0083:継続

「ああ。今も……いや、迷宮が生まれたあの年より……13年間ずっと。彼は戦い続けている。血を流し続けている。守り続けている……」


「そんな。そんなバカな。信じられません……そんなことがあるわけが無い」


 13年間? 戦い続け? 邪神、神を相手に?


「そうだったらな。そうだったら良かっただろうな……何よりも、未だ戦い続けている彼が一番そう思っているだろう」


「……」


 違和感でしかない。自分は今? 何をしている? 何処に立っている? そもそも迷宮自体が怪しいのに。科学で説明出来ない謎の存在。解析されている構造は全体の、0.0001%以下とまで言われている。


 そも、睡眠、食事や排泄といった日常生活に必要な営みは……。


「その男の名は赤荻直人……という。本多さんはこの名は知っているな?」


「あ、は、はい……迷宮発生以前の……バベルの塔出現時の大爆発事件後……テロ組織フェベルとの一年戦争で、警視庁の捜査を支えた民間協力者。いや、本当は主戦力にして、初期迷宮の大氾濫を食い止めた立役者、無名勇者と。世間一般には明かされなかった、初期は我々迷宮局幹部にすら秘匿されたその無名勇者の本名が、赤荻直人だったかと」

 

 その情報ですら。討伐隊の幹部……役付きか、上位部隊の隊長しか公開されていない。


「つまりは、だ。迷宮局が生まれる前のドタバタを収め、日本を何とか現状維持でまとめあげた無名勇者は、未だ無名のまま、日本を、そして世界を滅ぼそうとする邪神と戦い続けているということだ」


「……そんな……激しい戦いの後、亡くなったと……」


「本人からの……そうせよとの指示だ」


 心の底からの驚愕の表情。見た目が非常に典型的な新橋サラリーマンおっさんな自分の全身から、さらに汗が噴き出していた。

 そもそも、この階層は火山帯エリアで、平均気温は40度。当然、冷却系のアイテムを用意して挑んでいる。だが、違う意味での汗が止まらなかった。毛の少ない頭皮が光る。


「ああ、本田さん、さらに、だ。その赤荻直人の奥方が、閣下だ」


「はあっ!」


 小市民風貌の本田がさらに、これまでに無い表情を見せる。口が開きっぱなしで、体もブルブルと震えている。汗がさらに噴き出る。


(やばい。こんな秘密知ったら……討伐隊に入ったときから、後戻りできないのは判っていた、だが、さらに後戻りできなくなると思いつつも、もう知ってしまった後悔がスゴイ。ああ、自分は討伐隊監査役に任命されたら時点でさっさと逃げ出すベキだったのだ。依願退職でも何でも、出来る事は全てやるべきだった。こ、こんな情報、多分、総長と副……いや、さっき言ってたな。副長も知らないのか。じゃあ、今だと……世界で総長と俺だけ? あ。当然だけど、総司令閣下はご存じなわけで、世界で三人目? 三番目ぇええ?)


 自分の様な凡人に人類全てを背負う様な……世界レベルの秘密は重すぎだ……という強い思いがグルグルと頭を回り続ける。


「つ、つま、つまり、あの、無名勇者、赤荻直人と閣下は御夫婦……ということでしょう、か?」


「御夫婦ということでしょうか?」


「御夫婦という……」


「本田さん、同じ事を繰り返し言っとるぞ。別姓、赤荻を名乗られていないからな、閣下は。あと……なんだ、閣下は……」


「え、ええ、ええ、見た目がどこぞの御嬢様、御令嬢ですから。ご結婚されている等と思う事も無く。そんな事も考えた事が」


「まあ、気持ちは判る。つまり簡単に言えば。我々人類は……迷宮にやられっぱなしの……我々は。赤荻直人夫妻に生かしてもらっている弱者ということだ」


 監査役、しかも「不知火」の二つ名は伊達ではない。本田の実力は、正真正銘、討伐隊ナンバー3。いや、場所がここの様な迷宮の火山地帯なら挑めば「氷帝」にも勝てるハズだ。

 つまりは実力はある。討伐隊のメンバーをまとめることができる実力は……それこそ、世界レベルで見ても剛の者であるのは間違いない。


 が。全身の筋肉が痙攣する現状は……明らかに、弱者のそれでしかなかった。あまりの真実の重さに、ガクガクと力が抜けていくのだ。自分という何かが維持できない。


「本当……なのですね?」


「嘘をついてもな。でだ。今回の話だ。思い出したのだが、バベルの塔での戦闘。魔物に散々にやられ私の部隊は撤退中だった。そこに現れたのが、赤荻夫妻でな。まあ、赤荻直人……無名勇者殿か。敬称は必要だろうな。彼に「よく頑張ったな」と言われ、直後、気を失ったので僅かな記憶しか無いのだが。その時、生き残ったのは私だけだった」


「ええ、そのお話は聞いた事があります。当時はまだ、迷宮に銃火器を装備して挑んでいたと」


「バベルが……あの塔が迷宮という特殊なステージだという基礎情報すら、無かったからな。当然、自衛隊には各種専門分野のエキスパートが詰めていたが、さすがに、科学と対をなす魔術なんてファンタジーな、御伽話新概念が出現しているとは思うまいよ」


「は。確かに」


「あの時な、朦朧とした意識の中。赤荻夫妻……総司令閣下は小さな子供を連れていたような気がしてな」


「ま、ま、まさか……まさか。まさか、まさか」


 元々被害者外見の監査役、「不知火」本田の受難は続く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る