……御曹子の自信というか、動じない姿は……異様だった。我々全員の冷静な見解として、あの敵は……それこそ、総長含め、討伐隊全員で打ち掛かっても仕留められるようなモノでは無いと想定した。うちの分析班は非常に優秀だ。間違っていないだろう。だが、それをたった一人で……。これまで日本を……世界を支えてきたと、迷宮の脅威から守り続けていると誇らしげにしてきた我々討伐隊が。たった一人の高校生に)


 風に……残念薄毛と呼ばれる両脇の髪の毛が……揺れる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る