0067:うわつき

 別に軍とか厄介な仕事でなくても、現場仕事をしている人ならよく知っているとは思うが(じいちゃんの弟子の職人さんの仕事を手伝ったことがある)、とにかく状況証拠動画、写真を撮る。施行前の写真、施工中の写真、そして完成した写真。それを現場監督に逐一通信する。なんか、これによって、仕事上の齟齬が起きにくくなっていると言ってた。


(まあ、そのやり方が一切通用しなかったね~迷宮では)


(ですね。世界中が途方に暮れたと言われていますしね。特にハリウッドの映画関係者はもの凄いテストを行って全部ダメだったっていいますし)


(あ、それ、俺も読んだ)


 お得意のCGで迷宮を舞台とした作品はいくつも作られたが、いつの間にか減少し、今ではほとんどテーマとして選ばれなくなってしまった。

 なぜなら、CGよりもはるかにリアルでエキセントリックな現実が、日本では普通に繰り広げられていたからだ。


(いつの間にか続編、作られなくなりましたねぇ。『ダンジョンエクスプローラーズ』なんて第六弾まであるのに。第七弾は……うーん、噂すら聞きませんね。結構好きだったんですが)


(下火にはなってるよね。というか、米国は自国の迷宮をどうにかしないとだからなぁ)


(まあ、確かに。近所に迷宮が出来て大氾濫で被害が出て。映画どこじゃないっていう)


 迷宮黎明初期には大氾濫のため、迷宮から溢れた魔物と戦う姿が超望遠で撮影され、その動画がネットにアップロードされた。だが、それはもう、本当に初期だけで、迷宮局が迷宮の管理に成功すると、魔物が迷宮から外へ出てこなくなった=撮影は不可能となった。現在ネットなどで見れる迷宮関係の映像のほとんどが、そのころ撮影されたモノだ。


(最近は海外からの迷宮観光も少なくなってきてるからなぁ)


(そうですね。海外の大氾濫被害は無視出来ないレベルになってきてます)


 迷宮黎明中期、迷宮が日本全土に広がった頃には、迷宮局討伐部は全国に展開していた。東京は、迷宮観光ツアーが探索者の主収入になるほど、海外からの観光客が増加する。

 迷宮局が発行する高額な時限式の観光腕輪……を身に付けて、迷宮に潜りたいという観光客が諸外国から押し寄せたのだ。


(でも、あれってさ、元々は各国の視察団用の腕輪だったんでしょ?)


(そうです。ですが、あまりにもその希望が多過ぎて対応せざるを得なかったと。当時は

世界からの圧力が凄かったようですから)


(まあ、迷宮なんていうとんでもない新規資源を独占してたら……みんな敵になるよね)


 当然、観光腕輪を付けたお客を、探索者がエスコートするシステムになっている。確か……外国人の渡航来日数は、迷宮発生以前の50倍だったか。一時期、入管手続きや宿泊施設の問題、何よりも違法な迷宮挑戦の取り締まりで政府は渡航制限をせざるを得ないレベルだった。


(あまり言って良いことでは無い気がしますが……各国に迷宮が出現して、さらにそれを制御するのに失敗して大氾濫が起こって……というのは、日本にとってはありがたかった気がします)


(そうだねぇ。大氾濫で今も被害が出てるからさ、あまり大きな声では言えないけど。その通りかも)


 現在でも入国審査に始まって、日本の就労ビザ、そして日本国籍の取得条件が、厳しすぎると、世界各国から非難され続けている。本当の所は、処理能力ギリギリまで入国は受け入れている。

 厳しいのは迷宮産の新素材の持ち出しくらいだ。入鉄砲に出女……じゃないけど、入り歓迎に出迷宮素材っていうフレーズが、現代経済史の講義で良く使われるそうだ。


 まあ、日本語を理解し、日本の探索者ルールを守れる外国人でないと、即死ぬからね。


 そんな話をしながらモロモロの手続きにサインを行い、さらに俺は学生の本分である勉強までしていたら、あっという間に時間が経過する。


 晩御飯を食べ終わったら、夜の稽古である。


 ああ、うち、というか、じいちゃんの会社、道場等は……昔は完全に闇の組織だったみたいだが、戦後しばらくして民事軍事会社となっている。まあ、当然、日本だと警備会社だ。


(ほとぼりが覚めるまで、海外で活動してたってさ)


(師範や兄弟子がほぼ戦場経験者って……)


(大丈夫。迷宮探索者とそんなに変わらないから)


(赤ん坊の様に転がされるのですが)


(それは仕方ないよ。うちの流儀に馴染んでないんだから、まだ)


 今、うちに住んでるのは師範代の山県さん、夜辺やべさん、高弟の三崎さんの三名だ。三崎さんはじいちゃんと会社のパイプ役だ。運転手も兼ねている。夜稽古は基本、その時いる人間(通ってくる人も数日おきに数名くらいはいる)で行う。


 師範と師範代、高弟、門下等……なんか昔は面倒な為来りしきたりが沢山あったらしい。それこそ、師範は師範代としか稽古をつけられない、師範代は高弟、高弟は門下生を……なんて感じで非常に厳格だったそうだ。


 まあでも、今はもう、既にもう、御厨流の人間はじいちゃんの会社の会社員だし、新規採用者なんかも別の場所で育成されている。たまに本社から人が送り込まれてくるのだが、大抵は短期集中訓練で、一~二カ月の荒修行の後、現場復帰というのが多い様だ。


 今日はじいちゃんと山県さん、俺に甲田さんだ。


 甲田さんは山県さんに、無手組手で良いようにやられている。


 そもそも、甲田さんは身長が高く、さらに手足が長い。無手組手では非常に有利だ。が。これまで、独学で戦ってきたからか、足捌きがとにかく疎かになる。


 うちの厳しい方々は甲田さんに一族と同様扱いをしている。宗主門下、直弟子ってヤツで、何でも教えて良いと判明するとやりたい放題になったのだ。


 武道の基本は型だ。まあ、迷宮という、真剣勝負の場があるので、今では本番、実戦が全てという考えも悪いわけじゃない。が、何事も反復した繰り返し、練習が「本番」の勝敗を左右するという基本的な思考は変わらない。


 多くの人は迷宮で気安くなったとはいえ、毎日、命ぎりぎりの戦いを繰り返していたら、精神的に参ってしまう。迷宮以前は実戦など、覗くことすら叶わなかったのに。


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