0055:各部隊選抜

「過去に全隊指令として今回と同じ様な命令が行われています。「各隊の強者を向かわせよ」と」


(ソレはいつ? 何が、起こったとき?)


「今回と同じ命令は、8年前の横浜迷宮混乱時に出されています」


(横浜大氾濫未遂事件の時か……)


「はい」


(少数精鋭が必要となる事態って事か。ってことは、横浜の二年前。日比谷大氾濫の際、その数週間前に出されている命令がある気がする?)


「はっ。探します……」


 甲田さんのスマホは高性能だなぁ……調べるとなんでも出てくるのかな……。と、スマホを弄る甲田さん越しにベンチの端を見る。

 

「発見しました。その当時は「現配置、五~七番隊から強者を向かわせよ」ですね」


(それでは対処出来ない可能性がある、というか、そうなると巣鴨で大氾濫の兆候が見られるってことかなぁ)


「! さすがです、我が主君マイロード。迷宮でのトラブルはいくつかあると思いますが……この短い時間でその考察」


 いやいや……誰でもわかるんじゃ無いか? そんな難しい問題じゃないと思うんだけど。もしかしたら、今回は大氾濫よりもスゴイ何かかもしれないし。


「大氾濫よりも……そんなことが?」


(いや、聞いたこと無いけどさ)


 迷宮の引き起こす最大の被害増加が大氾濫。何せ迷宮から溢れた魔物が市街地を闊歩するのだから、死亡者も……一桁上がるのは当たり前、対応にミスれば二桁上がる。


 だが……迷宮の引き起こす災厄としか言いようが無いマイナスイベント……。


 探索者最大の恐怖は……「新生」……か。まさかな。迷宮が新生出来るほどこの世界には魔力が存在しない。しないハズなんだが……。


 迷宮新生。迷宮再編とも言われる。主に、ダンジョンコア、迷宮核が、古くなった外郭を切り捨て、シンプル=少ない階層数ながら力強い迷宮に生まれ変わる事を指す。新生時に多大な被害が出ることが多い。

 巣鴨迷宮が新生? 何故だ? 周辺の迷宮に比べて明らかに勢いに乏しく、迷宮核も安定、または衰退期にあったハズだ。滅亡期に入るには数十年かかると思うんだけど……。なんにしてもサンプルとなる情報が少なすぎる。まあ、一介の高校生探索者にそんな重要な情報が公開されるわけもないしね。


 だって。


 いまや迷宮産業は日本の根幹を支える基幹産業だ。魔物などの敵対対象が膨大に存在する現場で、やり繰りする必要があるにも関わらず、基幹なのだ。


 迷宮関連従事者全体での死亡確率は未だ一年で一割を上回る。


 一年に探索者の四割程度が事故に遭い、怪我をし、一割が死亡する仕事ということだ。


 そんな馬鹿な仕事が現代にあるか! と言われるとまあ、うん。ある。ここに。トホホ。よく考えなくても死亡率高すぎだろ。これ、もっともっと収入高騰、税金優遇とかあってもいいんじゃないだろうか? 

 

 死亡率の高い仕事は木こりや漁師になるハズだけど……0.1%程度だ。10万人いたら100人くらいだろうか? その100倍だもんなぁ。


 探索者の常時死亡事故確率は交通事故並(約2%前後)になったとはいえ。討伐隊などの関係者を含めると死ぬときは大量に死ぬ。その結果、死亡確率がグーンと上がってしまう。


 過去の有名な戦争で言えば、第二次世界大戦時の日本軍の死亡率が二割だから……まあ、うん。ね。半分ですよ。戦争という特別なステージじゃなく、日常でそれですからね。今後もそれが続いていく可能性はあるんだよ? そんなのが産業として成立してしまっている現状自体が、あり得ない……。


 大氾濫で人民の安全が損なわれている状況だったからこそ、出来たことなのかもしれないけど。 あり得ないけど……まあ、それだけ迷宮が産出するアイテムが魅力的だということだよなぁ。


(迷宮は……人が死にすぎる)


「はい。ですが世界は……死亡率で考えると、戦争時よりも被害が増加中ですから」


(それに比べるとまだましか)


「ええ。大氾濫による被害で世界の人口の何割が失われることか……。日本が援助を繰り返していても、キリが無いという声もあります」


(それは派遣された探索者の声?)


「はい。知り合いの、リアルな声です。大氾濫で都市の一角が完全に魔物で溢れてしまって……それが次第に拡大。他の迷宮に繋がってしまい、そこでも大氾濫が発生し……」


(大氾濫×大氾濫……もう、収まるものも収まらない)


「純粋に、人は狩られる立場になっていると」


(そんな状況でも支援を拒む国の方が多いって……)


「甘く見ているのです。確かに、最初のうちはゴブリンやホーンラビットなんていう浅層の小型の魔物が多いようですが。いつの間にかオークやトロルが混じり始める」


(そうだね……)

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