0068:温泉回
実際に。寸止め、型中心で仕上がった武道家、戦士が弱いわけじゃない。百年単位のご先祖様たちの叡智が、詰まっているのだ。
素振りがその良い例だ。アレにはもう……なんていうか、力が入りすぎて乱れた筋肉を解す作用まである。
で、甲田さん。踏み込み、コンパクトにまとめたガードスタイルからジャブ。若干の前傾姿勢で相手に近付いて掴みたいみたいだけど……。
山県さんにあっさり止められる。ピンポイントで足首関節の急所への足払い一閃。甲田さんは腰から吹っ飛んでいく。足払いなのに。
身体の重心がほんのちょっと後方に残っていたら。足がもう少し踏み込んでいたら。結果は違っていたかもしれない。
まあ、それならそれで、山県さんは別の流れで迎撃したろうけど。
「気になるか」
素直に頷く。まあ、こちらも気は抜けない。じいちゃんと向かい合い、既に三回ほど押し込まれている。
筋がピクリと動いただけで、向こうも指が若干動く。あぁ、今ので、俺が仕掛けていればあっさりとやられている。というか、よくやられたから知ってる。
「浮ついとるぞ」
その通り。頷く。俺に甲田さんを「使える」のか? その辺の不安が消え去らない。
「どうせ、拾った犬の面倒がみれるかどうかで、悩んどるのじゃろ」
「い、いぬはし、しつしつれ」
「お前の中では同じじゃろうて……犬でも人でも、正面から頼られると断り切れん。捨て切れん」
うん、まあ、確かにそうだけど……。
カツ
ちっ。じいちゃんの刀の軌道はとんでもなく見えにくい。俺の視界の……死角から死角へバッチリ合わせてくる。
甲田さんと違って、こっちは木刀での稽古だ。俺は長めの木刀をいつもの様に肩に載せて、体勢を低く構えている。
「こういうのはな、人の場合は縁じゃ。えにし、まあ、宿命と言ってもいいじゃろ。お前の元に集う者がいるのであれば、それを留めることはできん。その場その場で出来る事をするしかないじゃろ? お前自身が人を率いる立場になる、何かがあったということだ。で、真面目にやっていればそのうち、出来る事、やれる事が見えてくるハズじゃ。向いていなくてもな」
さすが、じいちゃん……全部分かってる。お見通しか。なんかズルイ。そして偉そう。実際偉い。そして……強い。
頷く。
「では、そろそろいくかな」
トン……と踏み込んだ瞬間、くっ。どっちだ! 気配を把握出来なくなる。かき消される。一対一で正対している状態から、探知をかいくぐるってどうやるんだ? 迷宮外で能力が落ちているとはいえ、俺はそこそこ使える方だと思うんだけどな!
くっ!
分かった瞬間。右にいると知った瞬間にそっちへ踏み込む。不意を突かれた、向こうが有利なのはもう覆すことはできない。ならば、そこに突っ込むことでなんとか初手のまずさを回復したい。
じいちゃんのこの技、凄すぎるのは確かだが、連発は出来ないみたいだし、実は大技に繋げるのは難しい。多分、移動に専念しないとなんだろうと思っている。
ギギギギ……
よし……じいちゃんの木刀、その剣先は受け止められた。が、
ピキッ……
ちっ。武器破壊か。というか、狙われた? あっ!
ビシッゥ……
頭がっ! 座禅中にお坊さんにやられる……えーとなんだっけ、警策か。あれで見事に叩かれた様な音が道場に響いた。痛ったー。くうう。久々にまともに喰らったな……。ちゅーか、なんで、木刀でこんな音が出るように叩けるんだよ。ちくしょう。
あまりに見事な一撃に俺の身体は思いきり後ろに飛ばされ、道場の床板に背中から打ち付けられ、落ちた。
ガス……
お。足元をゴロゴロと半分投げ飛ばされた甲田さんが俺の横を転がっていく。これまた見事に吹っ飛ばされている。
まあ、そうだよね。じいちゃん相手に余所見してて、まともに戦えるハズ無いんだよなぁ。ふう……とりあえず、もう少し善戦しないと稽古を終わりにしてくれないからな……。
その後、三回、俺も吹っ飛ばされた。
うちの風呂はデカい。弟子が一緒に入れるようにと作られている……まあ、そこそこの旅館の中浴場くらいはあると思う。
「い、いつつ……」
しかも、温泉だからな……。先々代……じいちゃんのじいちゃんが、無類の温泉好きで、あり得ないくらい深く掘ったそうだ。……無茶をする。
日本は確か、千メートルくらい掘れば、ほとんどの場所で温泉……というか、地下で鉱石などにまみれた、何らかの効能のある水が湧き出るらしい。ただ、普通に冷泉で、沸かす必要はあるんだけど。
関東の平野部にある温泉はほとんどがうちと同じだってじいちゃんが言っていた。まあ、そんな手間の掛かるものを、じいちゃんが常時湧かしっぱなし……普通の温泉の様に改造したのだ。これでいつでも温かい風呂に入れる様になったそうだ。
(かなりやられたね)
(はっ。情けないことです)
(しょうがないんじゃないかなぁ。うちの人たち……尋常じゃないし)
(はい……迷宮ではないとはいえ……自分がここまで通用しないとは……この強さは……)
(ね。甲田さん、裏ランカーなのにね。俺も元々、なんか強くね? って思ってたけどさ)
(といいつつ、
ですが……次元が違いすぎて)
(んーそうかなぁ。子どもの頃からだったからなぁ……)
(子供の頃から、ですか)
(そう。じいちゃんとは……六歳くらいから……かな)
(それは……なんというか……)
ふーっと手足を伸ばす。お湯が気持ち良い……。
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