0058:単なる稽古

 迷宮出張所には、例外なく探索者用の道場と訓練場が併設されている。迷宮でなければ「本気」で試すことが出来ないからだ。


 なので武器の試し振りも行える。斬り付け用のダミーや弓などの的などを使う場合は実費だ。当然、巣鴨にもそこそこ大きめのモノがあった。初めて入ったけど。新人だからね。えっとお金のある人はここで新規購入した武器の慣らしもするみたいね。うん。お金のある人は。


 訓練場(弓場&魔術の訓練場以外)は、普通に出張所の裏庭的なスペースだ。そこに……運動会よろしく、椅子が並べられ、総長を初めとする甲田さんの言っていた討伐隊有力者が詰めていた。


 ちらっと聞いたが「鬼斬」の人は、やはり療養という名の謹慎中だそうだ。三番隊の隊長がいるのに、ヤツがいない時点でそんな気がしてたけど。いい気味だ。


 あれ? 討伐課だけでなく、出張所の他部課の職員もいるようだ。って……高階様まで! なんと! こ、これは無様に負けられなくなってしまった。

 ちゅーかさーここで勝っても、俺に得はないんだよなぁ。彼らに睨まれるだけで。面倒くさい。なので、良い感じに進めて、最後は負けようと思ってたのに。


 やーめた。


 まあ、確かに自重してると助けられるモノも助けられなくなる事がある。高階様に良いところを見せたいが120%だが、残りの数%は自分の憧れを思い出した……って100%越えてんじゃん。


「山野、殺すな」


 周りに立つ隊員から声がかかる。まあ、そりゃそうか。


 体格差がな。相手は荒事のプロだ。身長は平均でも180近く。山野って人は……185はあるか。こちとら162センチ。しかも向こうは討伐隊の正式装備。マッシブ。俺、いつもの弱者革鎧系装備。お子様だろうなーそうだろうねー。


 あ。殺すなとか、そんな言葉に高階様が反応して、顔をしかめた。良かった。ここで、殺せーとか言われて同僚を応援されたら、思い切り人間不信にゲージが突っ込みそうだったからな。良かった。


 サイズは違うが、自分の愛剣に似てる……重さとバランスの似ているロングソード型の木剣を構えた。この木剣も良い迷宮木材を使ってらっしゃる。さすが迷宮最前線。


「始め」


 剣道か……って突っ込みたくなるが、まあ、仕方ないのだろう。彼らはそういう文化の中から生み出されてきたのだから。

 

ズン……


 無拍子……と言うほどでは無いが、ほぼ挙動を予想させない状態からの攻撃。激しい踏み込みに大地が震える。おお、綺麗に伸びた四肢、左手で柄頭を握っている以外は無駄なモノが一切無い。


 うん、美しい突きだ。力任せでもなく、技任せでもない。そのレベルに立ち入って、やっと、武芸は美しく見える様になる。剣舞という言葉は伊達では無い。上級者が剣を振るう姿が舞を踊っているようで美しい、というのは、古今東西、あらゆる世界で言われて来たのだから。


 驚愕の表情。まあね……体格的にもマジで大したことの無い様に見える高校生、ガキに、今の一撃、下段気味に降ろした剣筋にいくつかフェイントを入れて、最終的に突きに来る……技? を初見で避けられるとは思って無かっただろうし。足さばきも古い流派の匂いのする特殊なモノだった。


 さらに言えば……山野さん、根はちょい優しい人みたいでギリギリ数センチ当たらない距離、間合いからの打ち込みだった。

 正直、普通なら見えないし、敢えなく喉元に当たるか当たらないかで木刀を突きつけられて終了って感じじゃないのかな? 俺がただの高校生だったとしたら。いや、ただの10級探索者だったとしたら。


 挙動はほぼ完璧に捉えられている。


 剣尖から自分への距離、そして、足捌き、どの程度の力量で圧が来るのか。それが分かっていれば、まあ、大抵の攻撃は避けられる。もしも、避けるのが無理ならいなせばいい。


 んーと。そうだなぁ。どんなのがいいかなぁ。優しい人みたいだから、物理的に痛めつけるのは無しだな。折るか。心を。そっちのが辛いかもだけど。


 正直、こんな伸びきった挙動、姿を晒してしまう一撃は、実戦では使えない。それはここにいる誰もが判っているだろう。それを今使ってきた……ということはこの「戦い」をなめていたという証明でもある。


 しょうがないけどさ。相手がちびっ子だし。でもね。未確認新種亜種を倒したかもしれない? っていう情報を、信用しないまでも頭に入れて、想定しておかないといけないんじゃないかな?


 回転をさらに上げて、繰り返される軽く中途半端な打撃音。その割に凄まじい空気を切り裂く風切り音。


 既に……二十分は経過しただろうか? まあ、多分それくらい。山野さんは途中から結構どころか、真剣に、真面目に撃ち掛かってきていた。


 今は。俺が何をしているのか……判り始めたのだろう。


 そもそも、掛かり稽古は二~三分程度打ち合って、太鼓が鳴ったら一拍息を落ち着かせて、人を変えてまた~……という感じで繰り返すのが普通だ。

 さらに、多くても五人位で終了する。稽古時間の問題もあるが、実際には稽古を受ける側の負担が大きいことも関係している。


 生徒となる側、撃ち掛かっていく側の体力は……まあ、うん、実力差があればあるほど、半端なく消耗してしまう。


 で。この稽古。じゃなかった勝負。最初から俺が攻撃を受ける側、だ。


 まあ、これは疑似とは言え稽古じゃなくて決闘、私闘スタイルなので、体力的な時間制限は関係ないんだけど。関係ないからこそ、ここまで俺は彼の攻撃を全て避けるか、いなしていた。


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