0079:動揺

「あ?」


「貴様何を」


「ど、どどどこで、それを!」


ブオッ!


 威圧というか、気の力というか、何かが弾けた。


 討伐隊の面々、特に上層部、首脳陣が色めき立つ。これまでとは比べものにならない位の動揺が伝わってくる。今、ここいるのは討伐隊総長以下、討伐隊隊長、幹部候補メンバーのみだ。他部署の迷宮局員はいない。


 知っている人はもれなくヤバイ感じになっているし、知らない人も……なんとなく事の重要さにどうして良いかわからないといった感じか。


ぬめっ……


 空気が歪む音がして、目の前に青い刃が斜めに突きつけられた。寒い。冷たい。「氷帝」がいつの間にか。本当にいつの間にか目の前に移動し、刀を抜き放っていた。


(!)


 このタイミングでやっと、隣の甲田さんも気付いたようだ。


 凄いな……彼をこれだけの時間……たった一瞬とは言え、目の前で出し抜くのはなんという常識を無視した移動速度。そして無拍の挙動。魔術も無しでこれをするか。いや、厳密に言えば、ここは迷宮だから、魔力、魔術を使用しているんだけどね。無意識だよな。絶対。自分の能力をここまで特化して鍛えるとこんな風に使うことが出来るものなんだなぁ。うん、凄いなぁ。


 でも、ちゃんと魔術として使えれば、出力2倍って感じなのに。くくく。魔術士としては稚拙だな~勿体ないな~まあ、教えねぇよ? 自分で気付けや。


 それにしてもこの人、男ながらにキレイだな……目つきがきつすぎるけど。まあでも、普通に世界レベルのファッションモデル的な? モデル。顔小さい。手足も長い。身長も……まあ、180センチ以上はあるな。

 ふう……なんていうか、容姿完璧な上に武力、そして技。これはもう、神は与えすぎじゃ無いか? 一人に集中的に。こういう妖しい魅力の俺様系イケメンに……女子は憧れちゃうんだろうなぁ。モテモテだよなぁ。これ。実際ファンクラブあるしな。スゴイ参加人数の多いヤツが。


 今にも首に食い込みそうな位置に添えられた刃。このまま少しでも動かせば……首が落ちる……のかな? 落ちるか。どうかな? まあ、うん。そりゃそうか。


 タダではやらせないけどさ。


「啓一、よせ……!」


 それほど大きな声では無かったが、下っ腹に響く。


 立ち上がった総長が、手を伸ばし、届かないはずの何かで、その刃を押し戻した。


「そうか赤荻……そうか。そうか……。ああ、重ねて申し訳ない。こちらの大いなる手違いだ。私の考えが甘かった。訂正し謝罪しよう。探索者、赤荻靖人殿。東京都迷宮局討伐部討伐課討伐隊総長、立花隆平が重ねてお願い申し上げる……御助力、願えないだろうか? 指名依頼の内容は全て、そちらにお任せしよう。我々は……何もかもを勘違いしていた様だ」


「そ、総長?」


 ざわっ……と何かが……空気がざわめく。今、総長の言った言葉が、頭に入ってこないのだろう。あまりに低姿勢。というか、俺を格上に扱う言動。多分、総長、EX立花がこの様な態度を取る状況、当然、相手というのが理解出来ない……のだろう。そりゃそうだね。うん。


 だって総長が頭を下げている相手は俺。さっきからバカにされているように、10級探索者にして、高校生だ。身長も低いし……彼らにしてみれば単純に子供だよね。


 どうしても納得がいかないのか、ざわつきが止まらない。高校の生徒会会議ですらもう少しちゃんとしてると思うよ。


「みな、黙れ……啓一、刀を収めろ。収めろ! 私がそう言っている」


 そして会議室は……俺も最近体験したことがないレベルの威圧で何もかもが動かなくなった。唯一「氷帝」がしぶしぶといった感じで剣を鞘に収めて退く。


 と、立ち上がった総長の姿に寒さとは違う意味で空気が張り詰める。


 ロの字型の会議机を無重力化の如く、ふわりと跳び越え、真ん中に立つ。そのまま、正座。そして土下座。一瞬の流れるような動きに、既に誰も声を発せられる状態では無かった。


「討伐隊は魔物を狩る為に存在しまする、盾にして矛。それが死を恐れる等、もっての外かもしれませぬ。が。為す術無く、ただ撃ち落とされるは、「徒死にむだじに」にもなりかねない。今後に繋がるための策を。そして、直接的な御助力を。重ねてお願い申し上げまする」


 本気土下座。綺麗だ。と思う。


 世界的に立場のある、地位のある人の土下座。威力あるなぁ。ああ、ええ、ならば仕方ありません。この世界で生きている人々を守りたいと思う気持ちは多分一緒だろうしね……。


「そ、総長。土下座はおやめください。先ほども言いました。討伐指名依頼、さらに戦術的にこちらの言い分に従っていただけるのであればお受けしましょう。討伐料金は……相場が良く判らないのでお任せします。よろしいですか?」


 まあ、そうやって冷静っぽく、俺に言われたとおり言葉をひねり出してるけれど。甲田さんも絶賛動揺中だ。そりゃそうか。威圧結構凄かったしね。多分、ここまで耐えられているのは、特訓の成果だろうな。


「なにとぞよろしくお願いいたします」


 総長の声が響く。頭は下げたままだ。


 それにしても土下座多いな! 俺! しかも、される方で。何かと謝らせてるってこと? なんか無条件でやなヤツじゃん……。


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