0059:掛かり稽古

 訓練場に集まっている数十の観客からは既にため息すら出ない。


 異変が起きつつあるのを高階様の様な討伐隊以外の部署の人たちも気付き始めている。静まり返る場に、ピシッ、ゴス、ガス、ギシという木刀、木剣の擦れ合う音だけが響いている。


 致命傷的な一撃は受けていないし、さらに「防御」すらしていない。そうならないように足を運び、そうならないように剣を避けている。まあ、格下……と思っていた相手にこれをやられるのは屈辱だろうね。しばらく、どこに何を打ち込んでも避けられる悪夢に襲われるコトになるんじゃないかな? いいよな。向こうから強引に挑んできたのだから。


 かといって、俺の様に待ちの姿勢のまま、動かない……なんてことはプライド的に難しいのだろう。踏み込んで、攻撃しなければ、彼に勝機は無いのだ。


 向こうは既に体力の限界を迎えている。肩で息をし始めているし、足捌きも覚束無い。ここまでボロボロ状態なら、別に特別なことをしなくても、向こうの攻撃は当たらない。


 なので、明らかな隙が生まれるのだが、その隙に攻撃することはワザとしなかった。出来るけどしない。最初は偶然と思っていただろうが……数回それが続けば、そして数十回、数百と重ねれば。当然、本人、それ以外も気付いたハズだ。


 それにしても、観ている隊長、隊員、局員たちの顔色が悪い。たぶん、ここまでとは思っていなかったのだろう。開始5分くらいはね。イロイロと掛け声や野次も飛んでたんだけどね。


 まあ、そりゃそうか。格下……の10級高校生探索者相手に、天下の討伐隊、五番隊副長が攻め倦ねるなんて誰も思って無かったろうし。


 そして。俺は当然、誰にも気付かれないほど弱く微量に、体力回復の術を発動させ続けている。リジェネ効果によって、体力、スタミナ関係は尽きることがないのだ。

 俺の魔力が多いのもあるが、魔力回復量がさらにスゴイのだと思う。もの凄く小さく発動しているので、確実に回復量が上回っている。ぶっちゃけ減っている様に思えない。……消費魔力は1回5分継続で5程度消費だとしたら、その5分で、魔力は100以上回復している気がする。


 なので、俺の方はいくらでも攻撃を避け、いなし続けられているというわけだ。まあ、なんてズルイ。


我が主君マイロード……そろそろ良いのでは無いでしょうか?)


(ん? 意地悪するの、やめた方がいい?)


(先ほどから……総長がストレッチをしている様に見えるのですが……)


(マジデ? なにそれ。高校生相手に大人げないなぁ。世界のEX立花ともあろう御方が)


(あっはっは。このままだとプライドガタガタですからね……まあ、あの御仁はただ単に自分が戦いたいだけでしょうけれど)


(もーみんな大人なんだから、もう少し割り切ってくれないと)


(既に……何回ですか?)


(んー14回かな? 山野さんが死ぬの)


我が主君マイロード、貴方が一番大人げないです)


(まだ高校生だもーん)


(だもーんじゃないです)


 ちっ。無謀だと理解しようとせずに、無駄に突っ込んでくるからその代償を支払わせているだけなのに。もしも俺が魔物だったとしたらどうするのだろうか? 手を出して、突っ込んでいって、「あ、ごめん、君の方が強かったわ、許して」で許される……なんてことがあると思っているのだろうか? 実力差を理解したら即降参か、即退散。探索者であればそれが当たり前だ。


 どんなことをしても生き延びる。そんな大前提が浸透している。まあ、討伐隊はそうもいかないんだろうけど……それにしたってな。甘えすぎだろ、これ。


 そもそも。普通の人間同士の戦闘の場合、攻撃する側が圧倒的に有利だと思う。攻撃は最大の防御というのは、間違いじゃない。それこそ、ボクシングの世界チャンプに、新人の四回戦ボーイが挑めば、どんなにすごい才能の持ち主でも、百に一つも勝ちは無いだろう。だが、百戦すれば、長時間戦えば、どんなチャンピオンでも一回や二回、必ず被弾する。


 実戦では、その一回や二回で充分なのだ。動脈を断ち切れば、擦った刃に毒が仕込んで有れば。スポーツではないのだ。さらに言えば武道でもない。生きるか死ぬか。その二択でしかない。戦闘時間が累積すればするほど、守りに入った側は不利になっていく。アクシデントの可能性は疲労と共に増大してゆくのだから。それを承知で受身で、受け続けている。


 まあ、つまり。ここにいる討伐隊関係者は全員、俺の実力を理解したはずだ。同じ事をしろと言われて、出来ると名乗りを挙げる事の出来るヤツはいないだろう。多分。


 それにしても……やだなぁ。総長と戦うコトになるのかなぁ……やだなぁ。まあでも、組織のトップと一回絡んで派手にやっとけば、その下のヤツラは大人しくなるのかな? 逆にあと一回で終了と考えれば、それほど面倒でもないか。


 16回、死亡したところで、山野さんは礼をし。自ら刀を納めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る