0084:血縁

 もうこれ以上は出ないくらいになっていた汗が……さらにあふれ出てくる。ここが火山地帯だから……ではない。そもそも本田は火属性の魔術を使う。この地は地形効果的に彼の場なのだ。


「と、ということは……あの、赤荻靖人……新人の10級探索者にして、高校生。赤荻、無名勇者の赤荻直人殿ですか、と名字が一緒の。彼は、か、勇者様と、その、総司令閣下の……む、息子さ、さん……」


「でなければ「予言」の事を知るはずがないからな。アレの存在を知るのは討伐隊では各隊長以上。内容に至っては迷宮局全体でも3人のみという超極秘案件だ」


「そ、総長は……少しでも、今回の事を聞いて?」


「いるわけがない。そもそも、閣下がその手の個人的なことを話すはずがない」


「は、はい」


 総長の目線が……遙か彼方にいるハズの小柄な少年に向けられる。


「決定的なのはな。実は、こちらも思い出した……儂は総司令閣下に一度だけ手合わせいただいたことがある。何をされたのか分からずに、のされていたがな」


「総長が……」


「あの時の閣下の魔力……当時は判らなかったが、今思えば魔力だな。それと……どこか似ているのだ。武器による近接戦闘に魔術を組み込んだやり方。儂がやられた時、あの一瞬だけ使った術の魔力の質。がな」


「……」


「でだ。そうして考えるとな。納得のいく事案がある。閣下の側付き、な」


「はい、確か、ハク殿、でしたか?」


「うむ。本田さん……彼女に勝てるかい?」


「……外では無理ですな。ここなら……いや、向こうも確実に迷宮での技があると考えると……難しいやもしれません」


「同意見だ。単純な個人の武で考えると、無理がある。多分、私も負ける。啓一なら戦う場所次第でどうにかなるかもしれんが……」


 本田の脳裏に、能面のように感情を表に出さない人形の様な顔が浮かぶ。ひょろっとした高身長の年齢不詳女子……常に白シャツと黒パンツが印象的な、ハクと呼ばれている、


 閣下側付きの護衛。いや、武芸者と思った方がしっくりくる。佇まい。


 討伐隊の調査でも一切が謎しかないあの女は……腰まであるストレートの黒髪の中に、小太刀を常に隠し持っていると噂だ。腕輪の保存庫機能だと思ってたが、迷宮外でも自由自在に取り出し可能で……普通に持ち歩いているらしい。


「脅威的なのは特に迷宮外ですね。アレに勝てる人間がいるのですか?」


「知らぬな。まあ、勝負の件はどうでもよくてな。アレの正体。御厨流、いや、というよりは、四条の技を学んだ者だとすると、辻褄が合う」


「闇四条……」


「ああ、いにしえより日本の裏にその手有りと言われた最強の殺し屋集団だ。現代でも日本の裏を仕切っている……と言っても間違いないだろう。特に迷宮出現以来、日本はかつて無いレベルで裕福になった。当たり前だが、世界のありとあらゆるマフィア、テロ組織から狙われ続けて良いはずなのだ。が。迷宮テロ組織、フェベル壊滅とほぼ同時期に各国の大規模な裏社会組織、特に武装集団が壊滅し……その後、日本に手を出して来ない。何故か」


「もしそれも閣下の策だとしても、実働部隊は必要ですな」


「ああ、それも、四条の者を使ったのだとしたら。それを指揮したのがハク、だとしたら。納得がいく」


「た、確かに」


「さらに。中国の人民軍分裂内乱な。アレも不自然だと思わんか?」


「ま、まさか」


「そして。赤荻靖人の養子先は、御厨家だ」


「……確定ですかね」


 そこまでデータが上がっていて、違うワケが無い。繋がってしまえば当然のことだ。何よりも名前だ。赤荻……という姓は稀少とは言わないが、それなりに珍しい。無名勇者が故人と思い込んでいたとしても、チラッと……遺児ではないか? と考えないものなのか?


 スゴイのはここまで分かりやすい流れに、自分はともかく、ここまで詳細を知っている総長までもが今まで気付かなかったことだ。


 だって、どう考えても、赤荻家は「隠そう」と努力はしてないじゃないか。父と母が別姓のままで夫婦生活を送るのは普通にあるパターンだし、息子はちゃんと赤荻姓を名乗っているし。そのまんまで生活してきている。


「他の誰も知らないからこそ。我々は総司令閣下を敬い、閣下の為に死ななければならない。他の誰も知らないからこそ、無名勇者殿に感謝し……涙し、許しを乞わなければならない。我々は、信念は、日本国民、いや武器持たぬ世界の一般市民のために戦う。笑って明日を夢見れる社会のために戦う。だが。兵卒としては閣下のために死ぬのだ」


「は」


 一般的に……迷宮局討伐隊は……迷宮のお巡りさん、警察官、法の番人の様に思われている。というか、そもそも、職業としてそうあるべきと規程されてもいる。


 が。


 一般隊員達の気持ち、気概がどのようなものかは判らない。だが、総長がそう言うのであれば、そうなのだ。


 元々、討伐隊に参加する隊員は、総長に憧れて……という者が多い。だが、討伐隊で仕事に明け暮れるうちに……総司令閣下の偉大さに直接触れて、そのまま「閣下」が「閣下」である理由を体で理解することになるのだ。


 総長に英雄を見て焦がれ。そして総司令閣下に……救世主、いや、救世の女神が重なるようになるのだ。



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