0085:未だ至らぬ技

「今回の竜退治の依頼に関する条件……自分が死亡するまでは偵察活動も行わない。討伐に失敗した場合、状況を確認し、ダメージを受けているハズの目標に対して追撃を行うかどうか? は討伐隊総長判断とする。さらにドラゴンを討伐しても、しなくても、絶対に自分の名を明かさない、と真っ先に提示してきたな……」


「はい」


「報酬や見返りの話は一切無し、だ。高校生にして……あの若さにして。なんたる高潔。なんたる高貴。あの親にしてこの子あり……だな。多くの無辜の民、多くの他の誰か、は知らぬ。それこそ、その名を知らぬ方が幸せな一生を過ごせる、安心して夜、眠れるかもしれない」


 総長の全身が、ワナワナと震え……無念がビリビリと空気を揺るがす。


「だが。我らは覚えておかなければならない。世界で最低限だ。この世界の弱者を代表して最低限……我々だけでも称えねばならない。その対象がまだ何も成していない、ただの新人探索者だとしても、彼らに関わる者である以上、敬わなければならない、信じなければならない、出来うるなら守らねばならない」


 目を見開き……これから始まる戦いを任せることしか出来なかった自分を恥じるかのように、力があふれる。


「守らねばならない……そう、思い続け、戦い鍛え続けて来たのだがな。未だ、その願い叶わず、かっ! 甘い、甘すぎる……自分が、ヤツの力の一端でも明かすために、真っ先に、真っ先に突っ込む、先陣を切るべきだったかっ! くそっ!」


 総長の握る拳から……血が滲み出る。噛みしめる奥歯からかギシギシと軋む音が洩れる。苦渋。激情が威圧に乗る。


「我々は弱い。弱いのだ。だからこそ、戦わねばならん。どうにかして、この恩を返すために。我々が生きていく、真の意味で生きていくには、守られてばかりでは歯がゆくてならない」


「ええ。その通りですね……悔しいです」


 離れた場所で……今からドラゴンに挑もうとしているであろう、若者を思い浮かべた。


「国際会議で今はニューヨークだか、パリだかの閣下に何とか経緯説明と、御意見を伺う事が出来た」


「閣下はなんと?」


「任せる、だそうだ」


「任されました……か。そ、その、御子息の事は……」


「何も。赤荻靖人という探索者の名は、御報告差し上げたのだがな」


「……それにしても、ドラゴンを確認したという事実にも関わらず、任せる、のみというのは。閣下にとってアレはそれほど大きな懸案では無いということでしょうか?」


「判らんな、その辺は」


 ドラゴンは迷宮局ギルドが、いつか来ると予想して、各種対応策を練っていたのだ。だが、それもコレも、威力偵察を命じた討伐隊精鋭パーティが一蹴された事で瓦解した。


 純粋な防御力、魔術防御力が、想定の数十倍であったというだけだ。報告によれば、こちらの攻撃はいくつかの軽い傷を与える事くらいしか出来なかったという。


 さらに。攻撃力も、だ。討伐隊の防御対策がたったの一撃、腕の一振りや尻尾の振り回しで破られるとは思わなかった。その上、範囲攻撃となる火竜の咆哮……ファイアブレスによって、重度の火傷を負い、死亡した隊員も多い。


 我々は……未だに、そこまで弱いのか。世界最強などと言われて、油断したつもりはなかったが。慢心していたのか。と後悔ばかりが頭に浮かぶ。


「やはり私も出……ん?」


「あ、あれは?」

 

 ドラゴンがいるとされていた手前辺り。奔流とはまさにこの事か? 何かが渦を成してうねり始めた。


「本田さん、ありゃなんだ?」


「さ、さっぱり。似たような、同様の現象も思い付きません。そもそも、自然を相手にアレほどの事……もしや、魔法なのですかね? 御曹子の使った」


 どう考えても、アレが御曹子の力だろう。と、考える。それに、彼が……秘書だか執事だかに代弁させたセリフの中に……ヒントは無かっただろうか?


「魔法……か。魔法とは、世界の法をねじ曲げるやり方。強引でそれは、いつの間にか、世の中をねじ曲げてしまうらしい。それよりは、魔力を使った術で魔術。こちらがお薦めだ、と、枠組みは教わったのだが。そこから先は自分たちで探究せよと閣下は一切手を引いた。自力で解析する。それが試練と思い、我々は少しずつだが先に進んでいると信じていたのは……間違っていたのかもしれんな。井の中の蛙、大海を知らず。まさしくその通り」


「間違い、ですか? ……悔しいですが」


「ああ、どうやら、あれが本当の魔術の様だ。どうすればあれが使える? そもそもどうすれば鍛えられる? どうすればあそこに立つことができる?」


「……皆目見当が」


「ああ……そうだな。何とか閣下に許可を取り、今後どうすれば良いのか、教えを乞う所から始めねばなるまい。御曹子からも、な」


「は」


 いつの間にか、目の前に大量のファイアーウルフが躍り込んできていた。ざっと三十はいるだろうか。


「本田さんは各班との連絡を継続で。この階層のヤツらとは相性が悪かろう」


「は」


 火属性の階層で自分の力が数段アップする。が。この階層の魔物は火属性の攻撃を一切受け付けないヤツも多い。倒せないことはないが……面倒だし、時間もかかってしまう。



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